Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    tako__s

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    tako__s

    ☆quiet follow

    うぇぼでいただいた『両片想いでお互いに相手に好きな人がいると勘違いしたりモブに嫉妬して最後にくっつくばじふゆ』を書かせていただきました✍️♡

    ※名前のあるモブ(女子)が出てきます。
    ※最初から最後までふたりは互いのことしか見てないのにやたら騒いでます。まあまあ近所迷惑です。
    ※かわいい場地さんと格好いい千冬という響きが許せる方向け。

    両片思いばじふゆ「格好いいヤツ」
     ずっと大切にしてきた初恋はどこか誇らしげなその一言に壊された。全身が声を拒む。心地のいい声なのに。いつもなら、もっと欲しいとねだりたくなる声なのに。
     人気のない廊下でひとり立ち尽くす。失恋するにしても、こんな形でするとは思わなかった。気を失いそうなくらいの胸の痛みは盗み聞きをした罰なのかもしれない。卑怯者だ。勇気を出せなかったくせに、自分の口から聞けなかったくせに。でも、知りたいじゃないか。気になるじゃないか。好きな人の好きな人が、一体どんな人なのか。
     言い訳をするようだけど、この話を聞いたのは本当に偶然だった。場地さんを迎えに行ったとき、たまたま聞こえてきたのだ。
    「場地くんの好きな人って、どんな子?」
     知らない声で問われたその言葉にオレは足を止めた。呼吸もおさえ、気配も消して、忍者の気分でそっと教室の中を覗く。
     場地さんはふたりの女子に囲まれていた。面倒くさそうな顔、と思いきや案外機嫌が良さそうで、ちょっとだけモヤっとする。へえ。場地さんって女子とそういう顔で話するんだ。ふうん。分かりやすくヤキモチは妬いたけど、話の内容への興味は消えない。ここでオレが現れたら会話が止まってしまう可能性が大だと判断して、オレは教室の中には入らず身を引き、壁に背中をくっつけて耳に意識を集中させた。
     そこで聞こえてきたのが、冒頭の言葉である。
     淡い期待でドキドキとうるさかった胸が急に静かになった。背筋がひんやりとして、地面がぐにゃりと歪んだみたいに足元がぐらついた。
     格好いい?かわいい、じゃなくて?
     東卍が解散しても場地さんとオレの縁が切れることはなかった。高校生になった今もオレは場地さんの隣にいる。高校受験もふたりで乗り越えたし、登下校だって余程のことがない限り一緒にしている。屋上での昼食、教科書の貸し借り、突然の雨が降ったときの相合傘だって、相手は全部オレだった。
     場地さんはオレといるとき、よく楽しいと言ってくれる。何かあるごとにかわいいと頭を撫でてくれる。犬みたいだ、ネコみたいだ、ハムスターみたいだと言葉の頭に動物の名前はついているけど、それは立派な愛情表現だと思っていた。オレを撫でてくれる手つきがとても優しかったから。
     他のやつにはしないことをオレにはしてくれる。他のやつには見せない顔をオレには見せてくれる。場地さんの行動と言葉を足したり掛けたりして出た答えは、場地さんはオレのことが好きなのではないかというものだった。数学は苦手だけど、この問題は花丸が貰える自信があった。
     それなのに、好きな人は「格好いい」だって?両手両足つかっても数え切れないくらいにかわいいと言われたことはあるけど、格好いいという言葉を貰ったことはあっただろうか。うまく回らない頭で考えたけど全然浮かばない。それどころか考えれば考えるほど場地さんの好きな人はオレじゃない誰かという説が濃厚になる。考えの分だけ胸には傷がつき、じくじくと膿んでいく。
     世界で一番格好いい場地さんが格好いいと思う人は何者なんだろう。オレの中であの人以上に格好いい人はいない。場地さんのことだから、おそらく外見だけの話ではない。内面。強いては人間としての格好よさ。
     ショックのあまりいくつかの回線は切れ、それでも無理矢理動かしたせいで頭はショート寸前だ。授業で使う立ち上がるまでにやたら時間のかかるパソコンよりも動きがにぶい。それでもぶん回す。そんな人間は果たしているのか。
     誰も思い当たらなければいいのに、オレのポンコツな頭の中にひとりの人物が浮かび上がった。ぼんやりとした輪郭が鮮明になり、イメージ図の下に名前が表記される。
     松本凛。
     最近場地さんと噂になっている、オレと同じクラスの女子だ。
     松本に対する第一印象は、名は体を表すだった。名前を覚えているのは、涼しげな雰囲気と艶のある長い黒髪がほんの少しだけ場地さんに似ていたから。
     場地さんと重なる点はもうひとつある。小さい頃から空手を習っているところだ。新学期にした自己紹介でそう言っていたのだけど、それを覚えていたのも、場地さんと同じだと思ったからに過ぎない。
     松本が通っているのは佐野道場ではないようだけど、横のつながりがあるのか場地さんと廊下で話しているのを何度か見た。高校入学と同時にガリ勉スタイルをやめ、飾らない姿の場地さんと松本がふたりが並ぶと雑誌の一ページのように華やかだった。遠くから眺めていた人間が息を吐くほどに。だからこそ噂がたったのだろう。絵になる、映える、なんてお似合いなふたりなんだろう!そんな称賛の声はうるさいくらいにあちこちから聞こえた。その度に耳を塞ぎたくなった。
     天井から糸で引っ張ったように、松本は姿勢がいい。キリリとした顔つきも相まって女子ではあるけど格好いいという言葉がよく似合う。おまけに勉強もできるようで、テスト前は隣のクラスから教えてほしいと人が来るレベル。会話をロクにしたことないオレが知ってる松本の情報は少ない。それでも出てくるのは長所ばかりだ。ぴったり当て嵌まるじゃないか。場地さんに相応しい、格好いい人。
    (でも、確か松本付き合ってる人いるって言ってた気がする)
     直接聞いたわけではない噂話。思い出して、ホッとした瞬間、我に返った。オレは今、なにを考えた。松本に恋人がいることに心底安心した。相手がいれば場地さんが諦めてくれるかもしれないと期待した。
    (場地さんの幸せを、願えなかった)
     自分のことを優先にして、人の失恋をよかったと思うなんて。そんな人間が格好いいわけない。そんな人間が、場地さんに相応しいわけがない。
     鉛のように重たい足を動かして、なんとか教室に戻る。立っているのもつらくて、一先ず自分の席につく。下を向けば涙が落ちそうで、顔を上げると澄んだ空が見えた。浮いている雲は白くて清くて、オレとは正反対だと窘められている気分になる。我慢できず、じわりと目の縁に涙が滲んだ。
    「……場地さん」
     好きだよ。フられても、隣にいる資格がなくても、オレはずっと、アンタが好きだ。格好よく身を引けなくて、ごめんなさい。



    「そ。スゲェ、かわいいんだ」
     浮ついた声で放たれた一言でオレの初恋はガラガラと音を立てて崩れた。終わった、とカラカラになった口の中でつぶやく。持っていた荷物を落とさなかった自分を褒めてやりたい。腰を抜かさずに立っていることも。
     予定よりも早く終わった補習のせいで歯車が狂った。確認テストが行われた、教務室の隣にある進路相談室から教室に戻ると千冬がオレの席に座っていた。話に夢中でオレがいることに気付いていない。なんだよ。お前、オレには場地さんセンサーがついてるって言ってたじゃねぇか。どこにいても分かりますから、なんて自信満々に笑ってたくせに。こんなに近くにいてもわかんねぇの?オレに気付かないくらい、そいつと楽しい話ししてんの?
    「へー、松野の好きな子はそういう系ねー」
     面白くないと思う気持ちに従い、拗ねた子どもみたいにここで立ち去っていればまだ傷は浅かったかもしれない。でも色を含んだ話を無視することができず、オレは廊下に足を戻した。口を閉じ、ドアに背中をくっつけて中の会話に集中する。
     盗み聞きがいいことじゃないことくらい分かってる。でも気になった。知りたかった。好きなヤツの好きな人の話に無関心でいられるほどオレはできた人間じゃない。
     だけど、聞こえてきたのは望んでいたものでも期待していたものでもなく冒頭の言葉だった。聞かなければよかったと盛大に後悔した。落ち着きをなくし、そわついていた心がピシリと固まる。
    鈍器で殴られたみたいに頭がぐらぐらする。
     かわいい?格好いい、じゃなくて?
     絶望的だった受験を千冬のおかげでクリアできたおかげで中学同様に高校生活を楽しめている。朝弱いオレを起こしにきてくれたり、夕方コンビニに寄って手に入れた菓子やホットスナックを半分こしたり、テスト前に勉強を教えてくれるのだって今までと同じだ。
     千冬は特別頭がいいわけではないらしいがオレに教えているうちにちょっとだけ成績がよくなったと笑った顔を思い出す。他のやつにも教えるのかと聞いたとき、千冬は目を丸くさせて「するわけないじゃないですか」とあっさり言った。さも当たり前のような言い方が嬉しかった。こいつにとってオレは特別なんだと思った。
     恋愛経験がないオレには千冬の特別がオレが千冬に抱いている感情と同じに見えた。人として、ダチとして、そして恋愛的な意味でも、オレに好意があるのだと。
     それなのに好きな人は「かわいい」だと?耳にタコができるくらいに格好いいと言われたことはあるけど、かわいいと言われたことはない。おそらく一度も。かわいいという言葉は千冬に添えるものであって、朝鏡で見た顔を思い出しても、普段の言動を思い返しても、自分にそんなことを思える要素は微塵もない。
     千冬の好きな人間はオレじゃない。
     そう思わざるを得なかった。
     こんなに近くにいるのに。こんなに一緒にいるのに。オレじゃないなら、誰なんだ。痛む頭をおさえて考える。学内の人間関係は広くない。そんなオレでもひとり思い当たる人物がいた。
     橋本美優。
     うちのクラスの女子だ。最近千冬と仲が良い、もしかして、なんて噂されている人物。
     校則違反の明るい色とやわらかい髪質。長さは肩につかない短さ。風に揺れるそれを見て千冬を思い出したことが名前を知るキッカケだった。
     よく怒り、よくしゃべり、よく笑う。そういうところも千冬とよく似ていた。好きな少女漫画が被ったとかでうちのクラスに来た千冬とそのことで話をしているのも見たことがある。
     でも主の目的はオレの迎えであって、橋本との会話はついで。だから周りの奴らがお似合いだ、カップルみたいだと囃し立てていたのもスルーしてきた。本当はそんなことを口にしていた奴らの口をガムテープで塞いでやりたかったけど。
     かわいいの基準はよく分からないけど、千冬に似てるなら世間一般的なかわいいに当て嵌まるのだろう。少なくともオレよりはその言葉が似合う。
    (でも、確かアイツ付き合ってるやついるって言ってたよな)
     橋本とは大して話したことはない。それなのに突然恋人とお揃いなのだと黒猫のピアスを自慢されたことがあった。随分かわいいものを持たせていると驚いたし、黒猫を好んで選ぶなんてやっぱり千冬みたいだと思い、よく覚えている。
     つまり、千冬の好きなやつには既に恋人がいる。酷なことだが、オレにとっては好都合だ。こんなことを考える自分が最低だという自覚はある。でもこっちだってなりふりかまっていられない。
     千冬が好きだ。離れたくない。離したくない。千冬のおふくろさんには勝てねぇかもしれないけど、それ以外の人間に負ける気はしない。笑っていて欲しい。幸せでいてほしい。できるならオレの見えるところで。もっといえば、オレの手でそうなってほしい。そうしたいと思う。
     あいつ好みのかわいさは持ち合わせていないけど、こんなにも思ってるんだから少しくらい傾いてくれてもいいじゃないか。
     体重をドアに預ける。晴天の今日。窓の外は雲ひとつない。澄んだ青色に千冬の瞳を思い出す。
     人の不幸を喜ぶような人間だ。そんな綺麗な瞳に映してもらえる価値はない。でも。
    「……千冬ぅ」
     好きだよ。スゲェ好きだ。なんでオレにしねーんだよ、バカすけ。



     場地からのどこにいるのかというメールに、もう自宅にいるとうそを返して、千冬は教室を出た。人の目を気にしながら学校を後にし、いつもと違う道を使って団地を目指す。場地からわかったと返事がきてから三十分空けて出発をしたから、場地はもうこの近くにはいないはずだ。
     念には念を入れて、いつも登下校で使わない道を選んだ。だが、はじめての道ではない。珍しい模様のネコを追いかけて場地と歩いたことがある。ぼんやり覚えのある景色。珍しいことをしても結局思い出すのは場地なのだ。そんな自分に呆れたが、やっぱり消すことはできないのだと再確認した。
     考えは未だまとまらない。失恋をしたとはいえ、数十分で諦められるほど半端な気持ちではないのだ。何年片思いをしてきたと思っているんだ。おまけにこっちは初恋なんだぞ。だんだん腹が立ってきて、さっきまであったしおらしさは少しずつ蒸発していく。
     こんなに好きなのに、あの人のことを一番知ってるのは、一番思ってるのは、絶対に自分なのに。
     自分の想いを確認すればするほど不満が溜まる。唇を尖らせながらずんずん足を進めていると散歩中の犬が近付いてきた。ぶんぶんと尻尾を振る様子に、表情が緩む。こんにちは、と挨拶をしてくれたのは小柄な年配の女性だった。見たことがある、と千冬は考える。そうだ。以前もここで会ったことがある。この女性にも、連れている犬にも。
    「今日はお友達は一緒じゃないのね」
     おだやかに告げられた言葉に千冬は犬を撫でていた手を止めた。はい、と曖昧に笑って腰を伸ばす。会釈をしてその場から離れると、犬が名残惜しそうにきゅうんと鳴いた。また会おうの意を込めて千冬が手を振ると、女性に手を振りかえされた。隣に場地がいたら同じようにはにかんでくれただろうか。
     一緒にいることが常な喜びと、友達という現実。胸のなかでふたつがぐるぐる混ざる。降り注ぐ日差しと胸の中にある影。両極端なものを同時に持つことが多い日だ。
     女性と犬と別れて、ひとりになって五分も経たないうちにまた人に出会った。今度は大人数だ。男が四人と女が二人。そのうち千冬が顔を知っているのは女の方だった。数十分前に思い浮かべた顔だ。
     まだ先にいる松本の表情は険しかった。平和な話し合いをしているようには見えない。隠すように背中の後ろに回された女をよく見るとこちらも覚えがある。隣のクラスの橋本だ。たまに漫画の貸し借りをしている、友人と呼んでいいのか悩む間柄。そんな彼女は困ったように眉を下げ、ふるえる手で松本の服を掴んでいる。
     四人いる男は揃いも揃って品のない笑みを浮かべていた。千冬が一番嫌いな笑い方だ。
     目の前で納得できないことが起こってる。理由はそれだけで十分だ。相手が自分の恋敵だろうが、そんなのは関係ない。
     腕っぷしが強いやつだったらどうする。人を呼ぶかという考えも一瞬頭を過ったが、男達は今にもふたりを連れて行きそうで時間がないと判断した。なるようになる。場地がよく口にする言葉だ。
     己の芯に従い、足を動かす。千冬は学年でも群を抜いて足が速い。六人のもとへ辿り着くのは直ぐだった。千冬の足の甲が男の鳩尾に入ったのは松本が驚いたのと、男が片眉を吊り上げたのと殆ど同時だった。天下のマイキーにもお墨付きをもらっている蹴りは未だ鈍っていない。
    「わり、これその辺置いといて」
     対して中身が入っていない薄っぺらいリュックサックを渡すと、松本は目を丸くしたままコクリと頷いた。松本の持っているカバンに黒猫のバッジがついているのが目について、家にいる愛猫を思い出す。同時に、そろそろ餌のストックがなくなりそうなことも。
    「んで、こっから離れろ」
     危ないから、の言葉と男の汚い叫び声が被る。あまりの声量に千冬は耳を塞ぎたくなった。うるせぇと呟きながら拳を避け、足首を引っ掛ける。勢いをそのまま、男は前のめりで何歩か進み、そして漫画のように転んだ。倒れ込む様は千冬から見れば間抜けでしかなかったが喧嘩に触れてこなかった彼女達はびくりと体をふるわせた。
     逃げよう。そう言って手を引いたのは橋本だった。橋本は松本を引っ張るようにしてその場から離れる。怖くて仕方ないはずなのにわざわざ頭を下げる姿に律儀だと感心した。
     後ろに気を使わなくなると喧嘩はやりやすくなったが、隙も増えた。自分の体重の一・五倍ほどありそうな、一際ガタイのいい男に投げられたときは悔しくて舌打ちをしたが、怪我はない。四対一。圧倒的に有利とは言えないが不利だなんて思いたくない。なによりも、負ける気がしない。自転車と同じで体は覚えているらしい。久しぶりの喧嘩への手応えは悪くない。
     少し離れた建物の影で松本と橋本は喧嘩の様子を見ていた。助けを求めるべきか。しかし、下手に警察を呼んで千冬まで捕まったらどうしよう。いろんな考えが頭の中を巡り、ふたりは軽いパニック状態にいた。静かに千冬を見守る。見ることしかできない自分達を悔やみながら。そんなとき、後ろに人の気配がした。普段ならすぐに気付くのに恐怖でセンサーは鈍くなっているらしい。松本が勢いよく振り向く。
    「それ、オレにくれよ」
     男達の仲間でも来たのかと思ったが視界に飛び込んできたのは空手仲間の場地だった。安心したのも束の間、主語のない言葉にたじろぐ。理解できず固まった松本にヒントを出すように場地は指で手元をさす。そこにあるのは千冬のリュックだ。これが欲しいのかと目で尋ねる。場地はこくりと頷き、手を伸ばす。松本は困惑しながらも場地に千冬のリュックを託した。
    「格好いいだろ?」
     誇らしげな顔で場地は言う。喧嘩の真ん中にいる千冬だけを見ながら。八重歯を覗かせる笑い方は少年のように無邪気で嬉しそうだった。返事を待たずに場地は続ける。
    「惚れるなよ」
     圧、というよりも言い聞かせるように告げられて二人は返す言葉がなかった。ぱちぱちと瞬きをしているうちに場地は横を通り、そして喧嘩の中に入っていった。
    「場地さん!?」
     颯爽と登場するや否や秒で一人を地面に沈めた場地を見て千冬は驚いた。叫ぶような声に笑いながら、千冬のリュックを片腕で背負う。
    「あとふたりじゃん」
    「へ、あ、はい」
    「なら半分ずつな。さっさと終わらそーぜ」
     場地が合流して五分も経たないうちに喧嘩は収束した。地面に伏した男からは細い声も聞こえない。意識が飛んだのかそんな気力がないのかは定かではないが、どちらにせよ完全勝利だ。
     手についた砂を払う。千冬はただ場地を見ていた。どうしてここにいるのかと聞きたそうな顔で。その顔に土がついているのを見つけて思わず手を伸ばす。軽く擦ると茶色はすぐに薄れた。傷はついていないようだ。よかったと心底安心する。
     ひとりで四人相手に喧嘩をするなんて、普通の人間ならしない。助けを求めに走ればまだいい方で、巻き込まれたくなければ気付かないフリをしてその場を離れるのが妥当だろう。
     確かに千冬は喧嘩に慣れている。しかし、ブランクはある。状況的に隠れていたあの二人が関係していて、待つ時間が惜しかったことは分かる。それでもどうして自分を呼ばなかったのかと不満は残る。助けた相手が自分の恋敵だったから余計に。
    「相変わらず無茶すんなァ」
     だけど千冬のこういう真っ直ぐなところが、場地は昔から大好きなのだ。自分が見張っていないと暴走してしまうところも。
    「……格好いいな、お前は」
     溢れた気持ちが声に出た。指の側面でゆっくり頬を撫でる。土はもう殆ど残っていないけど、しばらくこうしていたいと思う。いま触れている白くなめらかな肌も、真っ直ぐさも正直さも、清い心も自分は持ち合わせていない。こういうところが好きだと思う。こういう千冬を愛おしいと思う。
    「あ、え、オレ、格好いい、っすか?」
     目の前の頬がじわりと色を変える。満開の桜みたいな色に場地は見惚れる。花の儚さに美しさや名残惜しさを感じたことはないけれど、枯れないで欲しいと切に思った。時間や季節に問わず、ずっと鮮やかでいて欲しいと。
     でも、願わくばその花に触れられるのは自分だけがいい。そう思うのは我儘だろうか。エゴだろうか。汚い、独占欲だろうか。
    「うん、格好いいよ」
     他の人に知られるのが嫌だから、滅多に口にはしないけど。
     自分にとって千冬はかわいくて仕方ない存在だ。しかし、世間的には異なるのだろう。少なくとも場地の周りにいるほとんどの女子は千冬を格好いいと評する。そうだ。千冬はかわいくもあり、格好よくもある。聞こえるたびにうんうんと頷きたくなる。
     千冬は男としても人としても魅力に溢れている。誰よりも知っている。だからこそ口に出すのを躊躇う。声を大にして自慢したい。でも誰にも知られたくない。知られて、誰かに取られたくないから。正反対の思いはいつだって半分ずつ胸にある。
     格好いいという言葉を告げると千冬の瞳がきらきらと光をもった。ピンク色は瞼にまで範囲を広がっていて、瞳と肌の色合いはとても美しかった。また目を奪われる。心はもう疾の昔に奪われている。
     ぶわりと強い風が吹いた。場地の長い髪が乱れ、顔にかかる。風が止むと千冬が小さく笑った。なに、と聞くと頬に手が伸びた。ドキッとした。
    「髪食ってます」
     千冬の白い指先が丁寧な手つきで髪を退かす。唇の真横を掠める接触にまた胸が鳴る。はらはらと舞い散る桜の花びらを掴まえたような顔で千冬は言う。
    「場地さんって、こういうとこかわいいですよね」
     
     場地が目を丸くしたので千冬は失言したと後悔した。かわいい、なんて。自分は場地から言われるたびに頬を緩めてしまうが、男からすれば嬉しくない言葉だ。なにより、世界一格好いい場地にかわいいなんて。失礼にも程がある。だから千冬はかわいいの感情を抱いても決して口には出さなかった。本当はたくさんあったのに。
    「お前、オレのことかわいいって思ってんの?」
     探るように聞かれて、おや、と思った。嫌ではなさそうだ。千冬は首を縦に振る。今なら、少しだけなら、許してもらえるかもしれないと期待をして。
    「はい」
     かわいいは千冬にとって愛おしいとイコールだ。ちょっとでも突かれたら、もう溢れてしまいそうなくらいに胸の中いっぱいなのだ。
    「ペケと全力で遊んでるときとか、喋れねぇくらいに飯頬張ってるときとか、眠くてぼーっとしてるときとかそのままワイシャツのボタン掛け違いちゃうところとか、マイキーくんにゲームで勝って喜んでるときとか……あ、あと、このあいだ商店街のくじ引きで一等当たったのに米だったってガッカリしたのも」
     つい話し過ぎてしまって、ハッとする。慌てて「すみません」と頭を下げた。反応がないことにドキドキしながら顔を上げる。
     目が合っても場地はなにも言わない。一瞬びっくりしたように目が大きくなったかと思えば手で口元を隠し静かに視線を逸らされた。落ち着かない様子に首を傾げる。長い付き合いの千冬でも今場地がなにを考えているのかは分からなかった。しかし怒ってる訳ではなさそうなので、不安になることはないだろう。
     あー、うー、と間延びした声のあと、深呼吸を挟み場地は真っ直ぐに千冬を見つめた。
    「千冬さぁ」
    「はい?」
    「お前、かわいいやつが好きなんだろ?」
    「え、ええええ!な、な、なんで、そんな……」
    「いーから、教えて」
     強要というよりも甘えるように言われる。その口調もかわいくて千冬はたじろぐ。ずるい人だ。何百回目か分からない文句を心の中でつぶやく。
    「……そ、うです」
    「千冬にとって、オレはかわいいに入んの?」
     ぎょっと目を開く。さっき頬に触れられたよりも速く顔に熱が集まる。言葉にせずともこれが答えだ。察したように場地が笑う。やわらかい笑みが悔しくて、愛おしくて、誤魔化すように千冬は細めた目で場地を見る。
    「ば、場地さんは、格好いい人が、好きなんすよね!?」
    「うん」
     潔いくらいに即答だった。
    「好きだよ」
     続く言葉からも躊躇いは感じない。琥珀色の瞳に胸を焼かれる。意思とは関係なく唇が開く。全身で伝えられている好意に応えようとしているのだ。炙り出された「好き」の二文字が外に出たいと喉をふるわせている。それよりも先に場地が声を出す。
    「他には?」
    「え……」
    「聞きたいこととか、言いたいこと、ねぇの?」
     好きを筆頭に言いたいことは山ほどあるはずなのに、改めて問われると急に恥ずかしくなる。うまく言葉が浮かばない。あ、う、と意味のない母音ばかりが溢れて、困り果てた千冬は助けを求めるように場地を見つめた。しっかり三秒間ふたりで無言になる。千冬のものがうつったように場地の眉尻が下がる。頬の色が薄らと赤みを増す。
    「……オレは、あるけど」
    「えっ」
    「千冬に、言いたいことと、聞きたいこと」
     いい?と小さく首を傾げられて、千冬はすぐに首を縦に振った。
     長い付き合いだ。場地がなにを自分に伝えようとしてくれているのかも大体分かる。千冬が場地の言葉を断ることはない。なんなら問われるよりも先に答えてもいいとさえ思う。
     先走る気持ちをぎゅうぎゅうと胸に押し込める。うまく息ができなくて苦しい。でも、聞きたい。場地が自分を好きだと言ってくれる瞬間をこの目で見て、耳で聞いて、全身で幸福を感じたい。
     下唇を内側に入れて、言葉を堰き止める。かかってこい。返事の準備は万端だ。ムードのない、元ヤンらしい威勢の良さ。それとは似つかわしくない期待で蕩けた瞳に場地を映して、千冬は告白を待つ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💯💖💯💗💗💗☺👏👏👏👏👏👏😍👏👏👏💕💕💕💕💕☺☺☺👏👏💖💖💖👏💕😍💘💞💞💘🙏💕💕💕💯😭👏👏👏☺😍🌠💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works