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    ニキ誕2021

    ショートケーキ・メモリーズ「ニキは今日が誕生日なんだろ?」
     学校から帰るとワクワクした顔の燐音くんが僕を待っていた。いつもは部屋の中でくつろいでいるのに、その日に限って玄関まで駆けてきて出迎えてくれる様子は近所の人が飼っている大型のワンちゃんによく似ていた。
    「そうっすよ〜。ニキくんは今日で十五歳っす」
     だからその日はちょっと夕飯を豪華にしようとお肉を買ってきたんだ。すごく久しぶりに牛肉を買い物カゴに入れて、野菜もいっぱい買って、風が強くて寒かったからすき焼きをするつもりで。大ぶりの椎茸が安売りしてたからいっぱい入れようと思ったんだ。
     帰宅すると即「今日の飯なに?」って聞いてくる燐音くんは僕が持っているエコバッグごと手を引っ張ってきた。ぐいぐいと連れてこられた先は冷蔵庫の前。早く中身を見てほしいと言わんばかりの期待に満ちた表情に促されるまま僕は扉を開けた。
     朝ご飯を作った時には見た覚えのない小さな白い箱がそこには入っていた。
     ケーキの箱だ。
     箱の側面に貼ってあるシールには近所の洋菓子屋さんの店名が印字されている。ドキって跳ねた僕の心臓は急に忙しなく動き始めて、意味もなく足の指先を丸めてしまう。
    「都会では誕生日にケーキを食うんだろ?」
    「みんながみんなそうってわけじゃないっすけど、食べる人が多いと思うっすよ」
     そう、みんなが食べるわけじゃない。お父さんとお母さんが日本にいた頃は大きな誕生日ケーキを作ってもらっていたけれど、最近はひとりで誕生日を過ごすことが多かったからケーキなんて久しく食べていない。
     甘くてふわふわで美味しいケーキを一個食べるより、同じ値段で食材を買ってご飯を作って胃袋を満たす方が僕にとっては重要だったんだ。
    「そうか。よかった。ニキの誕生日ケーキ買ってきたんだぜ。俺はケーキ食ったことないからどんなのが良いかよくわかんなかったんだけど、ショートケーキってやつにしてみた」
     だからまさか今日ケーキを食べられるなんて思ってもいないことだった。
     燐音くんが見せてくれた箱の中にはイチゴのショートケーキがふたつ入っていた。あそこの洋菓子屋さんのケーキは昔食べたことあるんだけど、スポンジとクリームのバランスが絶妙でとっても美味しい。
     お金は大家のおばあちゃん家の草むしりを手伝ったお駄賃で支払ったらしい。いつも王様みたいな態度の燐音くんが草むしりをしてる姿、ちょっと見たかったかもしれない。
    「アイドルになって金を稼げるようになったらもっとデカいケーキを腹いっぱい食わせてやるよ。来年は期待しててくれ」
     野菜多めのすき焼きを囲んだ食後にケーキを食べている時、燐音くんはそんなことを言ってくれた。
     本当にアイドルになるの、とか。来年も一緒にいてくれるの、とか。言いたいことはいっぱいいっぱいあったんだけど言葉が上手に出てこなかった。
     久しぶりに食べたケーキはすっごく美味しくて、夢みたいな味だった。ホールケーキを丸ごと食べてもまだ足りないような僕の底無しの胃袋はたったひと切れのショートケーキですごく満たされたみたい。
     だから僕はこう言ったんだ。一度きりで終わらせるのには勿体ないくらいの夢見心地をまた味わいたかったから。
    「来年もまた同じケーキが食べたいっす」


     ◆


     食レポの仕事をもらうと地方に飛ぶこともけっこう多い。今日は日本海側に面したところで海産物をたっぷりいただくロケだった。
     脂の乗ったサバが特に美味しかったなあ。今日は塩焼きだったけど味噌煮でも最高だし、旬のきのこと炊き込みご飯にするのも良い。照り焼き、竜田揚げ、南蛮漬け……ああ、ヨダレが出ちゃう!
     明日帰る前に市場見に行こうかな。こういう時のためにクーラーボックス持参でロケに臨んでるんだ、僕は。せっかく費用は事務所持ちで日本中のいろんな場所に出かけるんだから、美味しい食材を持ち帰らないなんて損だ。
     昼間の豪華な食事をしたからかいつもに増して貪欲になってるみたいで、泊まってるホテルの隣にあるコンビニまで足を伸ばして食料調達をすることにした。夜はロケ弁だったし余計にお腹空くんだよね。
     カップ麺とかおにぎりとかシュークリームとか、あとレジでフライドチキンも買おうかな。
     エレベーターで下へ降りている間にも食べたいものはどんどん増えていく。あ〜、アイスも食べたいかも。
     コンビニはロビーから直接入れるようになっている。手の中で持て余していたルームキーを寝巻き用のジャージのポケットに入れて、エレベーターから出たら真っ直ぐコンビニへ向かおうとした。
     ところが、だ。
     もう片方のポケットに入れていたスマホがブルブル震えて着信を告げるのと同時に僕の視界にはここにいるはずのない人の姿が入ってきた。
    「えぇっ!? 燐音くん、なんでいんの?」
     夜中のロビーは静まり返っていて、受付にいる従業員さんたちがチラッと僕の方を見た。慌てて口を閉じてうるさくしてごめんなさいと頭を下げ、そそくさと燐音くんの元へ駆け寄った。燐音くんは耳に当てていたスマホを外して気怠そうにこっちを見ていた。
    「燐音くんがいちゃ悪ィのかよ」
    「いや悪いっつーか、よく僕がここ泊まってるってわかったっすね」
    「いばにゃんに聞いた」
    「いば……副所長にっすか」
     それはそれでよく場所を教えてくれたなと思うけど、たぶん何か交渉したんだろうな。頭の回転速い人たちの会話は僕には理解できないから深くは突っ込まない。
     ロビーの真ん中に突っ立って話すのもアレだから一旦燐音くんをホテルの外に連れ出した。ホテルは駅の近くなんだけど繁華街が立ち並ぶところとは反対の位置にある。だから人通りも少なかった。
     昼間は日差しのおかげで暑いくらいの気温でも夜はやっぱり少し冷える。長袖持ってきて正解だった。
    「で、何の用事なんすか」
     燐音くん今日はESビルで仕事してるって言ってたのに、どうしてわざわざここまで来たんだろ。新幹線を使っても決して近くはない距離だ。
     燐音くんは僕の質問に答える代わりにズイッと腕を突き出してきた。殴られる!? と反射的に目を瞑ったけど暴力が飛んでくる気配はない。
     しばらくそのままジッとしていた僕が恐る恐る目を開けると燐音くんは呆れ返った顔で鼻をギリギリつまんできた。やっぱり暴力だ!
    「アホのニキきゅんに誕生日プレゼント届けに来てやったっていうのに、ひっでェの。燐音ちゃん傷付いちゃうんですけどォ」
    「え? あっ、もしかして今日僕の誕生日っすか!?」
    「馬鹿。明日だろ。時計見やがれ」
     アホだの馬鹿だの酷い言い草な燐音くんのスマホ(なぜか待ち受け画面は僕がわんこそば食べてる写真だ)に表示された〈10月4日 22:14〉の文字の並び。あと二時間もしないうちに僕はどうやら歳を取るらしい。
     今年は仕事の関係でバースデーイベントも月末に予定されてたからか、明日が誕生日っていう気が全くしない。当日にイベントがあればまた違うんだろうけどね。たぶん燐音くんに言われなくても他の人からのお祝いメッセージでようやく誕生日のことを思い出したに違いない。
    「オラ。ケーキ受け取れ」
     もう一度突き出された腕から今度は逃げずに見慣れた白い箱を受け取った。
     燐音くんから初めてこれを受け取った時、僕はまだまだ子どもだった。ひとりぼっちだった頃の小さな僕がねだった『来年もまた同じケーキが食べたい』っていう願いを、燐音くんはずっと変わらず叶え続けてくれる。
     今日だってわざわざここまで届けに来てくれた。箱の外側はしっとり冷えていたからたぶん直前まで保冷カバンとかに入れてたんだと思う。それで新幹線に乗って、こんな遅い時間に僕が泊まってるホテルまでやって来て……今年もまたあのケーキを食べることができる。
     右も左もわからない頃の燐音くんからは想像もできないくらい今のこの人は売れている。草むしりのお手伝いを何回したって買えないような目が飛び出る金額の物だってきっとポンッと買えちゃうんだと思う。
     でも燐音くんは今年もあのショートケーキをプレゼントしてくれた。誕生日に何が欲しい? なんてわざわざ聞きもしない。たぶんわかってるんだと思う、僕の欲しいものがずっと変わっていないんだって。
    「ありがとう、燐音くん」
    「せっかくここまで来てやったんだからちゃんと味わって食えよ」
    「僕を誰だと思ってるんすか? ご馳走はじっくり味わうに決まってるじゃないっすか」
     ついついいつもの軽い感じで話しちゃうけど本当はもっと心からの感謝の気持ちを伝えたい。今日だけじゃなくて、これまでの数年間、ずっとずっと僕をお祝いしてくれた燐音くんにはどんな言葉を返せばいいのかな。
     ああ、キスしたいな。僕のこの嬉しい気持ちもちょっぴり泣きたい気持ちも、ドキドキしてる心臓の頭でぜんぶぜんぶキスに乗せて伝えられたらいいのに。
     僕って自分が思っているより燐音くんのことが好きみたいだ。
    「燐音くん」
    「ンだよ」
    「……燐音くん」
    「……ふはっ、なんで泣きそうな顔してンの?」
    「いや、なんか、燐音くんのこと好きだな〜って思ったんすよ……」
     それなのに泣くなんておかしいっすよね。
     僕がそう言うとちょっとだけぼやけた視界でも燐音くんの顔がみるみるうちに赤くなるのがわかった。ショートケーキのイチゴみたいだなあって思ったらおかしくて、我慢できずに声を出して笑うと涙も一緒にこぼれてきた。
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