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    ebi_soujiro

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    ebi_soujiro

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    ご都合で女体化したタルを預かる先生の鍾タル

    「先生!助けて!」

    鍾離の所へと飛び込んできたのは旅人とその相棒である小さな生き物。二人は顔を白くし、慌てた様子だ。あまりの騒々しさに鍾離は目を見開いた。色々苦難の道を行く旅人達がこんなにも慌てるとは余程の事があったのだろう。

    「そんなに慌ててどうした?」
    「それが…」
    「先生?何かの教師?」

    はて。旅人とパイモン以外の見知らぬ声がする。旅人から視線を持ち上げると、扉の影からひょっこり顔を覗かせる女性が。鍾離に彼女との面識はない。過去数千年を余すことなく覚えている鍾離が言うのだ。初対面だ。初対面なのだが、彼女の風貌は知人を思わせる。旅人に視線を戻すとだらだらと尋常ではない汗をかいている。

    「…まさか、」
    「………公子です」

    余程の事であった。

    旅人とパイモンは冒険者協会からの依頼を受け持っていたため、鍾離はタルタリヤを引き取ると申し出て、彼らを依頼の方に行かせた。彼らがいてもこの状況を打破する術は無いのもあるが、時間を有意義に使って貰いたいというのが本音だ。こんなとんでもない事態を自分のせいで…と卑下するのなら別のことをして気を晴らせた方がいい。少々年配者のエゴであるが。
    タルタリヤを自宅に招き入れ、行儀よく御茶請けを食べるタルタリヤは年相応のただの女性だ。

    「名前を言えるか?」
    「アヤックス」

    鍾離は頭を抱えた。重症だ。旅人から状況はある程度聞いていた。アビスの魔術師を追いかけ秘境に入り、秘境内の罠を発動させてしまった旅人を庇い、タルタリヤが罠にかかった。そしてそこにアビスの魔術師がタルタリヤへと魔術を放ち、現在。どちらかが性転換するもので、どちらかが記憶改ざんするものなのだろう。そんなことよりも、だ。真名というものは重要な物だ。真名を知られれば如何様にも出来、弱みになるということはタルタリヤなら認知しているはずなのだ。現に彼は「公子」タルタリヤと名乗っている。しかし、目の前の彼だった者はどうだ。鍾離に名を聞かれ、平然と真名を名乗った。よりによって鍾離に。頭を抱え深いため息が出てしまうのも仕方ない。

    「貴殿は記憶を無くしている様だが、どこまで覚えている?」
    「えーっと、名前はアヤックスで、両親と兄弟が5人でしょー?スネージナヤのおもちゃ屋で働いてる」
    「は?」
    「え?」

    なんだスネージナヤのおもちゃ屋とは。出しかけた言葉を無理矢理飲み込む。詰めれば、どうやらスネージナヤのおもちゃ屋勤務で今は璃月に出張している身だという。記憶改ざんにも程があるとアビスか秘境かどちらかもわからない物を恨む。

    「どうやら所々抜けているようだな…」
    「そうなんだ。じゃあ、私は覚えてないけど…えっと、」
    「鍾離だ。…俺の知ってる貴殿は鍾離先生と呼んでいた」
    「じゃあ鍾離先生。私と鍾離先生は初対面じゃないってことだね?」
    「ああ」
    「こんなよくわからない事案に対処してくれるってことは只者じゃないよね。もしかして…」

    実は岩神だから、とは言わなくていいと思っていたが、性転換してもタルタリヤはタルタリヤのようだ。勘が鋭い。もう状況把握をある程度済ませ、自分の意見を発する。続く言葉に少し身構える。

    「もしかして…私って鍾離先生の恋人だった!?」
    「……は?」

    彼女曰く、ただの友人じゃここまで献身的にしてくれるわけがない、と。原因が秘境とアビスでどちらも手っ取り早く対処出来るのが鍾離なだけであり、鍾離自身献身的にしているつもりはなかった。なかったが。

    「……そうだ」

    もう考えるのが面倒になった。この状態のタルタリヤを宿に帰すつもりもなかったので恋人という嘘をつけば軟禁状態にしても何とかなるだろう。つまり、目の前で名探偵顔している彼女を前に考える事を放棄した。璃月を鎮めようとしたり、良からぬことを仕出かす執行官よりも、頭がお花畑のおもちゃ販売員の方が璃月のためになるだろう、と。原因解明も面倒臭い。
    そのうち治るだろう。治らなくてもいいか。北国銀行は上司不在で慌ただしくなるのが予想されるのが、受付嬢に適当に嘘をついて休む有無を伝えるだけで良いか。全身の骨が折れてうちで治るまで休ませる。これでいいか。…鍾離はことタルタリヤに関しては適当で雑であった。

    「記憶が無いのは不便だろう。暫くうちで過ごすといい」
    「ど、同棲ってこと!?」
    「……ああ、同棲だ」

    みるみるうちに頬を赤く染め、「よろしくお願いします…」ともそもそ呟くタルタリヤもといアヤックスに何か撃ち抜かれた気がしたが、外傷はないのでこのときは小首傾げるだけで終えた。そもそもこの判断が全ての間違いであったことを鍾離はまだ知らない。

    ◆◆◆

    翌日、往生堂での仕事を終えた鍾離は帰路に着いていた。自宅前で明かりが灯っているのを見てアヤックスの存在を思い出す始末。そういえば公子殿(♀)がいたんだったな…。玄関の扉を開けると、食欲を唆る芳しい匂いが鼻孔を通る。それに続き、バタバタ騒々しい足音が聞こえる。

    「先生おかえり!」
    「あ、あぁ、今帰った…」
    「先生、お風呂にする?ご飯にする?それとも」
    「夕餉を作ってくれたのか?ありがとう。冷めないうちに食そう」
    「ちょっと!まだ最後まで言ってない!もしかして前の私はこういうこと言うタイプじゃなかった?」

    当たり前だ。男だからな。…とは言えず。タルタリヤは男だし戦闘狂だしましてや鍾離とは恋人などという甘い関係ではない。タルタリヤが彼女と同じことを言ってきたら恐らく鍾離は彼にジャーマンスープレックスをするだろう。

    「そうだな。公s……アヤックスとは清い付き合いをしていた」
    「…そう、なんだ…。ふーん…やっぱり戻ってほしいよね?」
    「いや、貴殿は貴殿なのだからどちらでもいいのではないか?」
    「!」

    元々色白だからか、顔を赤くすると熱でも出たのか心配になる。存外照れ屋のようだ。くるり、と踵を返し「準備しておくから手洗いうがいしてきてね」と言い残し、アヤックスは厨房へとパタパタ戻っていった。まさか顔を赤くして照れるほど純情だと鍾離は思っていなかったので面を食らった。ギャップというやつか…と思ったとか。 

    それから2週間が経った。アヤックスがタルタリヤに戻る様子はまだない。鍾離はタルタリヤに関して適当で雑だが、旅人からの依頼でもある本件を何故未だに放置しているのか。至極簡単である。

    「……アヤックスが愛い……」
    「それが原因か」

    完全に惚れ込んだ。岩王帝君で武神と呼ばれた最古の魔神モラクスが。アヤックスに惚れたのだ。旅人とパイモンはじと目で鍾離を睨む。
    2週間という長丁場の任務を終え、タルタリヤはどうなったのだろうと鍾離宅まで確認に来たら、まさか新婚夫婦のようにイチャイチャしているとは思わなんだ。

    「忘れていたわけではない」
    「オイラたちが任務をしている間、お前は公子野郎とイチャついてたのか!」
    「まあ、なんだ。このままでいいんじゃないか?」
    「よくないだろ!」
    「先生が女の子になっちゃったタルタリヤを好きになってしまったのは凡人らしくて良いとは思うけど、何でこうなっちゃったの?」
    「ふむ…。アヤッ…んん、公子殿は元々器量が良い。俺が触るなと言えば触らない、触らない上で器用に整頓していく」
    「なんの話だ?」
    「料理も上手だ。調理方法を見せれば璃月の料理さえ作れる。スネージナヤの料理も美味だ。味付けも俺の反応を見て変えているようでな。これが胃袋を掴まれる、というやつだろうか」
    「…」
    「俺と話すときに目を見てくるのは好感が持てる。幾分か小さくなったからか、公子殿の旋毛の位置を把握してしまったな。ははっ」
    「ストップストップ!もういい!」

    このまま話を聞いていたら永遠と惚気されてしまう。旅人とパイモンは胸焼けを起こしてしまっている。

    「つまり、自分好みに育てたら好きになっちゃった、と…」
    「……まあ、そういうことだな」
    「おい!」

    我ながらチョロい、と鍾離自身も思っている。元々、鍾離はタルタリヤに対して適当で雑だが、容姿だけは好んでいた。綺麗なものに惹かれるのは何も女性だけではない。噛み砕いて言えば、鍾離は面食いなのでタルタリヤの顔面が好みだ。その顔面を持つ男が女になり、中身も自分好みならもう観念して惚れるだろう。

    「おまたせ!お茶淹れてきたよ!」

    そこに件の人物の登場だ。ご丁寧に客人である旅人とパイモン用に茶菓子まで用意する手際の良さ。「湯の温度、茶葉の濃さ、実に俺好みだ」「もう覚えたよ」などと目の前でイチャつかれ、旅人は目眩すら覚える。

    「……ごめん、折角淹れてくれたけどこのあと用事があるから今日はもう帰るよ」
    「そうなの?」
    「ほら、パイモン行くよ」
    「お、おう!」
    「………先生。このまま行けば二人は幸せだと思うけど、タルタリヤはどうなのかな…。凡人の人生を神様の道楽で変えちゃいけないと思うよ」
    「……」
    「また明日来るね」

    パタリ、と扉が閉じる。旅人の去り際の言葉は鍾離の心の臓を鷲掴みにした。旅人の言うことが正しい。最もだ。鍾離も分かっている。しかし、この芽生えてしまった愛はどうすればいいのか。神は恋をしてはいけないのか。間違っていたとしても彼女は確かに此処にいるのに。
    深刻な顔で考えに耽ってしまった鍾離の袖が控えめに引かれる。ぱっ、と顔を上げれば眉を下げ、心配そうにするアヤックス。

    「…先生、私、前の私に戻るよ。戻り方、知ってるんでしょ?」
    「アヤックス…」
    「先生がどんな私でも良いって言ってくれて嬉しかった!人を好きになるのに時間なんか関係無いって知らなかった…。私、先生が好きだよ」
    「……」
    「でも前の私を心配している人がいる以上、我儘言っちゃいけないと思う」
    「…お前は、健気だな」
    「だ、だけどね!タダで戻る気はないよ!先生には私の我儘聞いてもらうから!」
    「俺が出来ることなら、何でも」

    薄っすら涙の膜が張られている瞳を細め、にっこり笑う。鍾離の首に腕を回すと、アヤックスはそのまま後ろに倒れた。慌てて鍾離が床に手をつくと、傍から見れば鍾離がアヤックスを押し倒しているようだ。

    「戻る前に、抱いて?」
    「抱っ……」
    「大丈夫!私、きっと戻っても先生のこと好きだから!」

    好きだと困るとは言えない。性行為をしようとは一切考えてなかったが、愛した彼女からの願いならば、叶えなくては男が廃るというもの。というか、割とその気になってきていた。彼女を抱いたら、男のタルタリヤに戻そう。それまでは仮初めの恋人として彼女を愛そう。頬に手を添えるとアヤックスが瞳を閉じる。長いまつげに少し涙が着いていて綺麗だ。ゆっくり近づき、あと数cmの距離で唇が触れ合う、という時。ボフン!と暴発音と共に煙が立ち込める。

    「…えっ、鍾離先生?」
    「…………公子殿……」
    「え?これどういう状況?なんか滅茶苦茶顔近いし何で押し倒されてんの?」

    まさかこのタイミングで戻るとは…。鍾離の先程まで昂ぶっていた気持ちは影も形もなく消え去った。筋肉質な四肢、割れた腹筋、生傷、顔面だけは相変わらず良い。
    いや良かった。戻って良かった。こちらの手を煩わせずに戻ってよかった。納得するように心で呟く。しかし納得出来ないものが恋というもので。鍾離の昂ぶった気持ちと同様に、鍾離が愛したアヤックスも消えてしまった。理解しているが、目頭が自然と熱くなる。

    「……俺のアヤックスを返してくれ……」
    「は?」

    鍾離、初めての失恋である。
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    ebi_soujiro

    MOURNING893🔶DK🐳
    この後セッ…するし、躾と称して🐳に56しさせたり、デロデロに甘やかして飴と鞭を上手く使い分けて懐柔させていくメリバみたいな続きが頭の中にはあるけど一生書き終わらない。
    人間って奴は想像を越える事態に遭遇すると何も出来なくなるんだな、って今日初めて知った。
    高そうなスーツに身を包み、これまた高そうな腕時計をちらつかせる目の前の美丈夫は至極不機嫌そうに俺んちのソファーに腰かけている。不似合いすぎる。俺はというと、正座で俯いてこの美丈夫に旋毛を見せつけることしかできない。

    「学校は楽しかったか?」
    「………………いや、あの…」
    「チッ」
    「………」

    舌打ち一つが怖すぎんだろ!学校は楽しかったか?とかあんた親戚のおじさん?なに!?楽しかったとか答えればよかったの!?何で俺舌打ちされたの!?
    もう泣きそう。学校から帰ってきたらこんな黒ずくめの男たちが家を占拠してるとか思わないじゃん。玄関の扉に「売却済み」って貼り紙あるのとかそんなんフィクションの世界だけかと思ってたし、何ならこれ自分ちじゃないかもとか思うじゃん。呆然としてたら玄関から黒ずくめの男出て来て、ずるずる引きずられて、人んちのソファー(売却済み)にドカッと座る美丈夫の目の前に連れてこられたら、そりゃ誰でも泣きそうになるだろ。お綺麗な顔してるけど、どう考えてもヤクザだろ、こいつ。しかも両脇に二人はべらせてるんだから、絶対偉い人。何?俺んち、何したの?
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