ロックブーケはある時、ボクオーンが小指に紅をつけて唇に塗っているシーンを見かける。
そこまで興味があるわけではない、でも少し着飾ってみたい。
いつもと違う自分をワグナスに見てもらいたい。可愛いと言ってもらえたら嬉しい。
でも今はそんなことを言っている場合ではない。浮かれた気持ちで戦場に行くわけにはいかない。
ワグナスと共に戦える力を身につけなくてはならない、見た目を気にして戦いなど出来ない。
乙女心を出している暇はない。それに……
「男の化粧が珍しいですか?」
声をかけられ、だいぶ長考していたことに気がつくロックブーケ。
「別に。マメねと思っていただけ」
「戦化粧みたいなものですので。
自らの士気を高めるのも、大切なことですから。
貴女もいかがです?」
「いらない、私には必要無いわ」
フイッと視線を反らすロックブーケ。
その表情に何かを感じ取ったボクオーンは、「しばし待たれよ」と言い残し奥の部屋へ。
少しして戻り、持ってきた何かをロックブーケに渡した。
「未使用のものです。控えめな色なら目立たないでしょう」
「……使わないわよ」
自分の手に乗る化粧道具一式を冷ややかに見ながら、ロックブーケは宣言する。
「戦いで着飾っていても仕方ないでしょう?」
「私の様に士気を高める為に使用すれば良い」
「貴方は貴方、私は私よ。
男と女じゃ、使う意味合いが変わるわ」
「ワグナスに、勘違いされたくないのですか?」
ボクオーンの指摘に、肩が小さく震える。
「否定されるのが、怖いですか?」
「……そうよ、悪い!?」
ロックブーケは化粧道具を叩きつけるように落とし、ボクオーンに食ってかかる。
「似合わない、そう言われるならまだ良いわ。
もし不真面目だと判断され、彼の怒りを買ってしまったら?幻滅されたら?
戦いのメンバーから外されたら!?
もうワグナス様と共に歩めなくなってしまったら!!
そんなこと、考えたくもないわ……」
辛そうな顔でギュッと胸を押さえるロックブーケ。
「貴女が生半可な気持ちでここに来ていないことは、十分伝わっています。
自分の気を引く為だけに、上部だけ着飾る様な女性ではないことも」
床に散らばる化粧道具を拾い、今度は渡さずロックブーケに差し出すボクオーン。
「貴女が惚れた男は、見た目が変わったくらいで評価を変えるような不誠実な人ではありませんよ」
「………………」
しばらく無言で見つめ合う二人。
やがて手を伸ばし、今度は自らの意思で受けとるロックブーケ。
「では」と立ち去ろうとするボクオーンに「待って」と声をかける。
「これ……使い方がわからないわ、教えてくれる?」
少し反抗心が残るのか、若干視線を外しながらもリップバームを手に尋ねる彼女に。
「良いですよ、時間はまだありますので」
焚き付けた責任は取るべきかと、ボクオーンは踵を返しロックブーケの元へ戻った。
「何でロックブーケ顔隠してるんだ?」
「うるさいわね、あんたには関係無いでしょ」
「いや、気になるし……」
七人揃っての会議にて。
疑問に思っていた五人の代表としてクジンシーの至極最もな質問に、両手で顔を覆ったままぶっきらぼうに返すロックブーケ。
ボクオーンはため息をつき。
「おや、ワグナスの頭上に髪を切ろうとするカマキリが」
「何ですって!?」
バッと手を下ろし、策士の意図に気づき悔しそうな表情になるロックブーケ。
「……いる様に見えましたが、目の錯覚でした。
私も老眼がきているのでしょうか」
「ボクオーン!!」
歳は取りたくないですねぇとしらばっくれながら、ダンターグに視線を送るボクオーン。
「ロッ……ぶべっ!?」
お前が先に喋るなと言わんばかりにダンターグに後頭部を掴まれたクジンシーは、(力優しめに)机に押しつけられ沈黙。
「……ロックブーケ」
「は、はい……」
ワグナスに声をかけられ、ロックブーケは身を固くする。
「とても愛らしい、よく似合っている」
「……っ!!あ、ありがとうございます……!!」
爆発しそうなくらい嬉しい感情をなだめ、ロックブーケは頬を赤らめ淑やかに返す。
「ロックブーケ、めちゃくちゃ可愛い!!」
「あっそ」
「何で俺には素っ気ないの!?」
「お前だからだろう」
ダンターグの手から逃れてクジンシーの褒め言葉はつっけんどんに返され、拗ねる彼にスービエのトドメの一言。
凹み机に突っ伏し涙するクジンシーの隣で、まじまじとロックブーケを見つめるダンターグ。
その視線に気づき、「何?見惚れているの?」
とからかうように言うと。
「そうだな、なかなか良いと思うぞ」
一瞬静まる室内。そしてざわつく一同。
「あ、あんた……化粧を褒めたりするの?!」
「なんだ、悪いか?」
「そんな感性があるとは思わなかった」
「え、ダンターグまでロックブーケに惚れた!?
やめてくれこれ以上ライバル増えないでくれよ!!」
「そもそも貴方は欄外でしょうが」
「ダンターグ……どういう意味で、良いと思ったんだ?」
「ノエル、質問をする時は柄から手を離すんだ」
騒ぐ彼らにめんどくさそうに頭をガシガシ掻きながら、ダンターグは言った。
「戦化粧みたいなもんだろ?」
再び、静寂。そして何故かボクオーンがガクッと膝をつく。
「こんな……こんな脳筋に同じ思考をされるなんて……!!」
「あ?何だよ文句あんのか?」
「ダンターグ……ロックブーケはそういう気持ちでお化粧したんじゃないぜ」
「他に何があるんだよ」
やいやい騒ぐ彼らを見て、何だかおかしな気持ちになり。
「もう、何よそれ……あはは!」
思わず吹き出し、悩んでいた自分を追い払うかの様に笑うロックブーケ。
男衆も何やかんやと笑ったり苦笑したりして。
話す内容はヘビーであれど、少し和やかな雰囲気で会議を続ける一同であった。