癖ある王子に馬あり───橘高羽矢は、決意した。
今年の王子誕は何としてでも盛大にやらねばならぬ、と。
橘高はオタクであった。それも絵を描くタイプのオタクである。
その橘高の誕生日、王子から送られたのは、蔵内と合作した自作の「トレスOKポーズ写真集」であった。絡みありスーツ有学ラン有ブレザー有の。
(か、神………!!!)
だからこそそのお返しで、王子の誕生日のサプライズプレゼントを外す訳にはいかないのである。この上なく王子のお気に召して、ビックリして、有用なものでなくては。
そう密かに燃える橘高の熱意に感動した蔵内(とその空気に引きずられた樫尾)により、今年の王子の誕生日会は、実に練りに練られ、入念な計画と会議を重ねていた。コソコソ皆が会議をしていることに王子がとうに気づいている、と樫尾だけが知っていたが、先輩方の顔を立ててそっと黙っていた。出来る後輩であった。
という訳で当日。
開発室まで巻き込み、成人を迎える我らが隊長、プリンスの苗字に引けを取らぬその王子に相応しいプレゼントを、橘高は無事に用意できたのである。
その為に牧場に通った回数、通算23回。
デッサンの枚数51枚。
そう。
つまるところ、トリオン製の『馬』を、橘高は無事、用意出来たのであった。
「ッ出来た……!!!」
「おお…」
「これ走れんの?」
「誰も乗馬出来ないから乗り心地は不明だけど、極力重心なんかは近いようにセッティングしたよ」
「うっ…有難うございます……」
「泣くのはまだ早えんだよな蔵内」
と、言う訳で、橘高羽矢 with 王子隊ボーイズ(開発協力:開発室)による馬が今年は王子の為に用意され、そして今まさに、王子隊の作戦室でお披露目を待っている。
王子に適当な用事を言いつけ、犬飼から蔵内へメッセージが入る。
『今王子こっち出たよ。2分後現着』
『蔵内了解』
「…いよいよですね……!」
「ええ……!!」
そうして、ワクワクして待つこと暫し。
王子は時間ぴったりに表れた。
作戦室のドアが、すっと横に開く。
「………!」
パーン、とクラッカーの鳴る盛大な音が響いた。びっくりして足を止め、目を丸くする王子の目の前でキラキラとしたテープが舞う。
「「「王子くん(王子)(王子先輩)、お誕生日、おめでとう(ございます)!!!」」」
舞い落ちる煌めきをくぐり、王子が嬉しそうに笑って作戦室に足を踏み入れる。もう満面の笑みだ。こういうところが王子は可愛らしい、と王子隊の面々は思う。
片手を上げた王子は、今日は綺麗にセッティングされ飾り付けられたテーブルの、文字通りにお誕生日席へと招かれる。
王子、橘高、蔵内、樫尾と順番に席について、ケーキのロウソクに火が灯された。
こうして、隊で誕生日を祝うのも何回目であったか。はじめは王子が蔵内を泣かせてやろう、と始まったものが、いつの間にか隊での恒例行事になっている。
家族を失った者も多いボーダーでは、成長を祝うことはことさら嬉しく、喜ばしいものである。
王子が火を吹き消して、拍手が重なった。
「有難う、みんな。…ふふ、何度でも、祝われるって分かっていても、やっぱりすごくうれしいものだ」
「おめでとう、王子」
「ケーキを切り分けますね」
「有難う、カシオ」
席を立つ樫尾が、お兄ちゃんらしく手際よくケーキを分けていく。
各々のテーブルに皿が並んで、なごやかに誕生日会は進んでいく。
ひととき、ランク戦も、学校のことも、全てを忘れてこの甘く温かな時間を楽しむ。それはまさしくケーキと同じく優しく甘く、うっとりする時間だ。
この日の為に用意した茶葉を褒め、ケーキのセンスを褒め、そして食べ終わる頃には、皆満足──否、この次に起こることでワクワク、そしてソワソワしていた。
王子が微笑んで促す。
「それで、皆はいったいぼくにどんなプレゼントを用意しているんだい?きっと、きみたちのことだ。これでは終わらない、って思ってるんだけど。どう?」
「当たり前だ、王子。……羽矢さん」
「ええ」
頷く橘高を見、蔵内と樫尾がガタガタと席を立つ。
失礼します、と王子に躊躇いなく目隠しをする辺り、樫尾も随分と「王子隊」になったものだ、と蔵内は思う。
───果たしてそれは、唐突に表れた。
ある意味聞きなれたかっぽかっぽという音に、王子が怪訝そうに声を漏らす。
「………え…?」
その真っ白な体躯は、まさしく『馬』であった。
開発室による正式名称は、『機動型トリオン乗用艇試作機U型』。UはUMAの略だ。余談だが、HorseのHは不採用となった。
そうして、『馬』が王子の横にたどり着くと共に、目隠しがしゅるりと解かれる。
王子の碧い瞳が、目いっぱいに見開かれた。
「………わぁ、馬だ……!えっ、どうしたの、これ、」
いつになく興奮した王子に笑いながら、蔵内が答える。
「以前から乗用の小型艇を作りたい、という話があってな。せっかくだからそれにかこつけて、お前が乗れる『馬』を作ってみたんだ」
発案は羽矢さんとカシオだ、と言う蔵内の言葉に、王子の視線が橘高へと移る。
「羽矢さん、カシオ、これ…」
「ふふ、気に入ってくれた?ちゃんと乗れると思うの。…良かったら、乗ってみて、王子くん」
手際もよく乗るための台がそこには用意され、背には鞍が乗っている。
王子は立ち上がり、トリオン製だと分かっていても馬の鼻面をそっと撫でた。
「はじめまして。ぼくは王子。…よろしくね」
その仕草さえ絵になるものである。王子は隊服のまま台に乗り上がり、ひらりと馬に跨った。
もはや完璧に馬と乗馬する人である。
蔵内はこれまでの苦労が報われて、涙ぐみたいところだが涙の出ないトリオン体の目をただただ瞬きさせている。
樫尾はわくわく、という擬音付きで王子を見上げた。
「せっかくですから、ボーダーの中を一周しましょう!一周!」
さて、その結果はいかに。
蹄の音も高らかに本部の中を駆け巡る白い馬と、白馬の似合う男。
それを王子のようだと称するものは多くC級であったし、暴れん●将軍だと称するのは多く同級生だったとか。
なお、やはり実際の騎乗に耐えられたのは十分にも満たない時間であった。脆い脚部にヒビが入ったことに気づいた王子が、ひらりと鞍から飛び降りかけて──その乗り手を失った馬の行先を案じた結果、あっさりと弧月で己ごと馬を貫いた。
隊室の前で王子の帰りを待っていたはずが、ベイルアウトマットから現れた生身の王子に王子隊一同、ひどく驚く。
「……やあ」
その、少ししょんぼりした様子に気づいた蔵内が笑って、小さなチェスの駒を掌の中から取り出した。
「がっかりさせてすまない、王子。まだアレは試作機でな。もともと走行には耐えないところを、無理矢理回してもらったんだ。どうしてもお前が乗っているところが見たくて。俺達が、な」
「はい!少しですが、とても恰好良かったです!」
「ごめんね王子くん、黙ってて」
「王子、馬はどうした?」
「ぼくごと弧月で刺しちゃった。ぼくこそ、ごめん。せっかく用意してもらったのに」
「いや、おまえならそうするだろうと分かってたさ。謝らないでくれ、想定内だ。ほら、王子」
しんみりしかけた王子を手招き、蔵内がチェスの白い駒を空中に放る。
すると、どうだろう。
放り投げた駒が大きく膨らみ、再び先ほどの馬の形になって現れた。今度の馬は鞍はなく、ただの『馬』本体だけだが。
「──何度だって蘇るのが、トリオン体の良いところだ。そうだろう?」
王子が再度驚いた顔をして──、そして、くすぐったく笑った。
もう一頭の新しい『馬』の首に縋り付き、すりすりと頬を擦り付ける。
頭を撫でて離れ、橘高達にいたずらっぽく、王子は笑った。
「それじゃ、ぼくは毎年、きみの研究の成果を楽しみにしていようかな、クラウチ。来年は何分持つかな。…羽矢さん、カシオ、沢山考えてくれたんだろう?こんなに喜ばしいサプライズを貰ったのははじめてさ。……本当に、本当に、ありがとう」
そう言って微笑む王子はこの中で唯一一人、生身だ。
細めた王子の目の奥が、正しく水分で揺れて、きらめいていた。
- Happy Birthday -