仲直りの方法「ずうっと前から大好きです! 良かったら、私とお付き合いしてくださいっ!」
耳まで染め上げた顔を隠すように下を向いて、強ばった手を教官に伸ばす。
わかるよ、口から飛び出しそうなくらいドキドキしてるんだよね。
一世一代の告白を遂げた女の子に向かって、呑気に首の後ろをポリポリと掻いたウツシ教官は、面倒そうに「あー……」とか声を出している。目には笑顔を浮かべたまま。
「気持ちは嬉しいんだけど、俺お付き合いしている人がいるんだよね。だから、君の気持ちには応えてあげられないよ~」
ヘラヘラ笑いながらの謝罪に誠意はなく、真剣に取り合っているようにすら見えない。
「そ、んな……じゃあ、あの……せめて、その……」
もじもじと上手く紡げない様子を見て、教官は再び手を首の後ろに回した。ああやってわざとらしい作り笑顔を浮かべながら項の辺りを掻く時は、イラついている時に出る癖。
教官が苛立っている理由はわかっているけど、はっきりキッパリと迷惑だって言わない態度を目の前で見せつけられるこっちの気持ちも少しは考えて欲しい。
「まいったなぁ……あ、そうだオテマエさ~ん!」
どれだけ待ってもそれ以上の展開はなく、一瞬だけ眉尻をヒクリと痙攣させた教官は、彼女から目を逸らしてオテマエさんを呼び付けた。
「彼女に、オススメのうさ団子作ってあげてよ、俺の奢りで」
驚く彼女の背中を軽く押し、席に案内すると、ニコニコ満面の笑みで宣った。
「さ、座って座って! 落ち込んだ時は、美味しいもの食べるのが一番だからさ」
落ち込ませた張本人が何を言っているのか。私があの子だったら、顔面目掛けてフクズクの群れをけしかけているところだ。
「美味しいもの沢山食べて元気だしてね、それじゃあ!」
女の子を着席させてこれで役目は終わったとでも言いたげな爽やかな顔で、片手を上げて颯爽と立ち去ろうと方向転換をした教官の腕を、控えめな手を添えて引き止める。
「……まだ何かあるのかな?」
ニコニコのまま声のトーンだけを何段階か落とした教官が問いかける。さっきの痙攣は一瞬だけだったけれど、今は陸に打ち上げられたばかりの魚のようにピクピク忙しなく動いている。
「…………お、おともだち……だけでも……」
それでもめげずに食らいつく彼女は、ポロポロと涙を零しながら教官の顔を見上げた。
女の私から見ても可愛い子なんだから、こんな自分勝手な男を選ぶ必要はないよと言ってあげたい。他にもっといい人いっぱいいるよって。
「うーん……まあ、お友達くらいなら、いいかな」
「はぁ?」
アヤメさんのすぐ隣でうさ団子を待っていた私は思わず声が漏れ、アヤメさんは飲んでいたお茶を吹き出した。
「笑いごとじゃないんですけど!」
「悪かったって、機嫌直しなよ」
オテマエさんに叱られる前に、すぐさま机を拭きはじめる。クールな口調とは裏腹に口元が緩んでる。
「別にさ、他意がある訳じゃなくて、ただ少しでも早くあんたと話したいだけなんだよ。さっきからチラチラこっち見てるだろ?」
私が集会所に入ったのと、教官があの子に呼び止められたのはほぼ同時。二人だけで話したいことがあるという彼女の誘いに、闘技場の受付を理由に集会所を離れるという提案をやんわり拒否した理由は、ここに私がいるからだった。
「間違いなくあんた以外に靡くことはないんだからさ、そんな顔しなくても大丈夫だって」
アヤメさんが慰めるみたいに私の頭をポンポン撫でた。
そんなことわかってる。
教官は私のことを大切にしてくれるし、いつも私が喜ぶことを一番に考えてくれている――でも。
教官は自分に自信がありすぎて、私の嫉妬心を理解してくれない。本人に悪気はなく、告白されたってしっかりと「恋人がいるから」と断ってくれる。
とはいえ、元々優しい人だからか、こんなふうに縋られると冷たく突き放すことはしない。
「ヤキモチ妬くのも馬鹿らしいって自分でも思うんです。でも、やっぱりモヤモヤするというか……」
「気持ちはわかるよ。あんたが……」
「愛弟子っ! 愛弟子、おまたせっ!!」
何か言葉を続けようとしたアヤメさんの声に覆い被さるみたいに、教官の咆哮が重なった。
「ごめんね、すぐに来てあげたかったんだけどさ」
「私、もう行きますね」
教官が私の隣に座って、腰を抱こうとするのをすり抜けて立ち上がる。あれ? と不思議そうな顔をする教官を無視してアヤメさんに手を振った。
「気をつけて行っといで」
「ま、まなでし? もう行っちゃうの? じ、じゃあ、無事に帰って来れるように、俺が――」
「わかりました。それじゃあアヤメさん、また後で」
「ちょっと待ってよ」
机を離れる私の腰を抱き寄せて引き止める。普通は腕とか肩とかを掴むものじゃないだろうかと思ったのもつかの間、くるりと身体を回転させられた。
「俺……何かキミを怒らせるようなことした……んだよ、ね?」
今にも泣き出しそうなくらい眉尻を垂れさせ、窺い見るような様子で問いかけてくる。
「ごめん、わからなくて……何が悪かったか言ってくれないか? 悪いところは全部なおすから」
「別に、悪いとか思ってませんよ。教官は新しいお友達と仲良く食事でもしていればいいんじゃないですか?」
「……へ?」
ああ、もうイライラする。
こんなこと言いたいわけじゃないのに!
自分の行動を上手く制御出来なくて、これ以上会話をしていると教官を必要以上に傷つけてしまいそうな私は、腰に絡まる手を振りほどく。
乱暴な足取りで支給ボックスに向かう途中「本当に、何しちゃったんだろう……」という絶望したような声が背中から聞こえてきて、苛々に拍車がかかった。
「あの……」
「しつこいですよ! 私、狩猟に……」
準備を終えて蓋を閉めた瞬間、遠慮がちに声がかかって、つい荒い返答をしてしまった。
けれど、振り返った先にいたのは最愛の人ではなく、見知らぬ男性。
「す、すみません……」
「ご、ごめんなさい、私、人違いしちゃって……あの、私に何か……?」
ビシュテンゴの装備に身を包み、大きな狩猟笛を担いだ彼は下唇を震わせながら私を見る。
「猛き炎さん、ですよね?」
ああ、またか。
この手の質問は時々ある。女がハンターとして、名を馳せると、好奇な目を向けられるものだから覚悟しておけと、まだ見習いの身であった頃に里長から何度も言われてきた。
実際里長の忠告は正しく、男性ハンターからは決まってこの後嘲りが続く。
しかし私の予想は大きく外れ、肯定の返事を耳にした彼はぱぁっと花が咲いたように笑った。
「僕、貴方のご活躍を聞いて、ぜひお会いしたいなと思っていたんです。あの、もし良ければ、ご一緒していただけませんか? 絶対に足でまといになるようなことはしませんから」
イライラしている今の状態で、他人のことまで気をかけてあげる余裕は多分ない。それでも、私の足を引っ張らないなら、いいかもしれないと思った。
何より、話し相手がいれば多少は気が紛れるかもしれないから。
「わかりました、いいですよ」
出発の直前、ほんの一瞬だけ教官と目が合った。何か言いたそうな顔をしていたけど、結局何も言われず、私はビシュテンゴ装備の彼と二人で狩猟に出かけた。
◆❖◇◇❖◆
ビシュテンゴ装備の彼と出会ってからそろそろ二週間。彼はほぼ毎日カムラにやってきて、二人で狩猟に出かけている。
テンゴくんは本人の言葉通り、自分から積極的に攻めるタイプではないけれど、支援能力に長けていた。
欲しいタイミングでサポートが来て、私が吹っ飛ばされるとテンゴくんがモンスターの注意を引いてくれた。
彼との狩猟は楽しくて、日が経つごとに、ピッタリと息が合わさっていくのを感じていた。相性がいいみたい。
「やあ、愛弟子」
「こんにちは、教官」
集会所でうさ団子を待っていると、教官が隣に腰掛けてきた。
私が少し距離を置くと、その分を強引に詰めてくる。
会話をするのは二週間ぶりだ。
「愛弟子……まだ怒ってる……よな? ごめんね、俺……キミの気持ちがわからなくて」
教官の〝新しいお友達〟は、あの日以来見かけない。アヤメさんから何か忠告を受けて、考え方を改めて何か彼女に言ったのかもしれない。
教官が見知らぬ女性と話すだけで嫌な気持ちになる心の狭い自分が本当に嫌になる。私は、ただ教官と仲良くお付き合いしたいだけなのに。
「キミの気持ち、もっとたくさん知りたいと思ってるんだ。そうすれば、今回みたいに傷つけることもなくなると思うから。だから、言って欲しいんだ、どんな些細なことも」
「きょうか……」
教官は何年も私より長く生きていて、私はいつも遠くにある背中を眺めながら人生という長い長い階段を登っていく。
立ち止まって子供っぽく拗ねてみても決して私を置いて先に進むことはしない。
同じように立ち止まってしゃがんで手を差し出してくれる。私を急かすことはなく、なんだったら、自分から階段を降りてきてくれる勢いで、いつも私を気にかけてくれた。
きっと、同じ目線で同じ景色を見る日は来ないけれど、それでも少しでも距離を縮めてくれることが嬉しかった。
「アヤメさんから聞いたよ。嫌な気持ちにさせてごめんね」
宥めるように繰り返し髪を梳く。
大きな手のひらから伝わってくる温度がとても好きだった。私が大事だと語りかけてくれているようで。
ちゃんとゴメンなさいをしよう。そしてもう怒ってないことを伝えよう。
隣を見ると、目が合うだけで目尻がすうっと下がっていく。私の好きな表情、大好きな笑顔。
謝罪を口にするために、息を吸い込んだ、その刹那。
「でもね、俺は愛弟子のことが世界で一番好きなんだから、嫉妬なんてする必要はないんだよ。俺が誰と話していても、気にしないで」
「……………………そうですね」
頭の中でぐるぐると、アヤメさんの言葉が踊っていた。
ウツシ教官は変わっている。ウツシ教官は少しズレたところがある。
この言葉だって、裏側に隠された特別な意味なんか一切ないはず。別に、浮気じゃないんだからほかの女と話くらいさせろ。と言いたいわけじゃないのはわかってる。
でも、なんだか無性に腹が立った。
本当にどうしようもない、大人気ない自分にむしゃくしゃする。
コトリと音を立てて席を立つと、頭に乗った大好きな熱量が失われた。
私の名前を呼ぶ声にチラリと視線をなげかけて、うさ団子のお勘定を机に置いた。
「私、もう行きます。オテマエさんにお支払いお願いします」
「え……まだ食べてないだろ?」
「教官に差し上げます!」
ぴしゃりと言い放って出入口に目を向けると、ちょうどテンゴくんが入ってくるのが目に入った。
約束より早い時間だけど、今日はいつもより早く来てくれたみたい。その事に感謝しながら、私は彼に近付いた。
◆❖◇◇❖◆
「やっぱり、貴方と狩りに出るのは楽しいです。僕、あまり一人でフィールドに出るのは得意ではなくて」
帰りの道中、歩きながらテンゴくんが楽しそうに言ってきた。目が合うと、照れたように顎のラインを擦っているけれど、目をそらされることはなかった。
「あまり他の人と一緒に狩場に出ることはないんだけど、君との狩猟は私も楽しいなって思うよ」
教官以外の誰かと狩りに行こうと思うことなんて滅多にない。言葉にしなくても何もかも伝わり、結局一番息が合うのも一緒にいて楽しいのも教官だから。
何より、教官が刀を振るう姿は何年経っても格好良いと思うし、間近で見蕩れることが出来るのは、愛弟子の特権だ。
だけど教官には他にもたくさん仕事があっていつも忙しそうだから、気軽に狩猟には誘えない。
教官といる時ほど気持ちよくなれる訳ではないけれど、初めて出来た狩猟仲間との狩りは、嫌なことを忘れられる、いい気分転換になっている。
「いつも私に付き合ってくれてありがとう」
その瞬間、ピタリと足を止めて、テンゴくんは動かなくなった。どうしたの? と振り返ると、両手がぽんと肩に乗る。
「猛き炎さん……僕」
テンゴくんは初めて私に話しかけてきた時のように、緊張で額を汗で濡らしていた。
「貴方が好きです。だから……僕の彼女に、なってもらえませんか?」
答えを聞くのを恐れて、両目をギュッと瞑って身を強ばらせる。私にも、身に覚えがある。
かつて教官を目の前にして、私も同じように震えていた。断られるのは分かっていたけれど、それでも言葉でハッキリと恋心の息の根を止められるのが怖くてしょうがなかった。
教官の答えは、私が想像もしていなかったとびきりの笑顔だった。
目の前の彼とあの日の私は似ているけど、あの日の教官と違って私は笑顔を見せてあげられない。
どう断れば一番彼を傷つけないだろう。こんなふうに頭を悩ます日が来るなんて思ってもなかった。
「えっと、私ね……わたし、君のことは好きよ。でも……」
傷付けない理由を探しながら、必死に言葉を紡いでいると、ヒュッと背後に風を感じた。
「ダメだよ」
お腹に太い腕が巻きついてきて、少し強い力で引き寄せられる。
「愛弟子は俺のものだ」
見慣れたジンオウガのお面は、テンゴくんを見据えていた。
腕の力が強くなって、頭の上にも大きな手のひらが乗る。
「きょうか、ん?」
目の前で教官を見上げるテンゴくんの瞳には、恐怖が宿っている。そのうち崩れ落ちそうなくらい脚もガクガクと震えている。
それもそのはずで、全身の毛穴が逆立つほどビリビリする殺気が、周囲の空気を支配していた。
「も、ものって……彼女は、貴方の所有物ではありませんよ。離してあげてください」
それでも、彼は恐怖に負けずに半歩分距離を詰めた。
「愛弟子を所有物だと思ったことはないけどね。俺は、事実を言っているだけで」
腹部を押える締め付けが、少し苦しい。俺の女を手放してなるものかと物語っているみたい。
「そうだろ、愛弟子」
髪を一束掬いとって、我が物顔で装備越しの口付けを施す。
「あ……ごめんね、私……ウツシ教官と、お付き合いしてて……だから、君とは……その、本当にごめんね」
促され、吃りつつも一言ずつ口にすれば、次第に空気が柔らかいものへと変わっていった。難しい課題をこなした時のように頭を撫でられるのは、こんな状況下であっても気分がいい。
「そう、ですか……わかりま、した……」
対してテンゴくんは、今にも泣き出しそうな顔でそれだけを言うと、走り去ってしまった。
上手に断れずに、大切な友達を無くしたことは、ほんのちょっぴり残念な気持ちになるけれど、怒れる雷狼竜に捕まった今の私は彼の後を追いかけることは出来ない。
「……教官」
「んー?」
「…………離してください」
テンゴくんの気配が完全に消えて数分、未だにぎゅうぎゅう抱きしめてくる教官は、声に出してお願いしても力を緩めてはくれなかった。
「……ごめんね、愛弟子」
「もう、いいですから。私が上手く断れなかったのが悪いので」
肌を刺す静電気はもう一切なく、後ろからグリグリと頭を擦り付けてくる。仕事で疲れている時や、構って欲しくて拗ねて甘える時によくやる行動だ。
「そうじゃなくてさ、俺、初めてキミの気持ちがわかった気がするよ」
お面の角が背中に刺さって少し痛い。やめさせたくて振り返ると、今度は腕の力を緩めてくれた。
「愛弟子は俺に惚れてて、世界一大好きだって自信があったんだけど……嫉妬、してた……ずっと」
「……教官、が?」
「この二週間、すごく楽しそうだなって思って見てたんだ。キミが笑顔を彼に向けているのは、見ていて非常に不快だった」
お面の向こう側で、一体どんな表情をして言ってるんだろう?
大きな身体を小さく丸めた愛しい人のお面を剥いだら、大好きな主人に叱られたガルクのような顔をした恋人が、眉を垂らして私を見てた。
それはなんとも情けない表情で、でも。
「好きだなんて言うなよ、俺以外の男にさ」
真っ直ぐに芯が通ったような、ハッキリとした声で、私に言った。
「そういう意味じゃないです」
「わかってる」
「あなたが好きです」
「それも知ってる」
逞しい背中に腕を回すと、全身がほっこりするような幸せに包まれた。
「ヤキモチ、妬いてます?」
「……めちゃくちゃ妬いた」
「ふふ……」
少しヤケになったような口調は、愛おしさを倍増させる。今でさえこんなに好きで溢れそうなのに、これ以上惚れさせてどうしたいんだろう。
「教官は、絶対ヤキモチなんて妬かないと思ってました」
「俺だってそうだよ……大人気ないかもしれないけど、さ」
とん、とんと頭の後ろを撫でられて、見上げてみれば困ったように眉根を寄せる。
「今ならキミが怒った理由がよく分かるよ。本当にごめん、これからはハッキリと断るからさ、許してくれないかな」
本当にかっこよくて可愛い、私の恋人は、何度目かの謝罪を口にする。
その人の頬に手を伸ばせば、不安気だった瞳がきらりと輝いて見えた。
「私の方こそごめんなさい。私も教官の気持ち、今日初めてわかりました」
「キミが謝るようなことなんて、何も……」
鎖帷子をずり下げると、形の良い唇が動きを止めた。唇の輪郭を指でなぞると、ゆったりと迫ってくる。
お付き合いを初めて何年も経つ。キスの味もそれ以上も、この人の全てを知り尽くしていても、心臓は初な少女のように悲鳴をあげた。
「あ、相手を傷つけないように上手に断るのって案外難しいんですね! 私、今まで『もっとはっきり断ってよ!』って思っていました」
動悸の理由を誤魔化すために先を続けると、ピタリと止まった教官が、至近距離で笑顔を見せる。心底安心したような、心から嬉しそうな笑顔を。
「俺も思った。これで差し引き零でいいかな?」
「はい、もちろんです!」
「それじゃあ……」
再び動き出したのを見て、思わず後ずさった――つもりになったけれど、教官がそれを許してくれなくて、足元で砂利同士がぶつかりあっただけだった。
キスが恥ずかしいなんて、どうしちゃったんだろう。二週間前までは、毎日数え切れないくらいしていたのに……!
「と、ところで……教官?」
「んー? どうしたの?」
重なる瞬間にパッと顔を伏せ、ショート直前の頭を働かせた。誤魔化しの材料を探す私に、教官は楽しげに返事をする。
「……いつから私を付け回していたんですか?」
「う……」
考えるより先に口をついた内容は、見事にクリーンヒットしたらしい。苦虫を噛み潰したような顔で、呻き声をあげる。
「私、もう一人前のハンターだから黙って着いてこないでっていつも言ってますよね?」
「ごめんね……あの、まなでし……?」
今にもクゥンと鼻を鳴らし出しそうな表情で謝罪し、背中をがっしりと抱き寄せる。
逃がさないためかとわかると、にやけそうになる。
「なんですか?」
冷静を振舞って言い放てば、先程とは打って変わって子供のような無邪気な笑顔を見せてきた。そして、
「キミに避けられる生活は、もう勘弁だからさ、これから仲直りしよっか♡」
と言いながら、アイルーを抱き上げるくらい軽快な動作で、私の身体を掬いあげた教官は、帰還への道のり……ではなくて、ベースキャンプに足を向ける。
「へ? ちょっと教官?? きょ~かんっ!!」
筋肉で構築されている皮膚を叩いてみてもご機嫌な笑みが浮かぶだけで、向かう先は変わらなかった。