空っぽの家 ガチャリ。金属音を落として鍵が回る。建て付けの悪くなった戸を開けば、木の軋む音がした。
「っ、ゲホッ。さすがに埃っぽくなってるな〜〜」
戸を大きく開くと、埃が舞い上がった。うっかり埃を吸い込んで、軽く咳き込む。
アルディアからの攻撃は収まっているとはいえ、日々小競り合いやモンスターの出現など、自警団はサニア公女不在の間も目まぐるしく動いている。ここに来るのももっと早く……と思っていたのが、随分と日が空いてしまった。ヴァリオが自警団を去ってからも、なんとなく放ったらかしにするのも嫌で、こうして時折家の掃除に来ていた。
いつも通り、手当たり次第に窓を開けていく。まずは空気を入れ替えたい。それから、箒で床を掃く。バケツに水を汲んで床も磨いていく。まだ夏本番とは言えない時期だが、それでもこうやって動けば汗ばむ。
一通り掃除を終えると、壁にもたれて座り込んだ。窓から吹き込む風が心地良い。
ふと、向かいの柱の傷が目についた。
「懐かしいな」
無数につけられた小さな傷。競うように並べられた線。いつまで付けていたか忘れたが、先にヴァリオが自警団に入った頃には、この傷が増えることはなくなった。
つい昨日のことのように、懐かしい日々が思い浮かぶ。
「あーあっ、ガラじゃないんだよな〜〜」
昔を思い出しておセンチな気持ちになるなんて、らしくない。つい先日、通信でハルト達と話したせいかもしれない。
『お前たちの勝利を信じてるぜ!』
シルバーノアへの通信でそう言ったのは、本心だ。今もハルト達は勝利を掴んで、みんなで帰ってくる……そう信じている。拗れてしまったあの幼馴染もふらっと連れて帰って来ればいい。ご馳走をたくさん用意して、みんなで食べて騒いで、最後はちょっと叱られて。そんな楽しい時間がきっと待っている。
「それまでもう一踏ん張りだな」
グッと背中を伸ばして、気合を入れる。ハルト達も頑張ってるんだ。俺ものんびりしちゃいられない。
「そう、気合が入ったなら良かった」
ギィ……と戸が開く音と同時に、声が聞こえた。
「あっ、シア……。これは、その」
マズイ。ちょっと見回りに行ってくる、なんて言ってここに来たのだ。
焦って立ち上がる俺にはお構いなしに、シアはぐるりと部屋を見渡す。
「帰ってきた時に、家がなくちゃ困るだろ。俺ってばできた友達だよな!」
聞かれた訳ではないが、言い訳のような言葉が溢れた。
「きっと、あと少しよ」
シアは澄んだ瞳に俺を映す。
「だから、私たちは私たちにできることをするの」
「シア……。うん、そうだな!」
シアの言葉がスッと胸に落ちる。そうだ、俺は俺のできることをやるんだ。
「それで、仕事は終わったの?」
「えっと、それは……」
「仕事は仕事。戻るわよ」
すっかり仕事モードに切り替わったシアに、半ば引きずられるようにして俺は家を出た。
「今日はこの後、南部の村の巡回。モンスターの目撃情報が入ってる。それと、先週の報告書がまだだから今日中に。あとは、来週からの警備体制について打ち合わせが……。何?」
「いやぁ、シアがいて良かったなぁって」
ついニヤけていた俺にシアが怪訝そうな顔をする。いつも通りな、そんな安心感。
「褒めても何もない」
「厳しいな〜〜」
まぁ、これも先輩からの優しい愛情ってことは、分かってるからね。俺も愛されたもんだ。
「いっちょ、頑張りますか!」
見上げたミルマーナの空は今日も青かった。俺の好きな空の色。
あと少し。きっと、あと少しで終わるから。早く、みんな帰って来い。
繋がる空に、そう呼びかけた。