息子さんを俺にください。長身に合わせて作られたオーダーメイドのスーツに身を包み、長い前髪を後ろ手に流し端正な顔立ちを余す事無く晒した様はどこぞの貴公子だと、日向は何も言わずにただ眺めていた。
「日向さん。ネクタイ締めてよ」
最後にネクタイを締める所でネクタイを首に掛けたままの状態で日向の前に立つ若島津。
「お前自分で締めれるじゃねえか」
「日向さんに締めて貰いたいんだ」
若島津のお願いに、しょーがねぇなと言いながらも若島津のネクタイに手をかける。
「願掛け、みたいな」
「願掛ける必要がある事でもやるのか?」
「そりゃあ、一世一代のけじめをつけに行くんですから」
「今更な気がするんだがな」
そう言って気を張る若島津に対して呆れた様に笑う日向。
10余年、数える事すら諦る程にお互い通ったお互いの家、家族とも両家共々仲がよく、二人が挨拶をする以前に最早家族同然の付き合いをしていた。
「そう気張るなって。俺がお前の家族に挨拶に行った時を思い出せよ、緊張する暇もなかったぜ?」
「あれは例外だと思いますけど……」
今から一週間前、日向が若島津と共に若島津家へ訪れ、若島津の両親に改めて挨拶をしに行った日の事だ。
けじめをつけ、二人でこの先生きていくと宣言した二人に対し、両親共々大いに喜び、若島津の兄妹を呼び軽い宴会が始まったのはまだ記憶に新しい。
父親は若島津に対し、日向くんを泣かしたら破門だからな!とまるで嫁入り前の娘を持つ父親みたいな事を言い始めた程だ。
「うちの家族皆日向さんの事好きだから……」
「うちだって同じだ。皆お前の事大好きだぜ?」
「それは嬉しいや」
弟妹達、特に末っ子の勝は本当の兄と同じ位に若島津の事を慕っている。
義理とは言え本当に兄になると知ったら三人はどんな反応をするのだろう。
「あ、日向さん」
「なんだ、若島津」
緩く作った輪っかにネクタイの先を通した時、若島津は日向に尋ねる。
「日向さんのお母さんに挨拶した後、行きたい所があるんですけど」
「いいけど、どこだ?」
日向は慣れた手つきで若島津のネクタイの根本をきゅっと引き締めた。
「あんたの親御さんに挨拶に行かないと、でしょう?」
姿なき後もずっと、日向の事を空の上で見守り続けてくれたもう一人の親に。
そう言った若島津は柔らかく眼を細め、窓越しに澄んだ青空を見上げた。