誰そ彼正直、僕は甘いものよりおかず系のクレープの方が好きだったし、
具と生クリームがゴロゴロ詰まっているクレープは、面倒で苦手だった。
けれど雑渡さんは、そんなこと構わないとばかりに、自ら「不気味」と称する風貌のまま、クレープ屋さんの中でも特にアイスやチョコソース、生クリームやフルーツがふんだんに使われた、
可愛らしさを体現したような特大クレープを、鼻歌でも歌うかのように頼み、それを楽しそうに僕に押し付けてきた。
僕も僕で、お腹が空いていたし、雑渡さんが楽しんでいるのなら、と、
出来るだけ大きな口で手渡されたクレープに齧りついた。
案の定、手や口のまわりは生クリームやチョコソースでべたべたに汚れたけれど、
おかず系を欲していた僕の腹の虫は現金で、口の中で広がる具材の絶妙な味わいに、すぐ夢中になった。
そうしていると、横から耳馴染みの含んだ笑いが胸を震わせたので、
そちらを見やると、「美味しい?」と、片方だけの目を緩ませながら、
生クリームと葛藤する僕を見逃さんばかりにじっと見つめる雑渡さんと目があった。
口の中いっぱいにアイスや生地を頬張っていたので、代わりにこくりと美味しい事を雑渡さんに伝えた。
ようやく口の中のものを飲み込み、僕は本当はおかず系のクレープの方が好みだったのだと言った。
「そう?意外。お前、幸せそうに甘いものを口いっぱい頬張ってるイメージがあったから」
まぁ確かに
今は昔、貴方が保健委員にとくれた沢山のお菓子や差し入れは、
貴方が立ち寄ってくれた嬉しさを甘い団子や菓子のせいにしていたきらいがあったかもだけど。
そんな些細なことを覚えているくせに、と、僕は少し恨めしく思いながら、生クリームにがっつく。
「僕、生クリームと相性が良くないんですよ」
こうしていじめられるのでと、手についた生クリームやソースを舐めとる。
それはお前がただ単に食い汚いだけではと言いたげな視線をかんじるが気にしない。
こんな展開になることは、ちょっと前からわかっていたはずなのに。
大きなクレープだけ受け取ってナプキンを貰わなかった雑渡さんに当てつけるように、行儀悪く振る舞った。
また横から、あの含んだ笑みが聞こえた。今度はさっきよりもずっと近くから。
「伊作くん、アイスが溶けてるよ」
あなたが2段も頼むからですよ。
「顔もこんなに汚しちゃって」
スプーンを頂けなかったもので。
「ねぇ、伊作くん」
耳元から頬にかけて、くすぐったくなるような声。
あまりのじれったさに顔をそらし、耐えきれず、ねえ雑渡さんと口を開く。
「早くしないと、アイス溶けちゃうんで。手伝ってくれるのなら、早く手伝ってくださいよ」
背後の鐘の音まで僕らをせいているのだから。