失恋貯金失恋貯金
カチャ、と金属と金属がぶつかる音がして、北の指から離れていった10円玉は小さな貯金箱に吸い込まれていった。
チャリン、とある程度の高さから硬貨を入れた時にする音がしなくなったのはいつだったか。
その貯金箱は、北の部屋の机の上には一番に不似合いだろうと思われるものだった。
去年の正月に、近所のスーパーであった福引で当たったものだ。干支は辰だったから、デフォルメされた龍の、小さくてチープなプラスチックのそれは、そろそろいっぱいになりそうだった。
「潮時、かもな」
北はぼそりとつぶやく。聞きとがめる者なんていなかった。
*
目を奪われた。
初めて「宮侑」というバレー選手を見た時、その感想を言うならば、北には「目を奪われた」としか言いようがなかった。彼の人となりなど知らなかったし、もちろん言葉を交わしたわけでもなかった。
ただ、その長躯を惜しみなくバレーボールという競技に使い、しなやかに動くその姿に目を奪われた。そうしてそれは、憧れに変わることが絶対にない隔絶を持っているのだということも北にはすぐ分かった。
これが天才か、と思った。だから、彼と部活で接するようになってからのギャップは思うよりも大きかった。
バレーに限れば独善的なところもあるが、楽しいことが好き、人を笑わせる、明るい、努力家。
その才能は努力して磨いたものだと知ったし、一度接してみれば本当にいいやつだと思った。
たくさんの面を知った。だけれど、北にとっての侑は、いつもその「目を奪われた」ときのまま、ずっと輝いていた。
それが恋心だと気づいたのはいつだったか、もう思い出せない。
ああ、好きやな
それはそれくらいには凡庸な感覚だった。練習中に目を奪われるようにキラキラとバレーをする侑にそう思った。それくらいにありふれて、平凡な感覚だったけれど、それは確かに恋なのだ。
目を奪われるようなプレーをする選手はいくらだっている。だけれど、それに恋という成分が含まれたのは初めてのことだった。
だが、本当に、凡庸で平凡な感覚なのだと北は思った。恋に落ちた。恋をした。
一つ違いの、同じ性別の、自分とは全く異なる人生を歩むだろう相手に、恋をした。
これから先、この高校の部活という接点以外で、人生のどこでも交わることのない生活をする相手に、恋を、した。
かなり特異なことのように思えるが、北にとってはそれはひどく現実味がありすぎて、そうでありながら現実感がなさ過ぎた。
だってそうだろう?と、北は思う。練習試合で黄色い歓声を受け、学校で会えば大抵女子といる、そうしていずれはプロになる、高校でバレーを辞める自分とは全く違う人生を歩む相手に恋をしても何にもならない。
だからそれは、初めから失恋しているようなものの恋だった。
そんな憧れるように目を奪われたそこに行けない凡庸な自分を知っている
だからそれは、北にとって平々凡々と受け入れて、捨て去れる感情だった。
*
「なぁ、サム、頼むわ。ほんまに俺死んでまうから」
「知らんわ!財布も弁当も忘れたんツムやろ」
「500円でええねんて!購買でパン2個か3個買えるんやで?良心的な値段設定のうちの学校の購買に感謝しながら俺に500円貸してくれ!」
「なんで俺が感謝せなあかんねんアホンダラ!それに500円あったらあのコンビニの新しいプリン2個も買えるんやぞ。貴重な500円をどうせ返す気ィもないやつに誰が貸すか」
昼休みがあと10分もせずに終わるというところで、購買の前で言い争う宮兄弟に、周りはそれを漫才か何かを見るように笑いながら眺めていた。
侑が弁当も財布も忘れてきたから治に500円を貸してくれという。治は絶対に返却されることのない500円など貸したくない。そんな馬鹿げた話も、だんだんうるさくなってきて、周りと一緒になって眺めていた角名は思わず銀島を振り返る。
「ねえ、北さん呼んできたほうがいいかな」
笑いながら銀島がそれに肯定しようとした時だった。
「俺か」
「うわっ!」
声は見事に二年生のバレー部レギュラー全員で重なった。そこにいたのは今まさに話題に出ていた北だった。
「侑、治」
「はい」
「なんでしょうか」
返答しながらも視線をそらしたのは怒られることをしていた自覚があるからか。
「購買は全校生徒が使うんやから、漫才の場所にすな」
「せやってツムが500円貸してくれんと俺飢え死にします!」
「借りパクする気満々ですやん、コイツ!」
そう言った二人に、北は大きく息をつく。
「ほれ」
「はい?」
黒の財布は通学用に小銭入れが大きいタイプだ。校内では小銭の方が使い勝手がいいし、大金(といっても高校生だからたかが知れているが)は持ち歩かないこと、と確か校則か生徒会からの通知にあったそれをきっちり守るようなそれから、北はためらいなく500円玉を取り出して侑に渡した。
「言うとくけど、俺は治と違うて返さへんかったら許さんからな」
そう言って、北は三年生の教室に行く方の階段へとすたすたと歩いていく。
「え?は?」
「あんまりお前らがうるさいから北さんが500円貸してくれたんでしょ」
突然の出来事を角名がまとめたら、侑は真顔で治を振り返った。
「サム、いや、治さん」
「気色悪い!」
「500円貸してください絶対返しますお願いします」
「ワンブレス!」
「せやかて北さんからもろた500円玉やん!こんなん使えん!!」
そんなふうに慕われているなんて、北は知りもしないのだけれど。
予鈴が鳴った。
*
「侑」
放課後の練習前に、侑は北に昼の礼を言っていなかったからと思って彼を探していたが、侑が見つけるよりも早く、北の方から声をかけてきた。
「はい、あの、昼は」
「あんな、500円あったらうちの学食は定食食えんねん。菓子パンよりずっとバランスいいやつ。忘れもんはしゃあないけど、治と漫才してた10分使うて金策して、学食行ったほうがえかったんとちゃうか」
いつもの正論をはっきりと言われて、侑は返す言葉がない。その彼を見上げるようにして、北は小さなコンビニのビニール袋を差し出した。
「ん」
「はい?」
押し付けるようなそれを受け取って、侑は目を見開く。そこに入っていたのは最近様々なメーカーから売り出されているカロリーバー数本だった。
「昼あんなんで部活中に倒れられたらたまらんからな」
「信介ー、せっかく五限の後コンビニまで行ったのに、心配やったらちゃんと心配やって言わんとほら、侑の思考回路停止しとるやないか」
それを見ていた大耳の言葉などどこ吹く風と言うように、押し付けるだけ押し付けて「練習練習」と北はコートに行ってしまう。
「大耳さん」
「なに?」
「俺って分かりにくいですかね」
侑が北になついていて、ともすれば恋愛感情のようなそれを抱いていることも、その相手である北が本気でその思いを捨て去ろうとしていることも知っていた彼は、そういうことじゃないと言う代わりに、たくさんの言葉を飲み込んで、「どうやろな」とだけつぶやいた。
*
次の日の朝一番に、侑は三年生の教室まで行って北に500円玉を渡した。
それはもう告白するような勢いだったが、北はまったく違うことを考えていた。
「ほんまに返しよったな」
「当たり前です!!」
「そうか」
そう言って、北はその500円玉を見つめる。たぶん、侑から物をもらうのは初めてだ、と思って、確かめるようにそれを見てもう一度「そうか」とつぶやいた。
「悪いな」
*
ゴトン、と貯金箱に入れるにはどうにも想像しがたい音がした。上から下までプラスチックで作られているから、チャリンという音がする前の一枚目はなるほど、こんな音がするのかと北は思った。
その貯金箱は、北の部屋の机の上には一番に不似合いだろうと思われるものだった。
正月に、近所のスーパーであった福引で当たったものだ。干支は辰だから、デフォルメされた龍の、小さくてチープなプラスチックのそれに、北は今、侑からもらった500円玉を入れた。
「きっかけが欲しかったから、ちょうどええわ、ほんま」
侑に抱いた「恋」という感情が成就することはなく、いつかきっと切り捨てなければいけない感情だと知っていた。最初から失恋しているようなものだ。
そう頭で分かっていても、目を奪われるほど輝いて、彼を惹き付けてやまない侑の姿を見てしまうと、どうしてもそれに未練が残る。
だからきっかけが欲しかった。
「侑のそばに女子がおったら、ファンが一回見に来たら、そのたびに入れてく」
誰に聞かせるでもなく、いや、自分自身に言い聞かせるために北は口に出して言っていた。
「始まりが侑からもろた500円玉なのが滑稽で俺らしいわ」
自虐的に彼は言う。その貯金箱は、小さくて、チープで、きっとすぐにいっぱいになるだろうと彼は知っていた。
失恋貯金、残高が上限値に達したらあなたは失恋します。
妙ちくりんであべこべな宣告が脳内を駆けた。
「そういうもんやろ」
そう口に出したら、ぽろっと涙が出た。初めから知っていた。知っていたつもりなんかじゃなくて、知っていたんだと北は思う。この恋は絶対に叶わない。だから、なにかきっかけが欲しかった。宮侑という輝きを諦めるきっかけが欲しかった。
「きっかけくれたんは、お前やから、それで十分満足や」
ぽろぽろと涙がこぼれるのに、なぜか笑えてきて、やっぱりこの恋は間違いで滑稽な何かなんだ、と北は思った。
*
春高のための遠征に行く前日、北はなぜか宮兄弟と帰路を共にしていた。治は「ガードです」と北にとっては訳の分からないことを言ったが、そんなふうに三人で歩いている途中で、はあっと北は息を吐く。今日はマスクをしていなかったから、その息は白く一瞬だけ大気にとどまる。冬だった。
それを見ていた侑が、パッと駆け出すから、何事か、と治と北が思っていると、数メートル先の自販機に彼は用事があるようだった。
「北さん寒いなら言うてくださいよ」
そう言って、侑はホットココアの缶を北の頬に軽く当てた。
「悪いな。いくらや」
「いや、いらんですけど」
「ええから」
それを見ている治にしてみれば、侑の彼氏気取り、なのだが、北にそれは通じていないと何度言えばわかるのだろうと思ったからの「ガードです」だったのだが、やはり通じていない北は財布を取り出す。あの日と同じ、小銭入れのような黒の財布だった。
「えーと、140円」
「すまん、10円玉ないから150円でええな。買うてきてくれたぶん」
「あ、お釣りは出します!」
そう言って渡された150円に、侑は10円玉を北に押し付ける。
侑と、それから治にしてみれば「北さんに何かをプレゼントした」というのは10円玉でもココアでも同じことの思考回路に侑がなっているのは自明なのだが、北はそんなこと知らなかった。
だから、家に帰りついて、残りのココアを飲んで、その10円玉を彼は貯金箱に入れた。
カチャ、と金属と金属がぶつかる音がして、北の指から離れていった10円玉は小さな貯金箱に吸い込まれていった。もうそれはいっぱいになるところだから、チャリンなんて貯金箱からしそうな音はもうしない。
「潮時、かもな」
最初が侑からもらった500円玉で、最後がやっぱり彼からもらった10円玉なら、失恋貯金も悪くないな、なんて、馬鹿みたいなことを考えた。
そうしてそれから、春高に行くのだから、この漫画に出てきそうな龍の貯金箱の干支の年は終わったんだ、と、改めてその一年が過ぎ去ったことを北は思った。
この貯金箱はもう使えない。新しい年に進むから。
この思いはもう持ち越せない。新しい世界に進むから。
*
孫の代まで、と言われてひどく安心した自分を、北の中のもう一人の自分がひどく冷たく俯瞰していた。
あの日500円玉を入れた時、10円玉を入れた時、いや、そのずっと前から、諦めるしかない、叶うはずのない恋だと知っていた。諦めるための貯金だったのに、こうして侑本人が言語化してくれたことに安堵する自分は、じゃあまだ諦めきれていなかったんじゃないか、と。
だから、言語化してくれたらもう怖いものなんてない。
部活動でやってきたバレーボールも、練習も筋トレも、全部血肉だ。
そうして、彼との日々の思い出も、これでやっと本当の意味で「思い出」になって、自分は自分の思いを諦められるんだ、と北は思って、静かに笑った。
だから、この展開は北にとってはほとんど青天の霹靂だった。
「北さん」
「ん?」
ぽてっと自販機で買ってきたばかりだろう温かいココアを頬に当てられる。当てているのが侑だったから、北の心拍数は上がったが、そんなことでまだ心が動くなら、諦めきれていないことの証左じゃないか、なんて冷静な部分もあった。
春高の会場になっている広いそこの廊下。次のコートはどこを見ようかと集団行動していたが、休憩時間に少し一人になりたくて、ひと気のない廊下を歩いていたら、追ってきたのは侑だった。
「誰かに呼んで来るよう言われたんか、悪いな」
「ちゃいます」
通り一遍のことを平板な声音で言ったら、侑は真剣な顔でそれを否定した。
「北さんは、高校でバレー辞めるんですよね」
「そうやっていっつも言うとるやろ」
「バレーのことはそれでも好きですか」
「当たり前やろ」
なんでこんなふうに詰問されているんだろう、と北は訳が分からず、頬に当てっぱなしにされては少し熱く感じるココアを手に取る。手に取ったはいいが、どうするべきかはわからなくて、でも飲むわけにもいかないから、両手で持って意味もなく手を温めてみた。
「じゃあ、俺のことずっと見ててくれますか」
「……は?」
じんわりと缶から手に熱が伝わってきたその上から、侑は大きくて武骨な、それでいてバレーをするために手入れされた手で北の両手を握った。
「俺、北さんのこと好きです」
まっすぐに見つめて言われて、北は何と返せばいいのか分からなかった。
「大耳さんから聞きました。諦めるつもりなんやって。俺のこと好きでいてくれたのに、バレーも好きなままなのに、俺のことは諦めて捨ててまうんですか」
「お前、なに言うて」
「俺のせいですか。俺は次元が違うとか、バケモンだとか、男だからとか、そういうことですか」
「違う、お前のせいやない」
わんわんと警報音が脳内で鳴り響く。
知っていたなんて嘘なんだ。
侑が自分に好意を寄せてくれていることも、もう叶っている恋だということも、知っていたんだ。
叶わないことを、諦めるしかないことを知っていたなんて嘘なんだ。
だけれどそれは、本当は嘘じゃない。
「やって、そんなんあかんやないか」
北はいつもなら出さないような、悲鳴のような声で言った。大きくはないが、それは泣き叫ぶような声だった。
「好きや、お前のことが好きや。お前かて俺のこと好きなんは知ってた。バレバレやあほ!そやけどあかんのや。お前は俺なんかが一緒に居ったらあかん。日本で、世界で、みんなが認めて、それで」
「やっぱり俺のせいやないですか」
「違う!」
冷静に言う侑に対して、激したように北は言った。これじゃあいつもと逆だ、とやはりどこか冷たい脳の一部が言った。
「お前に500円玉もろて、お前に10円玉もろて、それで俺は充分なんや。割り切って、気持ちを丸ごと捨てる最初と最後の思い出がお前やから、俺はそれで充分果報者なんや」
失恋貯金なんて馬鹿なこと知らないに決まっている侑に向かって、泣き叫ぶように、吐き捨てるように、それなのに縋るように言った北の手を握っていた彼の手がふと離れる。ああ、これでやっと終われると思った北のその体を、侑は抱き寄せた。
「あんた、何勝手に俺のこと思い出にしとるんです。俺の気持ちは?バレバレ言うたやん。バレバレの俺の気持ちも丸ごと捨てようとしとるの、分かってます?」
「そんなん、駄目や」
「駄目やない」
頑是ない子供のように駄目だ駄目だと繰り返す北の体を、侑は強い力で抱きしめる。握りこんでいたココアの温かい缶が胸元に当たって、ばくばくと鳴る心臓の音を大きくさせているような気が北にはしていた。
「俺を勝手に捨てんでください」
この恋心を捨て去るために始めたのに、今、目の前でその恋した男が捨てないでくれと言う。
「わからん、もう」
「うん、北さん考えすぎるから」
「ほんまは、好きや」
「知ってます」
「隣にいたい」
「一番近くでずっと見ててください」
やはり道理も何も分からな子供のように、うわごとのように言う北のその一つ一つに、侑ははっきりと、まっすぐと一つ一つ応じた。
ばくばくと鳴る心臓の温度と、彼が買ってきたココアの温度と、それから彼の体温が混ざり合って、北にはもう何が何だか分からなかった。
互いの体温が充分に融け合うくらい抱きしめて、それから侑はその腕を緩めて、北の肩に手を置くと、北を真っすぐに見つめた。
「あ」
こぼれた一音のつぶやきはどこか間抜けていた。
ああそうだ。目の前でこうして見つめられるこの姿、この真剣な表情。
そんな彼に、いつも目を奪われていた。今だって、目を離すことができない。
「ほら、北さんは俺のこと好きやって目でしっかり俺を見てくれる」
失恋貯金なんて嘘だ。
チャリンと小銭と小銭がぶつかる音がするたびに、思い出すのはこの目を奪われて釘づけにされる男だった。
失恋するため、諦めるための貯金じゃない。そうやって、その硬貨一枚一枚、もう変わってしまった季節外れの置物、それを見るたびに、その恋を思い出にして、少しずつ美化して、昇華したかった。だから本当は捨て去るための貯金じゃない。それ全部を使って、宮侑という憧れて恋焦がれた男の思い出にしておこうと思っていただけだった。
「思い出にするには早すぎますよ」
こんなに好きなのに、こんなに焦がれているのに、思い出にするしかないと思っていた自分を、その思い出にしたかった本人が、あの日からずっと目を奪うように輝く姿で引き留める。
「一人遊びは、もうじゅうぶんでしょ」
そんなこと、全部見通しているみたいに言った男の胸に、北はゆっくりともたれかかった。その体をもう一度侑の大きな腕が包むように抱き込む。
「あつむ、あんな」
「はい」
「まだ好きでおってもええんかな」
「俺は北さんが好きでいてくれんと困ります」
「じゃあ、すき、や」
「うん」
「ずっとそばで見てたい」
「そうしてください」
あたたかな彼の体温を感じながら、「思い出なんかいらん」という自分たちが掲げて、だけれど自分はなじめなかったスローガンを北は思い出していた。
いらないんじゃない、作りたいんだ。作りたかったんだ。
そうだというのに、あの日あの時目を奪われ、憧れて、恋して、それから思い出にしてしまおうと思った男は、まだそこにいて、自分を受け入れてくれる。
「勝手に思い出にせんでください。それくらいなら、一緒に思い出作ってください」
ああそうか。
「思い出の作り方、まちがとったんか」
ああそうか。一緒に作ろうと言ってくれるこの男が好きなんだ。
「あんたはいっつも一人で考えて一人で勝手に完結するから」
可笑し気に笑いながら言った侑は、もうこの愛しい人が逃げないことを知っていた。
「侑」
「はい」
愛しているという一言が、二人の体温と一緒に融けた。