朝日が窓からキラキラと降り注ぐ。清々しい朝だ。腹も良い感じに減っていて朝食だって美味しく食べられるだろう。
しかしタルタリヤはそんな朝に似合わない重いため息を一つ静かについた。
隣にはゆるりと気だるげに瞳を開きこちらを見やる美丈夫が居る。そう、同じベッドに。
いつ起きたのだろうか。タルタリヤが起きたからそれに合わせて起きたのかもしれない。彼に睡眠なんてものが必要かなんて事も知らないけれど。
朝だというのにはだけた布団から見える肌や目線からやたらと色気を感じる彼に、また溜息をつきたくなるが我慢した。
「おはよう公子殿。……体はどうだろうか」
少し頬を染めて恥じらうのは止めてくれないだろうか。鍾離が頬を染めてもタルタリヤはときめくどころか逆に真顔になってしまう。
「……舐めないで欲しいな。柔な鍛え方はしてないし、別にあれくらいどうってことないさ」
少しだけ嘘である。あるところの異物感がまだぬぐえないし少し気だるい。声だって少し掠れてしまっているのは鍾離に気づかれてしまっているだろう。
そう、昨日ひょんなことから鍾離と寝てしまった。
だって面白かったのだ。
あの岩王帝君が、童貞だったなんて!
昨日酒を飲んでいて気もよくなって来たころ、「そういえば部下に恋人と初セックスに持ち込むためにはという相談を受けた」という話を鍾離に振ったのだ。もちろん他にも部下が数人いるような飲みの席だから真剣な相談ではないけれど、酒が入っていたからそういう話はそれなりに盛り上がった。
見目が抜群に良い上に璃月で崇め奉られていた岩王帝君様だ。きっとそういう経験だった数え切れないくらいあっただろう。とは言えそんな彼だからセックスにもつれこむなんてそう大変な事ではないんだろうなと、鍾離の経験なんて聞いても部下の参考には一ミリもならないんだろうなとは思いつつも今も酒の席だ、とりあえず話を振ってみる事にした。参考にならずとも何か面白い話が聞けるかもしれないし。
そう思いタルタリヤは彼に問うたのだ。「先生はいつもどうやってセックスの誘いをするの?」と。
そうすると返って来たのは「まだそういった経験がないから参考になる様な事は言えないな」という返答だった。
タルタリヤは思わず一瞬ぽかんとしてしまう。きっと情けない事に隙だらけだっただろう。それくらい彼にとっては衝撃のある返答だった。
「え!? 本当に!?」
「何故そんなに驚く」
心外だという表情を隠さない鍾離に対してタルタリヤは内心ワクワクしていた。だって!あの鍾離に未知の事があるなんて!
タルタリヤとて男の童貞事情に興味がある訳ではないが、鍾離の話となるとまたそれは別だ。
思わず鍾離との距離を詰めてしまう。何でもそつなくこなし、知識も豊富で興味だっていろいろなものに持つあの男が、童貞だなんて楽しくないはずがない。
タルタリヤはまともに恋人らしい恋人がいたわけではないが、執行官になる前は数度に渡り行為を共にした人間も居たし、男女共に相手をした経験があった。
タルタリヤが楽しそうな顔をしているのが気に食わないのだろう、鍾離は少しだけ眉間に皺が寄っている。地味に負けず嫌いなところもあるのだこの元神様は。
「なんで? 神様は性欲とかないの?」
「ないわけではないが子を成す必要もなかったからな」
「ええ、興味ないの? セックスしたくない? 何だったらツテもあるしそういった仕事の女性を呼ぼうか?」
「……凡人になって、凡人として、興味がないわけではないが」
凡人である『鍾離』として璃月では名が知られてしまった為、興味があろうと恋人を作ったり、そういう店に行ったり下手にそういった事もし辛くなったのだろう。
知識やこの外見、その他の要素でそりゃあすぐに有名になってしまうのはしょうがないだろうが、鍾離としてはここまで自分の知名度が上がるのは少し想定外だったのだろう。璃月の全ての人間がしっている様な存在を長い間務めて来た元神様はそこまで思いつかなかったのかもしれない。
しかし鍾離だって言葉通り興味がない事はないのだろう。
凡人として体験できる事は片っ端からやりたそうではあるのだ。
タルタリヤだって、最古の神が経験したがないなんて事象はそれなりに面白そうで興味はある。どういった感想を持つのかとか。
何か良い方法はないだろうか、手っ取り早くて、ちゃんとタルタリヤが鍾離の初セックスの感想を聞ける程度には気軽に体験できる方法は。
そして、ふとタルタリヤは一つ案を思いついた。
それこそタルタリヤは試しに男相手に女役をやったこともある。
後ろで感じられるかは置いておいて、相手の男が気持ち良くなるやり方だってなんとなくは理解しているのだ。
「よし、じゃあさ鍾離先生?」
あまり深く考えていたわけではなく、ただ単に面白そうだと思った。
「今から試してみる?」
そして酒に少しばかり酔っていたのだった。
結果から言えば、鍾離とのセックスはタルタリヤの思った通りには行かなった。
もっと鍾離の困った顔や照れた顔、何でもそつなくこなす鍾離が手こずるところなど、タルタリヤはそういうところが見たかったのだ。そういうところが見たかったのに、童貞だと言っていたのに、なんだかんだタルタリヤは好き勝手堪能されてしまったのだ。
確かに最初はタルタリヤの優勢だった。ちゃんとリードも出来ていたし、しっかりとサービスしてやったから先にイッたのも鍾離だった。
上に乗ってタルタリヤ優位で攻めてやればモノを男に入れてヒンヒン言う、いつも涼しい顔をしている鍾離の情けない顔が見れるかもしれないなんて心の中でほくそ笑んだのだ。
ただ、様子を見ていたのだろうか分からないが、一回イッた後「なるほど」なんて呟いてから主導権は一気に握られてしまった。
(なぁにが『書籍では読んでいて知識はあったからな』だ!)
本で読んだだけであれだけ出来てしまうなんて。
それこそ今までのその他の経験が生きた結果かもしれないが、あまり納得は出来ない。それで童貞面なんてしないで欲しい。
タルタリヤがぶすくれた顔をしていると空気も読まずに鍾離は、ふむ、と口を開いた。
「昨日の相談の一案だが、まだ経験がないと言えば相手に興味を持ってもらえ、同衾出来るものなんだな」
「まぁそれはよっぽどそいつの外見が良いか、そいつの初めてに価値がないと通用しないけどね」
「ほう、価値があったと」
「先生の情けない顔が見れるかなと思っただけだよ」
そう言うと鍾離は少し目を逸らした。何か恥ずかしい思いをした事を思い出したのだろうか。タルタリヤからしたら鍾離が恥ずかしい思いをしただろう記憶はなかった。あっても童貞だとカミングアウトしたくらいだろう。だがそれは今更である。
「……公子殿の愛らしい顔は見れたな」
こほん、と鍾離が一つわざとらしく咳をする。表情は涼しいままだが、少し頬を染めながら。
それで照れていたのか。いや、昨日あれだけしといて今更恥じらっても可愛くも微笑ましくてもなんともないのだがとタルタリヤは白目をむきそうになった。
筋肉の付いている男がアンアン喘いでる(不本意だが)ところを見て可愛いと思えるなんて流石元神様だ。人間の事を犬猫だと思っている節があるのではないのだろうか。
「……しかし、初めて経験したがなかなか良いものだった。公子殿さえ良ければまた頼みたいのだが」
流石公子殿だ。いろいろな事に精通しているのだな、なんて言いながら鍾離は頷くが、タルタリヤは思わず固まってしまう。
「えっ? まだ先生は俺とセックスしたいの?」
「ん? ああ、公子殿が良ければだが」
「ええ、俺で良いの?」
それだったら次こそちゃんとプロの女性とか、もういっそ恋人を作れば良いのでは?と思わず提案する。確かに手っ取り早くて面倒な事になりにくいという理由で自分はどうだと言ったのだが、それはまさか次の話もされるとは思ってもみなかったからだ。
「公子殿も気持ち良かっただろう?」
不思議そうに自信満々に、真っ直ぐタルタリヤに視線を向けそう言い放つ。
昨日まで童貞だった癖になんだその自信満々な顔は。少し乾燥した唇とまだカスカスとして痛い喉を動かし、返事をする。
「俺は、戦ってる方が気持ち良いよ」
事実である。確かに体の気持ち良さだけで言ったら鍾離とのセックスの方が確かに良かったかもしれないが、精神的な面も足して総合したらまだタルタリヤからしたら戦う方が魅力的だ。
鍾離は納得した様に考え込んだ。少し眉間に皺が寄っていたが。
「……ならばセックス一回ごとに手合わせ一回ではどうだ?」
「えっ本当に!? 良いよ!」
鍾離の言葉に思わず前のめり気味で元気に返事をしてしまう。それはそうだ。目の前に人参を吊られた様なものだ。
「……そう言うのはあまり関心しないな」
溜息をつきつつ不満気に鍾離はそう言うが、受け入れるかもしれないと分かった上で提案してたのは鍾離だ。そもそも好奇心でタルタリヤの誘いを受けたのも彼である。
それに、今のところそんな提案してまでタルタリヤとセックスしたがる奴は居ない上に、その前にわざわざセックスしてまで戦いたいとタルタリヤが思う相手も鍾離くらいなのである。
何だか気に食わない。それこそ昔は寝る相手だって特に選んでいただけではないが、執行官になり力持った今はおいそれと誰とでも寝るわけではないし、別に誰だって良い訳ではない。
「……先生だから了承するのに」
そう拗ねた様に言うと、鍾離にはまた大きなため息をつかれてしまった。