もうすぐ死んでしまう私と君のお話 14 優しい君の※死ネタを含むオリジナルです。
※多少の流血表現があります。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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地響きが聞こえて、嫌な感覚が身体に響く。
そこに何かがいるのは一目瞭然で。でも、正体が見えない。
あちらこちらから反響する音が聞こえて、空間のせいか相手の呪力も位置も定まらない。感じるのは地面が微かに揺れているほんの少しの振動のみだった。
あまり大きく頭は動かさないようにしながら目線だけを走らせる。少しでも状況の把握が欲しいが、目の前の景色は全く変わらない。背後にある棘の気配も動く様子はない。小さくチャックが開く音が聞こえただけだった。
唯は再び呪具の刀を構える。柄を力一杯握り締めた時。
頭上で何かが弾ける音がした。
唯はそちらに意識を向ける。顔を上げて、天井を見た。微かに何かが揺れたように、唯には見えた。パラパラと音を立てて小石が落ちる。
「………上?」
刀を頭上で斜めに構えて体勢を整える。
ーーでも。
『………下っ!』
棘の声に唯の意識は地面に向かう。次の瞬間、爆発音のような轟音と共に崩れたのは足元だった。
棘の肘が唯の背に当たって、それを合図に唯は棘と共に瞬時に駆け出した。揺れる地面にバランスを取りながら、走るように転がり抜ける。
振り向けば、崩れたと思った足元は波打ち、水面のように波紋が広がっていた。爆発音のそれと流れるような水面が相容れずに不思議な感じがする。
そこに、大きな細長い魚がいた。
魚じゃない。魚のような、何か。
黒いもの。
唯は地面に伏せた身体を持ち上げて、刀を構えてそれを見た。ゆっくりと立ち上がり周囲を見れば、水面の向こう側に棘がいる。
呪霊に近いのはどちらかと言えば唯の方だった。
それはギロリと目玉を動かして唯を見る。目線は全く合わないが、たぶん唯を見ていた。
どうしよう、と迷っている暇はない。
棘が口を開くのを確認して、唯は呪力で耳から脳に掛けてを守りながら、刀の柄に力を入れて構えた。
『動くな』
1、2、……っ3!
唯が駆け出すと同時に向こう側の棘も走る。それと共に彼の声が辺りに響いた。
呪霊の動きは止まる。呪霊だけが、時が止まったようにその場に在った。
『捻れろ』
長い身体の尾から端が瞬時に捻れていく。
ーーやっぱり、凄い。
呪霊から目を離さずに唯は間合いに入り込み、刀で魚のようなものの首辺りを狙った。上から下へ、両断するように刃を振るうが、首元に当たっただけで深くは入らない。思ったよりも鱗が硬い。ほんの少し首を裂いて鱗を削り、唯の足は止まった。
唯は僅かに顔を顰めるが、迷う時間はない。
止まっている間にもう一撃同じ場所に繰り出せれば、削れた場所から抉れないだろうか、と。
刀を構えてもう一度首元を狙い、今度は同じ場所を突く。日頃の鍛錬のお陰で力はそれなりにある。やはり、刃は深く突き刺さった。たぶん、いける。
手応えはあった。
けれど。
~~~~~~~~~~~~!!
悲鳴のような鳴き声が響きに、動かなかった呪霊が急に勢い付いて暴れ始める。
長い身体が不規則に畝り、捻れた身体ごと唯に当たった。
「…………っ!!」
大きな身体に思い切り弾かれて、唯の小さな身体は宙に投げ出される。勢いよく岩肌に背を打ち付け、地面に転がった。咄嗟に受け身を取ったが、ぶつけた背中に痛みが走り、足元から崩れ落ちて膝を突く。
「……っう、ゲホッ」
息を詰まらせながら咳き込み、唯は肩で息をする。周囲を見れば、少し離れた場所に呪具の短刀が落ちていた。
そして再び目の前は呪霊の影で真っ暗になる。
ーー終わった。
目を閉じて、咄嗟に頭上に手を伸ばして頭を庇い守る。
ーーごめんね、棘くん。
と。
案外冷静に考えられる自分もいた。
ーー…………?
けれど、次に来るはずの斬撃はいつまでもなくて。代わりに何かがぶつかる鈍い音が耳に響く。
唯は静かに、ゆっくりと目を見開いた。
「こんぶ…」
「………っ?!棘、くんっ?」
目の前には、見慣れた後ろ姿があった。
制服に身を包み小柄だが広い唯とは違う見慣れた背中。両の腕を組むようにして呪霊の身体を受け止める。
「棘くんっ?!」
唯が立ち上がり棘に駆け寄ろうとすれば、それとは関係なく呪霊は大きな身体を翻していく。
『潰れろ』
と、咄嗟に棘が告げた時には、呪霊はもうそこに居なかった。すぐ隣の岩肌が水面の様に揺れている。今一歩届かなかったその言葉は空を掻くように消えていく。
「棘くん!!」
駆け寄れば、その手は赤に染まっていて。
見れば黒の制服にはいくつも切り傷があった。キラキラ光る鋭利な鱗のようなもの。片膝を地面に突いて何とかバランスを取る棘の身体。
「…ごめんなさ…っ、私…。棘くん…、」
ーー自分のせいだ、と思った。
唯がもっと状況を把握して動けていれば…。
触れようと手を伸ばせば、その手は棘に静止された。彼は軽く横に首を振る。おかか、と小さく呟くと、微かに目を細めて唯を確認するように見てから、目線を岩肌に移した。唯もそれを追う。
あちこち揺れる岩肌に地面に、洞窟の壁。時折嫌な地響きが反響して聞こえた。
揺れる先は予想が着く。右へ、左へ、少しずつ先へ先へと意志を持って動いているようだった。
「移動してるの…?」
独り言のように思わず呟けば、隣で頷く気配があった。魚が水の中を泳ぐように。時折顔を出しては潜り込む。
僅かに蹌踉めきながらもしっかりと自分の足で立ち上がった棘は、そちらに向けて何かを放つよう口を開く。しかし、何らかの呪言を紡ぐよりも先にやはり呪霊は消えていく。
壁抜けとは少し違うようにも見えた。ただ、身を隠されては、呪言も呪具も、勿論体術もあまり効果はない。
地面や壁を崩す事は容易い気がするが、無機物に効かない呪言にそれは出来ない。対する唯は出来る出来ないは別として、『崩』す術はあるが、そもそも閉鎖された洞窟を下手に『崩』す事も危険だ。
「ツナ、高菜」
ちらりと唯を見て、庇うように手を伸ばす。前に出るな、と言って棘は体勢を低くした。
「棘くん?あ…、まっ、待って」
唯はその手を引くように握り、横に立つ。
唯と棘はこの洞窟内の空間にしか居場所がない。対して向こうは空間にも出る事が出来て、360°上下左右を何処にでも移動出来る。棘の呪言は地中には届かない…と仮定すると、どうあってもこちらが不利になってしまう。
ーーただし。
ただし、少しの時間でも、呪霊をこの空間に引き止める事さえ出来れば。
『止まれ』『捻じれろ』は問題なく効いていた。それなら、棘の声さえ聞こえる場所に在れば。
呪言で祓う事は容易なのではないだろうか。
握ったその手は、小さな切り傷で血が滲んでいた。唯は祠の方、中央を見やる。
呪霊はこのまま何処かへ、と言う訳ではないだろう。おそらくある程度進んだら、上か下か、地中の奥か、何処かで必ずUターンしてこちらに向かって来るはず。次に不意打ちに体当たりをされれば、唯も棘もこの程度の傷では済まないだろう。
「祠の手前に、足で書いた少し大きめの『文字』と、落としておいたお札があるの。誘い込めれば、十分に足止め出来ると思う」
「こんぶ」
その目が一瞬唯を見た。元々吊り目がちな瞳が、やや不安を含んだ視線を向ける。
「大丈夫。捕まえるだけのつもりでいる。それを、棘くんが祓ってくれれば」
あまり時間はない。棘も察しているのだろう。しゃけ、と頷く。
言葉は短く唯は続けた。
「私は呪具を拾って囮になりながら右から行く」
唯は呪霊がいるであろう右側を見上げた。
落とした札は『留』。『止』と違い、その場に立ち止まり『留』まるだけ。そして捕縛する。唯がよくやる常套手段だった。ただ、簡易的に作ったものなので上手くいくかは正直分からない。
「棘くんはこちらの動きを見て左側から祠の方へお願い。祠に辿り着くまでに、祓えそうならそれでも構わないから」
その時は棘くんの動きに合わせる、と付け足す。本来ならそれが一番早いしスムーズに事が運ぶはずだ。
手元にはまだ数枚の札はあったが、その内相手を『誘』い出せそうな札は手元に2枚。唯と棘自身が囮になるからこちらに惹き付ける事は出来るが、こちらの空間に『誘』えられれば、と唯は札を2枚、ぎゅっと握って棘を見た。
棘が小さく頷けば、唯もそれに応えて。
そのまま背中合わせにそれぞれ駆け出した。
1、2、3っ
カウントを取って、手を伸ばし素早く呪具の短刀を利き手に握った。足で地面を蹴り素早く動くと、呪霊とは一定の距離を保てる位置へと流れて滑り込む。
一旦立ち止まり、呪霊がいると思しき揺れる水面に一太刀入れてみた。それはまるで、地面に刃を突き立てた感覚ではなくて。
本当に、水面を凪いだように手応えはない。
けれど、呪霊の意識をこちらに向けるには十分だった。
「こっち!」
と叫んで相手に言葉が通じるのかは分からないが、それは一瞬顔を出し跳ねるように身を動かしてまた潜って行った。
1、2、3っ!
ひらりと踵を返し、唯は駆け出した。
『誘』の札に触れて呪力を込め、走りながら一枚地面へ落とす。唯は札を避けるように、尚且つ祠の方へと走れば、札がある場所が地響きと共に揺れ始めた。
ーー来る。
魚のようなものが再び顔を出して跳ね、また消えた。
それを確認して唯は駆け出す。揺れる地面を器用に転がりながら走った。
1、2、の3っ!!
しなやかに、踊るように跳ねて、唯は辺りを見渡した。肩で息をする。足元には先に足で書いた『文字』と、『留』の札。何とか無事に辿り着く事が出来た。
近くに棘がいて、唯を挟んで反対側に呪霊がいる水面のような揺れる地面。
ーーいける。
唯は『誘』の札に触れて、呪力を込めた。札は文字が小さい分、効果も小さい。先に札に触れた時、この魚のような呪霊には効果はあったので効いているとは思うが、やや強目の呪力を込めてみる。
札を地面に落とせば、再びそこが地響きと共に揺れた。唯は一歩下がり、間髪入れずに『留』の札に呪力を込めて『誘』の札の横に落とし並べた。
額に汗が流れる。心臓が嫌な音を立てて煩く主張していた。
ーーお願い!何とか、止まって!!
願わずにはいられなくて。
しゃがんだ唯は、更に呪力を込めた。
そして、一瞬。
ほんの一瞬姿を現わした魚のような呪霊は、そのままそこに『留』まり、立ち止まる。
『止』めた訳ではないので、その場で暴れるように体躯を揺らそうとする呪霊に、唯は素早く足元にある文字に触れて呪力を込めた。
足ですら書ける、点と線で短略化された文字。それはつまり、瞬時に使う事を念頭に置かれた攻撃性が高く呪力を多く使う文字。
唯が書いておいたのは『雷』。
~~~~~~~~~~~~!!
閃光が走り、再び悲鳴のような鳴き声が響いた。
あまりにも近すぎて、唯は思わず目を閉じて耳を塞ぐ。
それは一瞬の出来事だった。
動きもなくなった呪霊が、その場に横たわる。さっきまであんなに大きかったように見えたそれは、幾分か小さく見えた。
唯はその場にへたり込む。深く息を吐いてその人を探せば、思いの外すぐ側にいた。唯は棘を確認して見上げる。
『爆ぜろ』
棘が呟くように呪いを言葉にすれば、そこにあった呪霊はパンっと爆ぜて跡形もなく消えて行った。