困ったお客様の工藤君~従業員日誌番外編~「薬を! 下さい!」
勢いよく頭を下げ、手のひらを灰原へと差しだす。しかし、その手に乗せられたのは大きなため息だった。
「ダメ」
にべもなく告げられ、この話は終わりだとばかりにコーヒーを啜る相棒をじっと見つめる。見つめる。
「……何度も言うけれど、これ以上強い抑制剤は出せないの。早くパートナーを見つけなさい」
「それが出来りゃ苦労しねぇよ」
「面倒だからってマスコミにパートナーが居るなんて嘘をつくからでしょ?」
そう、あんまりにもファンのSabに付きまとわれてつい言ってしまったのだ、物わかりの良い愛称最高のパートナーが居る、だなんて嘘を。
言い返せずに黙っていると、目の前に白い封筒が投げ出される。強い視線を感じつつ、しぶしぶ中身を確認する。DomSab用専用お見合い会場への案内だぁ?
「いっそ、フラれた事にして行ってきなさい」
「え、オレが?」
「ええ、貴方がフラれたの。事件の方が大事なんでしょって言われてフラれたのよ」
「フラれた……」
あまりにも釈然としない理由に憤っていると「返事は?」などと凄まれてしまった。頼れる相棒は年々凄みが増している気がする。
オレのDomとしての欲求はとても軽い。相手のお願いをちょっと聞いて、それなりに喜んでもらえるだけで解消できる……のだが、代わりにGlareが異常に強い。同じDomならそりゃもう喧嘩売っているのと同じだし、耐久力の無いSabなら一発でDroopしかねない。
つまり、Glareへの体勢が高いSubでかつ、欲求も小さくてオレの生活に文句を言わず、見た目もそこそこ良くて、ついでに家事ができる相手を探さなくてはいけないわけだ。
今は抑制剤と、この博士が作ってくれた眼鏡型Glare遮断装置のお陰でなんとか普通の生活を送れていたんだが、薬の方はとうとう品切れらしい。
お見合い会場に設置された座り心地の良いソファに腰かけ、通りすがる参加者の視線を感じながら、灰原から貰った招待状にため息を落とす。どーすっかな。
「あら、光の魔人じゃない」
美しい黒髪をなびかせ、Domらしき男も、Subらしき男まで引き連れた不思議な雰囲気の女性がこちらへと向かってきた。え、光の魔人……?
「ふふ、お困りの様ね、光の魔人。貴方がここに来ることはルシファーの予言でわかっていたわ」
「は、はぁ、どうも」
小泉紅子と名乗った美女は、自信に溢れた態度で白いカードを渡してきた。それがコナンと同時期に消えてしまった怪盗のカードそっくりで思わず彼女を睨んでしまう。
「あら、どうしました? そのカードは昔、ちょっと馴染のあった白き罪人の真似をしましたの」
「白き罪人……」
それが誰なのかはすぐに分かったが、なんつーか、ちょっと変な人だな……。
「今すぐそちらへ向かえば運命に出会える事でしょう。このまま身を持ち崩したいのなら、捨ててもしまっても構いませんけれど」
カードに記された住所にはDom専用高級クラブとは思えない、ちょっといいとこの会社のような雰囲気のビルだった。なるほど、これは入りやすい。
不思議と誰にもすれ違うことなく受付へとたどり着いた。結婚式場みたいだな。
そこには形容しがたい容姿の男が立っていた。オレに気が付くと恭しく頭を下げる。
「工藤様ですね、紅子様から伺っております。お待ちしておりました。」
そう言って、机の上にとんでもなく豪華な装丁のとんでもなく分厚い案内書を乗せてきた。え、読むの? 今?
どこの店でもある当たり前の内容ばかりだったが、妙な圧に必死で目を通す、読み終わるとすかさず宣誓書を差し出してきた。サインをすると文字が一瞬光ったような……気のせいだよな?
「無事、契約完了ですな。では、工藤様へ本日ご案内するキャストはこちらです」
バインダーから一枚の紙を取り出すと、宣誓書の代わりにオレの前へと置いた。
従業員:カイト(不定休)
常に目隠しをした青年です。プレイ中も絶対に外さない様お願い申し上げます。
それ以外は特に制限はありません。
ご要望があれば受付までお申し出ください。
目隠し。この文字に良い事思いついた。これは変声機を使えばオレってバレないんじゃねーか?
「キャストへの服装希望はございますか?」
「へ? 服装?」
制服なんじゃねーのと思いつつ、渡された服装の資料を見てみるとジャージのような普通の服から驚くほど過激な服まで揃っていてギョッとする。いやいやいや、フツーでいいから!
とりあえず一番短い時間のコースを選んで、会話に困ったとき用にお高めのチョコを買ってから指定された部屋の扉へと向かった。
「初めましてカイトさん」
こちらに背を向けて椅子に座る青年に向けて、変声機で少し声を低くして挨拶をする。目隠しをしているし、眼鏡を外しても大丈夫か。
「はじめ、まして」
少し驚いたようにこちらを振り返ると、ぎこちなく挨拶を返してきた。その姿があまりにもアイツに似ていて思考が止まりそうになる。
「ああ、よかった、大丈夫そうですね」
「えっと」
「僕、Glareの強さに困っていて、小泉さんにこのお店を紹介されたんですよ」
「はぁ……」
元の姿に戻っていつ会いに行くか悩んでいる時、テレビから聞こえてきたあの衝撃は忘れられない。気を取り直して、正面の"カイト"を見据えた。
「恥ずかしい話なんですけど、こういうお店初めてで……初めにセーフワードを決めるんですよね?」
「はい、私の話し方にも要望があれば、出来る限り沿いますよ」
「へぇ……なら、もう少し軽口というか、気楽な感じでお願いします」
「わかった、よろしく。カイトって呼んでいいぜ」
要望通り言葉を崩してくれたおかげで場の緊張が少し緩んだ。いっそうアイツに似てしまった気がするが、考えないようにしよう……。
「セーフワードはウイングでいいですか?」
「ウイングだな、えーと、話し方はこんな感じでいい?」
「ええ、その方が落ち着きます」
「そりゃよかった」
にっと少年のように笑うカイトがアイツにしか見えなくて頭を抱えてしまった。いやいや、別人だよな? だってアイツはツアーが終わったばかりだし、そもそもパートナーが居ると公言してやがんだ。ジロリと目の前の青年を睨む。別人別人、初対面初対面。ふー、よし。
促されるように部屋に設置されたテーブルへと着くと、カイトが流れる様に紅茶を淹れていくのを見つめる。すげぇ、見えないとは思えない位丁寧だ。
やがて、ゴールデンドロップを入れたカップをオレの方へ差し出した。
「美味しいですね、本当に目隠しなんです?」
「ちゃんと粘土も入れてるから、視界はゼロだぜ。それよりさ……リワードは?」
いけね、Subが何かしてくれたなら褒めるのが常識だっつーのに。
「あ、ありがとう、いい子だな」
「どーいたしまして」
得意気に笑うその様子が謎を解いた時のようにゾワッとする。血が体を巡ったような、Subからしか得られない、奇妙な高揚感だ。紅茶の礼に先ほど受付で買った給餌用のチョコを慌てて取り出す。
「そうだ、受付で購入したんですが、こちらもどうですか」
チョコであることを伝えると、嬉しそうに傍に寄ってきた。こういう時は……。
「えっと、カイト、Kneel」
「はい」
座れのコマンドを素直に実行して、ペタンと足元にしゃがんだ。薬でしか抑え込めなかった不調が解消されていく。
「わ……っ、いい子だ、カイト」
思わず頭を撫でてからチョコを一つ口の中へ放り込む。途端、とろける様な笑みを浮かべたので相当気に入ったらしい。
「リワードにオススメだと言われたんですが、どうです?」
「ん、すっごく美味しい」
よし、もう一つあげてやろう。なんかすげー楽しい、オレこういうの好きだったんだな。
「ね、お客さんは、呼び方どうする?」
「呼び方ですか」
「そ、好きな呼ばれ方」
「……カイトは、普段どう呼ぶように言われることが多いんです?」
思いつかないのでつい相手に投げてしまう。一番多い呼ばれ方でいいだろ。そう思っていたんだが。
「ご主人様とか、旦那様とか、一番多いのはおじさん呼び」
「お、おじさん……」
「結構人気だぜ、おじさんって呼んでやろーか」
「いや、まだおじさんはちょっと……」
それはなんかまだ早いというか、めちゃくちゃ嫌なんだが。
でもご主人様は正直こそばゆいし、旦那様もなんかちげーんだよな……。結局困ったオレを見かねてカイトが提案してくれた「お兄さん」呼びにしてもらった。多分年下っぽいし丁度いいだろ。
「お兄さん、Glare強いね」
「これでも抑えてるつもりなんですけど、そんなに?」
「なんかもー、体の中をぐりぐり刺されてる感じ、耐性の低い奴はドロップしそう」
「……正直かなり困ってるんだ、これ以上抑制剤は出せないって主治医に言われてて、すぐにでもパートナーを見つけないと命の保証はしないって脅されてるんですよ」
「うへぇ、そんな酷いなら、尚更パートナーを見つけないとな」
カイトは明るく言うが、それが中々難しい。いや、オレがプライドを捨てて大々的に募集をすればGlareに体制のあるSubはそれなりに集まるとは思うんだが、思うんだけどよ。
それにしても、目隠しをしていても強すぎるのか……こいつが耐性あって良かった。昔、そういう店に行った時は目が合った瞬間Subの女性がぶっ倒れて出禁になった事がある。誰だよGlareが強い方がモテるだなんてネット記事にしやがった奴は。
「そうだ、ちょっと手を見せて貰ってもいいですか?」
素直に手を差し出したことを褒めて、軽く握手をする。いつか見た手にそっくりだ。
「綺麗な手ですね」
「それはどうも」
「よく手入れされている、爪も綺麗に整えられてて……」
証拠品に触れるように、慎重に撫でていく。脳内に蘇るのは、最後に逢った白いキザな怪盗だ。
「あ、あの、お兄さん?」
「ああ、すみません、職業病みたいなもので」
パッと手を開放して、リワードとばかりにチョコを口へ押し込む。昨日ツアーを終えたばかりのアイツがこんなところに居るわけがないんだ。大体、テレビの特番で言ってたじゃないか――パートナーが居るって。
「ここでこんなことを言うのは良くないんでしょうけど、僕、本当は好きな人が居るんです」
「好きな人……」
「その人も手が綺麗でね、良かったら、もう少し付き合って貰っても」
「いいですよ」
穏やかに微笑むカイトに見惚れていると、気づけば予定時間を過ぎるところだった。手フェチだと思われていそうだが、それでもかまわない。何か、大切な事に気が付けそうな気がする。
「延長ですね、オレから、連絡を入れます」
「……いい子だね、カイトは」
Subが素直に従ってくれる、それがとても心地いい。DomとSubの関係性は不思議だ、Normalの人間に従って貰っても、何も感じないというのに。
「この後予定があるから……1時間が限度かな、カイトはどんなプレイが好きですか?」
「オレは、縛られるのが、一番気持ち良かった」
「縛られる?」
「そう、縄で、縛られて、吊るされたのが」
誰かに先を越されたような焦燥感を振り払う。なにせ客はオレだけじゃないんだ、そんな事、当然なのに。
「……そうか、受付と相談してみる、いい子で待ってろよ」
「わかった、先に、内線入れとく」
再び受付の男の元へと戻ると、既にカイトが連絡をしたらしく「追加のお時間はいかがいたしますか」と聞いてきた。夜は依頼人との約束があるので長く時間は取れない。
結局余裕をもって1時間だけの追加にし、ついでにオプションで借り物もしておく。
「待たせたね」
やや緊張しつつ扉を開けて声をかけたが、先ほどのテーブルにはついていない。部屋を見回すと、ベッドに寝転んでいたらしく、慌てて起き上がろうとしていたので制した。
先ほど受け取った袋からベルトを取り出し、ベッドが二人分の体重を受けてギシリと音を立てる。縄は素人が手を出すと危ないと聞いたことがあるし、これでいいだろ。
「これなら僕も使い慣れてるから、丁度いいかなと思って」
「慣れてる?」
「そう、ちょっとね」
コナンの時から使い慣れたサスペンダーに似た物を未だに愛用している。主に犯人確保にだけど。縛りやすいようにカイトの位置を調整して、うつ伏せになってもらってからが本番だ。
まず、腕をぐるっと拘束、次は手首と胴体、簡単だけどこれでどうだろうか。
「う、これ、なに」
「ベルトです、大丈夫、留め具はプラスチックですから頑張れば外せますよ。頑張れば、ね」
成人男性が本気で暴れれば外れるだろうけど、勿論そんな事になる前に外すつもりだ。動けなくなったカイトのふわふわした頭を撫でてやる。
「どうです、物足りないかな?」
「……お兄さんは?」
「Subにこうしたのは、初めてだけど、結構いいな。なんか、ゾクゾクする」
「そっか」
耳の形を確かめる様に優しく撫でていくと、カイトの頬が僅かに紅潮している事に気が付けた。お互いに愉しめているみたいで良かった。
――本当に良かったんだろうか。あの日、あの最後に逢ったあの時、想いを伝えていたら?
格好つけてないで、不意打ちでもなんでも使える手を全部使って、麻酔針を撃ちこんで、動けないアイツを閉じ込めて――
「そうか、オレは、捕まえておきたかったんだな」
「お兄さん?」
不思議そうにするカイトに構わず、逃げられないように体重をかけて押さえつける。思わず身を捩った相手に対して「これで逃げられない」という安心感が沸いた。
「……カイトは、どうしてパートナーを探さないんですか?」
「探して、るよ?」
「そうは見えないな」
嘘をついたと判断して、手首から太ももにかけてのベルトを増やす。これでもう身動きはとれない。
「その目隠しに関係がある、そうだろ?」
優しく、顔から頭にかけて巻かれたナイロン製の目隠しを撫でると、今日一番の抵抗にあった。それが愉快でたまらない。
「う、ぇ、やぁ……あっ」
「受付の人に聞いたぜ、何人ものパートナーの誘い、断っているって」
「ぁ、だって、やだ……」
「何か嫌なんだ?」
首を振り、必死に逃げる子供のようなカイトに、優しく、甘やかに聞いてやる。
「なぁ、カイト、もしかしてお前も」
「ひ、ぁう、言いたく、ないっ」
「そうだな、悪かった。ちゃんと言えるなんていい子だ」
首筋に鼻先を埋めるて、必死にシーツを掴んでいた手を軽く握った。
「苦しいか?」
「ぁ、はぁっ、くるし」
「悪ぃな、なんかすげー楽しくてさ……」
首筋を舐めるとビクリと体が揺れる、それが愉しくて仕方がない。
「なぁ、縄のお客とはどんな事をしたんだ?」
「な、縄?」
「そう、お前を縛って吊るしたお客」
戸惑いながらプレイ内容を掻い摘んで話させていく、ほとんど誘導尋問だったけれど、おどおど話すカイトに妙に興奮した。……なんかダメな扉を開きそ……。
「それで、キスしたのか?」
「し、した」
「ふぅん」
そういう店だって理解しているのに、なんだか面白くなくてカイトの唇を押してみる。そこを割いると綺麗に並んだ白い歯に当たった。
「……そいつを舐めてやったりしたんだろ?」
「んぅ……?」
「カイト、Lick」
口内に指を2本押し込んで、怯える舌を摘まんでやる。人の舌なんて初めて触ったけれど、全然嫌悪感が無い。
「ふっ、ん……えぅ!」
閉じさせないようにしている口元から零れた唾液がシーツに染みる。すっかり気持ち良さそうになった彼の下半身へと手を伸ばすと、僅かに反応していた。
「勃ってるな」
「っ、ふぅ、んぇ」
「舐めて勃ったのか? それとも、思い出して?」
違うとでも言うように指を軽く噛まれたので、お詫びを込めて上顎を撫でると顎が上がった。可愛い。
「んんぅ、ふっ」
「ふは、硬くなってきたな」
優しく局部を揉んで育てていると、カイトの腰が揺れ出す。気がつかせるように力を強くしてやると、様子が変わり始めた。なんだろう、この不思議な感覚は。
「あっ、ふ、はぁ」
「カイト……?」
今までとは比べ物にならない位の高揚感が襲ってくる。もっと気持ちよくさせたい。もっという事を聞いてやりたい。ドロドロに溶かして、甘やかしたい。
思わずカイトの体を横向きに変えて、見つめ合う。いや、暴力的なGlareをぶつけた。
「あっ、おに、さ、お兄さっ」
「どうした?」
「外して、腕、うで」
「ああ、いいぜ」
焦らすように留め具を外していく、パチリ、パチリ……パチリ。最後のベルトが外れた瞬間。自由になった腕がオレの体に巻き付いた。今度はカイトがオレの胸元に顔を埋めて、息を大きく吸い込む。
「ぁ、はぁっ……」
まるでアイツがオレの物になったかのような、充実感。逃げられないように、強く抱きしめた。
◆◆◆◆◆
「すみません、無理をさせてしまったみたいで」
「いや、大丈夫……」
カイトが目を覚まして開口一番、すぐに謝った。やべぇ、凄く調子に乗った気がする、Glareの制御とか途中からなんも考えてなかった。
「あの、時間は」
「30分くらいオーバーかな、大丈夫、受付には伝えてありますから」
「そうじゃなくて、予定!」
怒られるのかと思っていたのに、なんてお人よし……いい奴なんだろうか。
「アフターケアも出来ないようなDomは滅んだ方が良いって言うじゃないですか」
「いや、でも、起こして良かったんだぜ?」
「僕が寝かせておきたかったんです、また、指名したいですし」
これは本当だ。オレの正体がバレないのも大きいが、入っても居ない店を出禁になった事が頭をよぎる。あれはキツかった、しばらく頭痛に悩まされたし。
「凄く体調が良いんです、やっぱり薬はダメですね、これでしばらくは大丈夫そうだ」
「そりゃよかった、オレも、すごく気持ち良かったし?」
妙に恥ずかしそうにしているカイトの髪に手を伸ばして、ぐしゃぐしゃにしてやる。
「うぁ、ちょっと!」
「ふはは、すげーボサボサ!」
への字に曲げた口元に軽くキスをして、さっさと帰ることにする。急がねーと依頼人との待ち合わせに遅れちまうからな。
クラブを出て、タクシーに乗ってから気が付く。相棒にパートナーを作れと脅されていたことを。
「まぁ、いいか、たまに通えば解決じゃねーか」
そいつが時々しか店に居ないレアキャストだと知るのはまだ先の事だ。