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    重代 秀斗

    人を選ぶものばかりのSS置き場にするつもり
    @demoonray

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    重代 秀斗

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    フォロワーとペディキュアするワルロゼの話で盛り上がって私もかいていい!?したやつ。書きました。ペディキュア話ですがペディキュアがメインじゃなくなりました。
    7/31 段落を整理したり分かりにくい文章に主語を加えたり微修正して読みやすくなりました

    ##スーパーマリオ
    ##ワルロゼ

    色とりどりの彩りに身を任せて「アンタ、手の方はしているみてぇだが足の方はしてねぇのか」
     タータンチェックが印象的な制服の男が何かに気付いた。

     カート大会の合間を縫って訪れた浜辺は潮の香りと波の音がよく届いて心地良い。
     この日からは海でのカートレースだった。最近のカートレースではレーサーがより引き立つようにと一人一人特別にデザインされた衣装が贈られ、レーサーはそれを着用してカートに乗り込むというのが当たり前になっていた。グランドスターが沢山あしらわれた水色のパレオと淡い黄色のハイビスカスを髪飾りにしてカートレースに参加したロゼッタは無事に走り切り、一日目のカートレースは終了した。結果は四位だった。
     余所見はしていなかったはずだが、アイテムを上手く当てられなかった気がする。しかし考えてもみては、寧ろあんなに美しい海が横にありながら余所見をしない方が見事ではないだろうか。あんなに美しい海が横にありながら。こんなに素敵な水着を貰っていながら。
     綺麗な海と可愛らしい水着が揃っていればクールな心も多少は浮かれるというものだ。車で走るだけでは勿体無いと気付いたロゼッタはあの海をもう一度見に行こうとホテルの出口に向かった。その途中、ふとロビーの隅の赤いバスドライバーが目に入る。
     いつも行動を共にしている低めの身長と筋肉質な上半身と独特な下半身を持つ男は隣に居なかった。今回のレースでは姿を見なかったから、別件で此処には居ないのだろうと察する。相棒が不在の彼は実に詰まらない顔でブラックコーヒーを啜っており、その姿は陰気という言葉の体現だった。
     今日の走りはどうだった、この後どうする、明日もよろしくねと談笑で飽和するロビーを睨みつける瞳には不機嫌が滲んでいる。嫌ならさっさと自分のルームに戻ればいいのに、で済む性格でもない事をロゼッタは知っている。
     湧き上がった同情からその顔に優しく声を掛ければ、突然の接触に驚いた彼は面白いくらいに肩を跳ねさせた。拍子に飲み物を落とし掛けてその場に居る二人共がひやりとする。広い掌が素早く乱暴にカップを持ち直すまでの一瞬、二人の呼吸は止まっていた。
     一拍置いてコーヒーが溢れていない事を確認したロゼッタは安堵の溜息を漏らし、それから海に行かないかと提案すれば、まだ飲み切っていないコーヒーの危機を慌てて救った姿勢はそのままに彼はしどろもどろの言葉で了承した。
     先程までからの変わり様がやけに可笑しくて、誘って良かったと口角がゆるりと上がるのを感じる。
    「どうしてオレを」という質問には「なんとなくです」と答えた。
     そして、二人は服装そのままに徒歩でこの海を再訪したというわけだ。
     燦々と輝く陽光の下で青い海を横目に白い砂浜を駆けるカートレースも心躍るが、オレンジ色に染まった砂を足底で踏み締めて黄変した太陽を映し出す紫の海を愛でるのも味わい深い。安らぎを与える規則的な波の音に耳を傾けながら、やはり自分の足で来て良かったとパレオを潮風に靡かせてロゼッタは一息ついた。
     夕陽で透けるブロンドヘアーの毛の先、より黄色が強まったハイビスカスの花飾り、少し焼けた白い肌、どれも珍しい物だとホテルを出てからずっと無言だった男は上から下までじっとりとした視線で彼女を見詰めていた。露わになった足の指なんてこの先拝む事が無いだろうと視線を下に持っていった際だった。それに気付いた。
    「足…何の事でしょう」
    「マニキュア」
     ロゼッタは思わず自分の足元を見る。確かにしていない。
    「あーっと、足ならペディキュア、だっけ」
    「やってない…ですね。普段は靴で見えないですから、必要と思わなくて」
     視線は足の爪そのままに、猫背もそのままに品定めするような目付きで男は近付く。自分が特に気にしていなかった点を詰められたロゼッタには緊張が走る。ホテルのロビーで話しかけてから最も近い距離にまで接近されても尚、彼の瞳はきめ細やかな砂粒が塗された足の指から離れない。
     そんなに不味いのだろうかとロゼッタが再び視線を落とした時だった。
    「やったらもっと綺麗になれるぜ。オレ様が言うんだから間違いねぇ」
     ロゼッタの足元から視線を外し、碧色の瞳を覗き込んでワルイージは微笑んだ。いつもの下卑たそれではないものを差し出されて呆気に取られるロゼッタを余所に、ワルイージは一人で道筋をつける。
    「よし。オレ様がやってやる。アンタをもっといい女にしてやる」
    「…いえ、その、やるなら一人でやりますので」
    「いいや、オレ様に任せろ。丁度良いから手の方も考えてやる。そのマニキュアもマンネリだろうからな」
     マンネリ、と反芻しながら指摘されたネイルをゆっくり確認する。爪一面のペールパープル。マンネリ。
     指先から視線が離せなくなったロゼッタに向けて、そら見ろと言わんばかりに鼻を鳴らしたワルイージはホテルの方面へ歩き出した。
    「準備が出来たらアンタの部屋に行く。暫く待ってな」
     ワルイージが喋り出してからの情報量に圧倒されたロゼッタは反応が遅れた。少し遠くなったその細長い背に向けて声を張り上げる。
    「何処へ」
    「そこらへんの店」
     アバウトにも程がある返答にまたもや言い返せなくなったロゼッタは一人立ち尽くす。赤いタータンチェックの帽子がとうとう見えなくなった。
     こんな時でも波の音は変わらず一定のリズムを刻んでいる。
     とりあえず、もう暫くは此処に居よう。当初の目的を思い出したロゼッタは先程よりも沈んだ太陽を横目に当ても無く歩き出した。
     虚しくなった空気を胸いっぱいに吸って、誰かが去った後というのはいつになっても寂しいものだと改めて感じた。
     人間一人の感情など知るものかと言わんばかりに規則正しく押しては引いていく波打ち際に踝を打たれ続けた。

     早めに入浴と夕食を済ませてバラエティ番組を眺めていると彼はやってきた。ノックの音が聞こえたロゼッタが間を置かず扉を開けると、そこには小さい紙袋を持ったワルイージが立っていた。夕方から変わらずバスドライバーの衣装を纏っているあたり、真っ直ぐに来てくれたのだろう。
     部屋に入ったワルイージは電源が点けられているテレビに気付くと「へえ」と口に出す。
    「アンタ、こんなのなんか観るんだな」
    「テレビを点けたらこの番組でした。何が面白いのかは分かりませんが…」
    「リモコンって知ってっか?チャンネル変えられるんだぜ?あ、チャンネルって分かるか?」
    「流石に知っています」
     ワルイージの減らず口にロゼッタはへの字口を返す。ちなみにリモコンってのはこれな、などと言いながらテーブルに置かれたテレビのリモコンを取り上げ、ひらひらさせてはすぐ元の場所に戻す所作が実にわざとらしい。
     右手を腰に添えて咎めるような視線を投げるロゼッタを歯牙にもかけず、ワルイージは持参した紙袋をテーブルに置いて中に入っていた物を取り出し始めた。
    「ま、テレビを点けているのは正解だ。アンタは暇になるからな」
     小さなテーブルに並べられるのはネイルアイテムだった。ベースコート、トップコート、ネイルポリッシュ。彼が選んだカラーは透けるようなピンクと控えめに輝くラメ入りのコーラルピンクだった。男である彼がネイルをすると言い出した時は少なからず不安を感じていたが、その悪人面からは想像も出来ない意外なチョイスを目の当たりにしてロゼッタは面食らう。
     ロゼッタが普段からネイルをするという前提で必要最低限の物、つまり塗料だけを買ったとワルイージは言った。これらを買うために彼は自分を誘ってくれた人を海に置いて、一人で歩き回ったという訳である。
    「さあて、どっちからやるか…嗚呼、まずマニキュアを落とさないといけねぇか?」
    「それなら大丈夫です。待っている間に落としましたので」
     ロゼッタが手の甲を向けて地の爪を晒す。美しい形の爪からは常日頃から丁寧な手入れがされている事が見て取れた。
    「ふぅん?楽しみで楽しみで仕方なかったのか?」
     ベースコートを手に取ってワルイージはにやにやと笑う。
    「そういう事です」
     大振りな含み笑いには慣れたロゼッタが微笑みながら椅子に座る。実際、半分は事実だ。
     意想外の直球な台詞を吐かれたワルイージの目は泳いでいる。分かりやすい。
    「…へ、へえ?じゃあ、仕方ねぇなあ?」
    「はい。よろしくお願いします」
     ぎこちなく向かい側に座ったワルイージに出来る限り近付けて右手を置く。淡い紫色を落としてネイルオイルを塗された爪は次の彩りを心待ちにしている。
     傷一つ無い五つの爪を託されたワルイージは深呼吸を一つしてからロゼッタの手を取り、ベースコートを塗り始めた。流石にネイルをし慣れているロゼッタよりスムーズではなかったが、それでもネイルが必要無い男とは思えない手付きで次々にベースコートが塗られていく。
     何故ネイルへの理解と知識がこれ程までにもあるのか、疑問に思うのは当然の事だった。迷いなく爪を滑るブラシを目で追い掛けながらロゼッタは問う。
    「あなたはネイルについて詳しいようですね。どうしてですか?」
     右手が終わり、左手への塗装に移ったワルイージもブラシから目を離さずに答える。
    「オレ様はコーデには口煩い質だ。ネイルは女のコーデの一つだからつい見ちまうんだよ」
     手を止める事もなく顔を上げる事もなく、透明色を置きながらワルイージは続ける。
    「今回、アンタの格好を見てまだまだだと思った。だから口を出した。それだけの事だ」
    「他の方にもこんな事をされているのですか」
    「…よっぽど気になったらやる。そこらへんの女より詳しいぜ、オレ様は」
     回答に一呼吸置くのは彼が集中している証だ。視線だけ動かして覗き見た彼の真剣な眼差しからは気迫が感じられた。じろじろ見ては気を散らしてしまうだろうと何事も無かったかのようにロゼッタは視界のアングルを戻した。
    「ご自分でマニキュアやペディキュアをされた事は」
    「…ねぇな。考えてみた事はあったが、オレ様には必要無かった」
    「勿体無い」
    「足していくだけじゃ駄目なんだぜ」
     言い終わると同時にワルイージが顔を上げる。会話というのは存外時間を食うもので、答え合わせをしている内に両手へのベースコートの塗布が完了していた。
     ひと段落したのも束の間、ワルイージは椅子から立ち上がり早々とロゼッタの目の前に膝立ちになる。
    「さて、乾かしている間にもう一方だ。アンタは足していく必要がある」
    「ええと、椅子に座ったままですか」
    「そうだ。ほら、さっさと足を出しな」
     ワルイージが右の掌を差し出して催促する。急に彼を見下ろす格好となったロゼッタはその目線の高さの違いに少々戸惑いつつ、左足をそっと彼の掌に乗せた。やんわりと乗せられた逃げ腰の左足を長い指でしっかりと掴んで固定したワルイージは、先程と同じく順調にベースコートを塗っていく。
     童話ではお馴染みとなったガラスの靴を履かせられるお姫様の視界もこうだったのだろうかと、ロゼッタはぼんやり考える。これから渡されるのはガラスの靴ではないし、自分の足を支えているのも王子様という言葉から掛け離れた人相の男だが。
     お姫様と王子様のラブストーリーにスパイスを加えるヴィラン役がよく似合うその男は何度も塗っていく内に幾分か感覚を掴んだのか、先程までよりも滑らかにブラシを往復させる。
     結局チャンネルを変えなかったテレビからは絶えず喋り声と笑い声が聞こえていたが、ロゼッタの耳に届く事は無かった。目と耳はテレビよりも彼に向けられている。他人の不幸を何より期待する男が、誰かを飾り立てる仕事に没頭する姿は中々見応えがあった。
     言葉を交わす事無く左足の爪は全てコーティングされ、やがて右足の爪も同様に完了する。全ての爪へのベースコートの塗布が終わった。休む暇も無くワルイージは再び椅子に座り、薄いピンク色のネイルポリッシュを手に取る。
    「まずこいつを塗る。それからもう一本のも塗る」
    「二色使うのですか?」
    「そうだ。まあ期待しときな」
     ワルイージはボトルの蓋を開け、ブラシに塗料を含ませる。そしてロゼッタの右手の親指を手に取りネイルポリッシュを塗布していくが、爪の根元から半分を過ぎたあたりまで塗ったところで人差し指に移るものだからロゼッタからは困惑の声が漏れ出てしまう。
    「全部塗らないのですか?」
    「嗚呼」
     良いから黙って見とけと言わんばかりの口振りにロゼッタは閉口する。彼のやる気を削いでしまっては面倒だ。
     一つ一つの爪に淑やかなピンク色が中途半端に置かれる。このまま一面に塗っても十分ではないかとロゼッタは未完成の艶を放つ親指の爪を注視して思うが、ワルイージは更に何かを企んでいるらしい。
     親指と同じように右足まで塗り終えて、次にワルイージはコーラルピンクのネイルポリッシュを手にした。ラメが入ったそれは傾けられる度に異なる輝きを見せる。
     今度は爪の先からブラシを走らせ、塗り残しを埋めていく。思い出したようにティッシュを探して取り出しては素早くブラシから塗料を拭き取り、そのブラシで器用に二色の境目を馴染ませていった。
     鮮明に見え出したものにロゼッタは驚嘆する。
    「グラデーションですね」
     根本から先にかけて薄いピンクから輝くコーラルピンクに移り変わっていくそれは実に鮮やかだった。
     態度が一変したロゼッタに得意気になったワルイージはその手を休める事無く動かし続けながら、軽快に話し出す。
    「たまにはラメ入りも良いだろ?」
    「そうですね。自分では選ばないものなので新鮮です」
    「しかもグラデーションだ。ラメがくどくならねぇだろ」
    「よく考えられていますね」
    「だろ?」
     そうだろうそうだろうと頷きを繰り返すワルイージは上機嫌で、心なしかそれが長い指の先にまで表れているようだった。せっせと走り回るブラシも満更ではなさそうだ。
     塗っては馴染ませを繰り返して右手を終え、左手、左足、そして右足の爪も調子良く終え、もう一度同じ手順を繰り返す。ワルイージ曰くグラデーションに深みを出すためだと言う。
     右足への作業に入り掛かっても、ロゼッタは飽きる事無く一切の妥協を許さないひたむきな姿を見詰める。この男はコーディネートの話も好きなのかと、彼の知らない一面を今日の一日だけで沢山知れた気分になった。素直でない彼が心の底から楽しめるのはダンスだけだと思っていたから、彼の気分を上向きにさせる自分の材料が増えて良かったと思う。
     夕方の浜辺での少々強引な彼を思い出していると、その当人から「随分楽しそうじゃねぇか」と怪訝に見上げられた。声に出てしまっていたらしいので「はい」とだけ答えた。

     二色のネイルポリッシュと仕上げのトップコートを全ての爪に塗り終え、ワルイージは大きく伸びをする。
    「完成だ!」
     その言葉を心待ちにしていたロゼッタは早速右手の甲を自分に向けて艶やかに彩られた爪を見た。先にかけて深みと輝きを増すコーラルピンクのグラデーションは思わず見入ってしまう出来だった。手の角度を変える度にきらきらと光るそれを見ていると感嘆の溜息が出る。
     更になんとこの施しは手だけではない。視線を下ろすと足の爪にも同様の煌めきが生きている。その事実を噛み締めた時、ロゼッタには今日一番の笑顔が表れた。
    「…素晴らしいです」
    「だろ?なんたってこのワルイージ様なんだからよ」
     穴が空く程ネイルを見詰めるロゼッタの姿にワルイージも嬉しい気持ちを抑えられないようだった。一仕事やり終えた達成感に身を任せ、椅子に踏ん反り返って鼻を鳴らす。
    「ありがとうございます」
    「原石を磨くのはオレ様の趣味なんでね、礼なんて要らねぇよ。…ま、どうしてもっていうなら言われてやっても構わねぇけど?」
    「ありがとうございます」
    「お、おう」
     重ねて礼を言われてワルイージは思わず怯んでしまう。ここまで喜びを隠せない彼女を見た事はあっただろうか。まるで宝石を贈られた少女のようだ。しかし、これ程にまで喜んでくれる姿を見ると自分も報われたようで悪い気はしない。
     充足感に浸っていたワルイージだったが、くあ、と大きな欠伸が一つ出た。そして現実に引き戻される。
     そういえばあのコーヒー以来何も腹に入れていなかったと思い出した途端、急激な空腹に襲われた。ネイルアイテムを買いに走ってから寄り道せずに此処に来たものだから当然の事だった。自分の具合をかなぐり捨ててでも、一秒でも早く彼女の爪を飾り付けたかったが故の行動だったから後悔はしていないが、流石に疲れたというものである。
     時刻を確認して深い溜息が出る。予想以上に時間が掛かってしまったのでホテルの夕食の時間は過ぎていた。自分で調達するしかない。
    「飯食ってないの思い出したからオレ様は帰るぜ。邪魔したな」
    「…あ。すみません、わたしのせいで…」
    「全くだぜ。じゃあな」
     一日分の活力を使い果たしたワルイージは気怠く立ち上がると、ロゼッタの方を振り向きもしないまま手をひらりと振ってドアノブに手を掛けた。何食べようか、いやまず食い物屋がここらへんにどれだけあったか、また歩き回る羽目になるのか、やっぱり疲れたな、そんな事を考えると溜息が続け様に出る。
    「あの」
    「何だよ」
     さっさと何か食べたいんだがと少々の苛立ちを隠さず健気な呼び掛けに振り返ると、ロゼッタが言い辛そうに口を開いた。
    「サンドイッチでもよろしいですか?」

     夜の海は静かだ。差し込む太陽も無く、動物やら人やらの気配も無く、喧騒とは一切無縁に波の音だけを響かせる。
     吸い込まれるような黒い海にぽっかりと浮かぶ白い月を眺めながら齧り付くサンドイッチは潮の香りが強い。此処で食べなければもっと肉の味がしたのだろうとは思うが、此処でしか味わえないものもあるだろうと結論付けて、ワルイージは残りを勢い良く口に放り込んだ。
     前を歩いていた彼女が、月明かりに照らされながら振り返る。
    「美味しいですか?」
     片手に提げられた紙袋には明日の朝食用に買ったものが入っている。
    「悪くねぇ」
    「良かったです。マリオが教えてくれた店なんですよ」
     マリオ、という名詞に苦虫を噛み潰したような顔になってしまうが、この際無視を決め込んだ。
     ホテルから然程遠くないサンドイッチショップに案内された帰り、折角だから海に寄ろうとロゼッタが言い出した。海にはあらゆるものを照らしつける太陽が付き物だが、全てを包み込んで光り輝く月だって負けていない。
     故にワルイージは今、月が明るく照らす浜辺をロゼッタと歩きながら二つ目のサンドイッチを食べている。サーモンとオニオンの王道コンビはいつだって美味い。
     人間二人以外誰も居ない海と浜辺は静寂そのものだが、明日にはまた大衆と熱気と歓声に呑まれるだろう。何時間もすればこの柔らかい砂は何本の足とタイヤに踏まれるのだろうかとそんなくだらない事を考えて、センチメンタルに沈んでいく自分を自覚して嫌になった。
     気休めを求めてワルイージは口を開く。
    「アンタは明日も出んのかよ」
    「はい。あなたは?」
    「オレ様は出ない!はあ、…つまんねぇ!」
    「それは残念ですね」
     ワルイージは苛立ちに任せてサンドイッチを頬張る。あっという間に平らげてしまったので少々物足りなさを感じた。
     両手を打ち合わせてパン屑を払い、自分は参加出来ないのに彼女は参加するという現実への八つ当たりをするかのように彼女を睨みつける。
    「明日はレースなんか見ずにバカンスしてやるぜ。勿論アンタの走りも見てやんねぇ」
    「あら…それは残念ですね」
     いじけたワルイージはズンズンとロゼッタを追い越して先に行ってしまう。みるみる背が遠くなっていく。
     ロゼッタは少し考え込む振りをしてから、ブロンドヘアーを潮風に靡かせてはにかんだような笑顔を見せた。
    「明日もスイマーの格好なんです。あなたにやってもらったネイルがよく見えますよ」
     その言葉が耳に届いた彼は一瞬動きを止めた。が、その後更に前傾姿勢になって大股で歩き出す。
    「精々頑張るこったな!」
    「はい」
    「一位を取ってオレ様に感謝しな!」
    「はい」
     最早怒鳴り声と化した彼の大声は静まり返った浜辺によく響く。海が驚いたのか、一際大きい音がする波が渚に届けられた。
     彼の機嫌を損なわないためにも今度こそ優勝しなければと明日のレースに向けて冗談半分の気合を入れて、ロゼッタは自分を構わず置いていくワルイージを追い掛ける。
    「ワルイージ」
     早歩きの彼に追い付いて後ろから名前を呼ぶ。
    「明日のレースが終わった後、また付き合ってくれますか」
     あなたのおかげでもっと綺麗になった自分を、他の誰でもないあなたに見てもらいたい。柔らかい声でそう伝えられた彼の尖った耳は真っ赤だった。
     寒色が支配している世界でも人の肌色というのは案外分かるものらしい。大発見をしたロゼッタは吸い込まれるような黒色の海に笑い声を溶け込ませた。


    2022.6.4 @demoonray

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    重代 秀斗

    DONEフォロワーとペディキュアするワルロゼの話で盛り上がって私もかいていい!?したやつ。書きました。ペディキュア話ですがペディキュアがメインじゃなくなりました。
    7/31 段落を整理したり分かりにくい文章に主語を加えたり微修正して読みやすくなりました
    色とりどりの彩りに身を任せて「アンタ、手の方はしているみてぇだが足の方はしてねぇのか」
     タータンチェックが印象的な制服の男が何かに気付いた。

     カート大会の合間を縫って訪れた浜辺は潮の香りと波の音がよく届いて心地良い。
     この日からは海でのカートレースだった。最近のカートレースではレーサーがより引き立つようにと一人一人特別にデザインされた衣装が贈られ、レーサーはそれを着用してカートに乗り込むというのが当たり前になっていた。グランドスターが沢山あしらわれた水色のパレオと淡い黄色のハイビスカスを髪飾りにしてカートレースに参加したロゼッタは無事に走り切り、一日目のカートレースは終了した。結果は四位だった。
     余所見はしていなかったはずだが、アイテムを上手く当てられなかった気がする。しかし考えてもみては、寧ろあんなに美しい海が横にありながら余所見をしない方が見事ではないだろうか。あんなに美しい海が横にありながら。こんなに素敵な水着を貰っていながら。
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