ネコチャン 方舟内、円卓の間。ここでは本来交わることのない無数世界の破壊者同士が顔を合わせる。クロウ、ヴァローナ、コルネイユ、ウーヤがたわいもない話に花を咲かせていた。
「ねえねえ! 誰かイロンデール見てない?」
そこに現れたのは、シュカだ。
「いつもふらっとどこかに行っちゃうんだから!」
何やら不満げにその頬を膨らませている。
「まるで猫ちゃんの話みたいに聞こえるわね。イロンデールは秘密主義だもの。クマちゃんもそう思わない?」
ヴァローナはいつも傍らに置くぬいぐるみに——、いやクマちゃんにもそう問いかける。
ヴァローナも「クマちゃん」を始め秘密が多いが、イロンデールもその出自など明かされていないことが多い。
「確かに、こちらから構えば噛みつかれるが、放っておくと機嫌を損ねるからな」
そう答えたのは破壊者の中でもイロンデールとの付き合いの長いウーヤだ。イロンデールがまだ若造と呼ばれていた頃に比べれば随分と丸くなったものの、その野良猫のような気性は相変わらずだと認識していた。
「……方舟でも、よく日当たりのいい場所にいるな。居心地の良い場所を知っていると思う」
コルネイユは、方舟内でも夕暮れ時の風の通る城門前、暖かな木漏れ日に溢れる昼の中庭など、イロンデールがよく姿を現す場所を思い浮かべた。
「猫っぽいところ……? よく分からないが、鍛錬をしていると身のこなしは猫のようにしなやかだとは思うかな」
決して大柄とは言い難いあの体から繰り出される一撃は、重く、鋭い。しかし、こちらからの反撃もいつもするりと身をかわしてしまう。さすが剣聖と呼ばれるだけの腕前だとクロウは思い起こしていた。
——チリン、チリン。
五人の破壊者達の耳に、鈴の音が響く。
いったい何処から……。各々が部屋の入口に目を向けると、渦中の人物が顔を覗かせた。
「なんだ、揃いも揃って何の話をしている?」
部屋に入るなり集まった視線に、イロンデールは訝む。
「あら、聞きたいの?」
「いや、やめておこう」
ヴァローナがそう微笑むが、イロンデールもヴァローナと百年以上かけて一つの世界を終わらせた仲だ。本能的に聞かない方がいいと察する程度はその性格を把握していた。
「探してたのよ! どこフラフラしてたのよ」
話の発端となったシュカがイロンデールを呼び止める。
「ああ、悪いなシュカ様。落し物を見つけてな、持ち主を探していたんだ」
「落し物?」
そうクロウが尋ねると、イロンデールは懐から、とある物を取り出した。
「これだ。誰のか知らないか?」
そう言ってイロンデールが取り出したのは小さな鈴。
イロンデールは破壊者達の顔を見るが、誰も心当たりがないようで首を振っていた。
「誰のかは分からないけれど、もし持ち主が見つからなければイロンデールが持っていたらいいと思うわ」
「なんで、俺が鈴なんか持たなくちゃ……」
ヴァローナへそこまで言いかけて、イロンデールは黙る。そう、彼の本能が「これ以上聞くとろくなことにならない」と囁くからだ。
「イロンデール、食堂に置いて持ち主を探せばよかろう。もし三日経って持ち主が現れなければお前が貰えばよい」
そうウーヤに諭されると、イロンデールは渋々頷く。
これ以上ここにいても、面倒な話になりそうだ。そう察知したイロンデールは早々に食堂へと向かった。
——三日後、方舟を歩くイロンデールからチリンチリンと鈴の音が響いていたのは、あったかもしれない可能性の一つ。