少女漫画のような柔らかな布団のベッドに座り込み、クッションを抱え込んで机代わりに少女漫画の頁を捲る。
課題を終えて、任務もなかった平日の夕方だった。
任務や実技はあるものの、基本的な生活は普通の高校生と変わらない。急な任務が入らない限り土日は一応休みとなる。
壁にもたれ掛かり唯は更に指先を動かしていく。
漫画を読むなんて久しぶりだ。高専に入る前はよく読んでいた気もするけれど。
「ツナツナ」
スマホを片手にラグに座り、何やら動画を見ていたその人が一段下から唯を振り返る。
手にしていたスマホをローテーブルに放った。
「ツナマヨ?」
何見てるの、と言いたげに唯を見上げる。
本は全く読まない訳でもないが、基本的には自分の部屋で読む事が多い。
続きが気になる所だけど唯はその手を止めた。緩く閉じて本の表紙を棘に向ける。
「今流行りの漫画だよ。野薔薇ちゃんが貸してくれたの。少女漫画だけど、知ってる?」
半分くらい読み進めた所だった。
「おかか」
棘は首を横に振った。
あと半分を読んだら手持ちはお終い。書店に並ぶ最新巻は唯の記憶では確かここまでだったはずだ。
「明太子?」
「うん。この漫画すごいきゅんきゅんするの。久しぶりに少女漫画読むとやっぱり面白いね」
はぁーと、余韻のため息を吐いて今見ていたページをもう一度眺めた。
黒髪のヒロインと、白抜きの髪の美少年。
くっつきそうでくっつかないこの意地らしいきゅんきゅんが堪んないのよね。…なんて。
ギシッとベッドが軋む音に気付き顔を上げると、棘が身体を起こしてベッドに手を付いていた。
然程広い訳でもないひとり用のベッドは、すぐにふたりの距離を埋めた。唯の横に膝を立てて座る。
腕をくっつけて、唯にもたれ掛かるように頭を寄せた。柔らかな髪がくすぐったく唯の耳に触れる。
細めた目元。夕方のまだ明るい陽で影が出来る長い睫毛。白い肌に、黒のマスクをしていても綺麗に整った顔立ちがよく分かった。
何度も見ていて。
何度も触れているのに。
やっぱり、こうして不意に側に来る棘にドキドキと鼓動が早くなる。頬が熱い。
唯は手元を見る棘の顔をチラリと盗み見る。あまり興味があるようには見えない棘の横顔。
紫の瞳がとても近く、深いその色が綺麗に見えた。ふわりと香る大好きな棘の香り。
唯は手元の漫画を閉じた。
顔を上げて、隣りの棘を見る。
「見る?」
はい、と半ば強引に押し付けるように漫画を手渡した。
お腹に残ったクッションを抱き抱える。意識してドキドキと煩く鳴る胸を隠すようにぎゅっと抱き締めた。
「しゃけ」
あまり興味はなさ気だが、もたれ掛かっていた頭を持ち上げて漫画のページを捲り始めた。
少年漫画を読んでいるのは見た事があるが、少女漫画を見ている棘は初めてかもしれない。
パラパラとページを捲っていく。目線は漫画にあるが、たぶん読んではいない。
「ドラマもやってるんだよ。コレ」
クッションを抱えて、少しだけ離れていった棘を見た。
唯の声に、棘のページを捲る手が止まる。
「あ。ほら、」
唯が横から手を伸ばし、漫画のページを捲る。3ページ程進めた。
そこには大きなコマ割りにヒロインと男の子。壁に背を付けるヒロインに、男の子は囲い込むように壁に片手を付いている。
「壁ドンとかさー。ベタだけどやっぱりドキドキしちゃうよね」
「ツナ?」
小さく呟いた棘は顔を上げて唯を見る。
抱え込んだクッションを抱き締めて、はにかんで笑った唯は棘の視線に気付かない。
棘はもう一度、唯の目線を追ってその漫画に視線を向けた。ページをゆっくりと捲れば、ヒロインと男の子は顔を近付ける。キラキラとした表現がいかにも少女漫画らしい。
唯もそのキラキラしたページを見る。
ページを自ら捲った棘の顔はやはりあまり興味なさ気で、別の事を考えているようにも見えたけれど。
壁ドンはまだ先週見たばかりの回だった。
ドラマの余韻に顔がニヤける。
「これね、ドラマだとジャーーの○○くんが、ヒロインの○○ちゃんにね、」
言って顔を上げた唯。
ーーけれど、その言葉はそこで途切れる。
「…………っ?」
目の前には、もう見慣れたはずの綺麗な紫があった。アメジストのような瞳が、迷いなく真っ直ぐに唯を見ている。
ドクン、とまたひとつ大きく心臓が跳ねた。
持っていた本を閉じ、ベッドの端に置いたその手が、黒のマスク紐に触れた。片側の紐を外して露わになる口元には、蛇の目の呪印。
棘は唯の持っていたクッションを取り上げる。
手持ち無沙汰になってクッションを追いかけた唯の手を、棘の手が絡め取った。唯よりも大きくて、細く長い指先。
「…………っ、棘…く、」
言い掛けた名前は、彼の唇で塞がれる。柔らかくて温かい感触。
それは一瞬で。
触れただけの唇は、すぐに唯から離れていった。
繋がれた指先に力が入り、抵抗も出来ないまま、もう片方の手が熱くなる唯の頬を掠めていく。
トン、と小さな音を立てて唯の背を壁際に押し付け、手を付いた。
「高菜」
低く響く棘の声。その吐息は熱く、唯の顔に触れた。
緊張で閉じた唯の唇を、棘のザラつく舌がそっと撫でていく。
噛み付くようにもう一度唇を奪うと、壁についた手をそのままに、棘は唯から僅かに距離を置く。
「ツナマヨ?」
ドキドキした?聞いて棘は小首を傾げる。悪戯に笑った棘の顔。
胸が弾けそうなくらいにドクドクと鳴っていた。
唯は小さく頷く。ドキドキし過ぎて言葉が出ない。
頷くのが精一杯だった。
「いくら」
それで、とそんな唯に構わず棘は続ける。
「ツナ、高菜?」
“ この後どうするの? ”
言って棘は、唯の首元に顔を埋めた。
壁にあった手で唯の顔に触れる。滑った長い指先が唯の首筋に爪を立ててをツツと撫でた。
「高菜。明太子」
“ 彼氏のベッドの上だけど ”
耳元に、甘くて優しい言葉が触れる。
『どうして欲しいの?』
真っ赤になる唯。
握られた手がほんの僅かに汗ばんで震えている。
首元に触れた唇の感触に、身体が強張る。ちゅ、と小さくリップ音が聞こえた。
背中にはヒヤリとした硬い壁。
首筋を撫でた棘の手が唯に触れれば、上手く身動きを取ることも出来なかった。
棘の顔を直視する事が出来なくて、伏せるように目を逸らす。
口を引き結ぶが、棘の言霊に逆らう事は出来ない。
ふわ、と温かい呪力が流れ込むように感じて、それは唯の意思とは関係なく口を開いていた。
「……触って、欲しい…」
耳まで真っ赤になる唯は、自分の言葉に静かに俯く。
くす、と笑った音が聞こえた気がした。
その音に顔を上げると、不意に棘の指先が唯の髪に触れる。大きな温かい掌が、優しく唯の頭を撫でていく。
「もう、触ってる」
小さく掠れた声が、唯の背筋をぞくりとなぞった気がした。
熱を帯びた紫の瞳が、唯を見つめる。
目が合えば、視線を逸らそうとする唯の顔を抑えて頬に触れた。
棘はその唇を再び塞いだ。
ちゅ、と軽い音が響いて離れていく。小さく息を整えれば、もう一度触れる唇に、ぬるりとした感触が唯の舌を絡め取っていく。
「……んっ」
思わず小さな声が漏れた。
軽いリップ音は、いつの間にか深い水音に変わっていた。響く水音に、羞恥心が膨れ上がる。
何度目かのキスの後、棘の舌先は糸を引いて唯から離れていく。
頭がぼんやりとしていた。唯は肩で息をしながら棘を見上げる。目が合った棘は、唯を見て微かに笑った。
『どこを、触って欲しいの?』
ゆっくりと濡れた棘の唇が動く。
聞かれた言葉を理解して、また頬が熱くなる。
一瞬の内に頭を過ったのは、いつも優しい手付きで、壊れ物に触れるよう大切に唯を抱く棘の顔だった。
どくん、と、期待と羞恥に胸が鳴った。
唯の唇が自然と動く。
「胸、とか…足とか……。身体…優しく、触って、欲し……っ」
言いながら、自分の目元に涙が溜まっていくのが分かった。
恥ずかしさで顔を覆いたかったが、片手はずっと握られたままでいた。もう片方の手を持ち上げると、やんわりと握り込まれて阻まれる。
棘は零れ落ちそうになる涙にそっと口付けた。唯の言葉に満足そうに、優しい笑顔を向ける。
棘は唯の制服に手を掛けた。
うずまきのボタンをひとつふたつと外していくと、下には指定の白シャツ。小さな白シャツのボタンを外せば、下着の下に柔らかな胸が露わになる。
その胸元に唇を寄せた。
背中に手を回し、下着のホックを外す。包み込むように優しくその胸な触れた。
「……っ、ん」
ツンと尖った先端に触れて、甘い声が漏れる。
「…あ、ゃ……」
もう片方の手は唯の腹部に触れた。ゆっくりと撫でて滑り唯の足元に落ちた。スカートの裾を捲り太腿を撫でていく。
じわり、じわりと身体が疼いた。
膝から指先が滑り、足の付け根に触れる棘の掌。角度や場所を少しずつ変えて唯の太腿を何度も撫でていった。
「や、だ……っ」
両足を閉じて棘の掌から逃げようとするが、力が上手く入らない。
疼く唯の足を持ち上げて、棘はその両足の間に割って入る。腰を折り、太腿に口付けた。
「……あ、」
それでも閉じようとする唯の足に、ちゅっと音を立てて吸いつき、痕跡を残す。そうかと思えば、歯を立てて甘く噛み付いた。それを何度も繰り返す。
次第に荒くなってきた息に肩を揺らしながら俯くと、唯を見上げた紫の瞳と視線が重なった。
「……っ、とげ、く……」
身体を起こし、真っ赤になる唯の頬に唇を寄せる棘。
頬を優しく撫でながら、口元を小さく歪めて悪戯に笑う。反対の指先が、わざとらしくツツと唯の太腿を撫でていった。
それ以上は決して進まないその指先が焦ったい。
「……。意地悪、しな、いで……っ」
唯はふるふると首を横に振った。
そこに、触れて欲しくて。
溜まっていた涙が零れ落ちる。
ーー触って欲しい。
棘は唯の顔を静かに見つめて、濡れた唯の頬を拭った。
「ツナマヨ」
首を傾けた棘。その髪が頬にかかって揺れる。
聞き慣れたおにぎりの具だった。棘は優しく笑うけれど。
「ツナ?」
どうして欲しいのか、唯に尋ねる。
「………」
さっきまでは抵抗する事も出来ず、棘の呪言で答えていた。それはそれで、心の内を曝け出す恥ずかしさがあったが。
見上げた棘は静かに唯の言葉を待っていた。
唯は恥ずかしくて口籠もる。
上手く表現出来なかった。考えても考えても、言葉が出て来なくて。
ただ、触れてほしくて。
ぎゅっと唇を噛んだ。
「触って…欲し……、ココ」
濡れたそこをもじもじと擦って足を閉じた。
心臓がまた痛いくらいにどくどくと脈打っている。
真っ赤な顔を隠すものは何もない。
唯は乱れた息のまま手を伸ばし、棘の背に腕を回す。見た目よりも厚い彼の胸に顔を埋めた。
いつもより濃く、棘の匂いがする。
「…棘くん、が……欲しい…」
ぎゅっと棘の服にしがみ付く。
小さく消え入りそうな唯の声。
でも、それは確かに、唯の言葉。
ふ、と柔らかく笑う声が聞こえた。
「しゃけ」
棘の腕が唯を包み込むように抱き締める。
大きな掌が、優しく唯の髪を撫でた。
「触ってあげる」
耳元で囁くように小さく響く甘い声。
唯は疼く身体を、棘に預ける。
End***