「彼は?」
「まだ寝てる。バレないように手を解くのが大変だった」
ベッドを抜け出す際の苦労を思い出し、首を鳴らす。妙な神経を使ったからか、どっと疲労を感じた気がした。
朝の空気と冬の匂いを纏い玄関口に立つ母は、「あなたと離れたくないんでしょう」と何気なく言った。それから傍に置いたキャリーケースとボストンバッグに、優しく触れる。そこには、日用品と食料品が詰め込まれている。後日零を連れて街へ出れば良いだけだから、ここ数日を凌げる食料だけ頼んだ筈だったが、どこの母親も求められたこと以上をしたがるものらしい。
「卵は」
「最重要事項でしょう。忘れる訳がない」
母がそっと叩いたボストンバッグのファスナーを開けると、そこにはしっかり卵が詰め込まれていた。これでひとまず、零が何も口にしないことは避けられた。思わず安堵の息を吐く。視線を感じて顔を上げると、物珍しげな母と目が合った。
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