見つかったシリーズに入れたかったのにクル先と3Bになってしまった話…「ほぅ。最近、何か変わったことでもあったのか?」
3ーBの錬金術の授業を担当していたクルーウェルは、目の前に差し出された宝石を眺めながらそれを提出した生徒に尋ねた。
「…えっ⁉︎ 何でわかるの? クルーウェル先生、コワすぎ〜」
透き通る青みの宝石を持ってきて、少々大袈裟に驚いて見せたのはケイト・ダイヤモンドだった。
この日の授業内容は『自分にとって価値のあると思う宝石』をひとつ錬成するというもの。
宝石には市場での価値に加え、石自体が持つパワーがある。石言葉などもそれに由来するものだ。それらを知らずとも、魔法はイマジネーションの世界。理想がはっきりとしていれば、宝石の方が反応を示し引き合わせられる場合もある。
そして、この授業は結果が変わりやすい。態とであろうがなかろうが、いつまでも難易度の低い宝石ばかりを錬成する生徒も多いため、同じ内容の授業が複数回組まれている。
「お前が以前、同じ授業で錬成したのはジェダイトだっただろう」
「うーん、そうだったっけ?」
クルーウェルは机上に置かれた宝石を手に取った。
「しかし、今回錬成したのはアパタイトだな。……それに、近頃は授業中も随分と楽しそうじゃないか」
目の前の赤毛の生徒は、元々錬金術の授業に対するモチベーションはあまり高くなかった。それが近頃は、一変して授業に励んでいるように見える。心境の変化があったのかと考えるのが定石。クルーウェルはそう解釈したのだ。
「めっちゃオレのことよく見てる〜! さすがクルーウェル先生♪」
「当然だ。俺を誰だと思っている」
「それでそれで? 今回の評価は?」
「フッ……A+だな」
「えっ! Sは確実ってイデアくんに言われたのに〜!」
「甘い。その見立てをした奴にも早く提出しに来いと伝えておけ」
甘いのは己の方だ。クルーウェルはすごすごと席へ戻る背中を見つめながら、机上へ肘を突いた。
今しがた話していたのが一年生であれば近況は難なく聞き出せていたのだろうが、三年生ともなればこちらを不快にさせずに躱す術を上手く身に付けている。生徒の様子を把握しておくのは教師の仕事、とはいえ立ち入りすぎても問題になる。厄介な職を選択してしまったものだ、と知らぬうちに溜め息が漏れた。
「……あ、あのー…物思いに耽ってるところ悪いんですが」
いつの間にか気怠げな蒼が正面に立っていた。その手には錬成したのであろう宝石を持っている。
「悪いと思ってないだろう」
クルーウェルはそれを受け取って光に翳した。突き抜けるような、美しいコバルトブルー。
「……アウイナイトか。S+だ」
「フヒヒッ、あざーす」
評価に満足したのか、特徴的な笑い声と共に反転した猫背の足元に鞭を叩き付ける。
「バッボーイ、姿勢を正せ。減点するぞ」
「ひっ、お、横暴…!」
その後も次々に訪れる生徒の持ってきた宝石の採点をしている中で、ふと先ほど対峙したばかりの声が耳に届く。
「イデアくん、S+だったの⁉︎ ずる〜い!」
「ヒヒ、実力の差ですなぁ」
「なに? 天才の余裕? イラっとするんですけど〜」
思えばあの二人は、本人が目の前に居ない状態でも名前を出すほど仲が良かっただろうか。ライバル、というには少々毛色が違い過ぎている二人。
ちらりと声のする方へ視線を向ける。そこには尖った歯牙を覗かせて笑う蒼と、拗ねたような表情のオレンジ。普段、飄々としているケイトのどこか子供じみた表情をクルーウェルは初めて見た。
「正反対の人間が、意外と無二の相棒だったりすることもある…ということか」
「?? 先生、俺のやつ見て言ってる?」
「見ている。B-だ」
「嘘でしょ、もっとよく見てよ!!」
「よく見なくてもB-だ。もっと“自分にとって価値あるもののイメージ”を具体的にしろ」
クルーウェルは、生徒と戯れながら頭の片隅で学生時代の級友を思い返していた。四年間交流があったのに今では疎遠な者、仲が深まったきっかけは思い出せないけれど今も縁の続いている者、寧ろ卒業してから交流が増えた相手。それぞれに、価値はある。今芽生えている感情がどうか、彼らにとって価値あるものになるように。
その日、クルーウェルはそんな『らしくない願い』をひとつ、胸に仕舞った。
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それぞれの石言葉
ジェダイト…調和、忍耐
アパタイト…調和、絆を深める
アウイナイト…過去との決別、励まし(決別という言葉は強すぎるのですが、背中を押してくれるエネルギーのある石とも言われています)