Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    重代 秀斗

    人を選ぶものばかりのSS置き場にするつもり
    @demoonray

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 2

    重代 秀斗

    ☆quiet follow

    散歩で何かを見つけたジンダイさんとレジスチルの暗くはないけど明るくもない話

    ##ポケモン
    ##レジジン

    カーディナル・コーティング 広がってそそり立つ雌蕊と雄蕊、くるりと反り返って絡み合う花弁、血を思わせる鮮やかな紅、あの花は嫌いだ。死人花、幽霊花、地獄花と様々な別名を持つその花。秋の訪れを知らせるように咲くこの花。
     一面の紅色と、その中にぽつぽつと存在する灰色に圧倒されて目を細める。こんな場所があるとは知らなかった。知っていれば避けたものを。様々な言い訳が脳裏を巡るジンダイはゆるく息を吐く。墓地だか霊園だか、またはそのどちらでもないか、とにかく墓場に長くは居たくはない。しかし、そうもいかない理由があるために渋々この場に突っ立っている。
     視界に入る鮮烈な花畑の一部だけがゆらりと動いたかのように見えた。ぐにゃりと歪んだ後に見えたのは七つの赤い瞳。
     鈍い光をぐるりと回してレジスチルは悠々と紅色の中を歩き続ける。唯一無二の金属の体は鏡のように周りの花と石を映し出していた。

     長い長い論文の息抜きにレジスチルと共に散歩に繰り出したのが始まりだった。外に出ると空が黄ばみ始めていて、野生の虫ポケモン達の鳴き声が微かに聞こえていた。
     レジスチルをボールの外に出したのは気まぐれだった。もっとこのポケモンの事を知りたいだとか、たまには家族っぽい事でもしてみようだとか、そんなきちんとした理由は無かった。ただ何となく、今日は一緒に歩きたいと思っただけだ。
     レジスチルは何も言わずジンダイの二歩後ろを付いて行く。何か見たい物があるかと訊いた所で、返ってくるのはイエスともノーとも何かとも分からない短く機械的な鳴き声だけで、そこで会話は終わってしまうのでジンダイもその後を繋ぐ事は無かった。会話が苦手な訳ではないのだが、どうにも彼らとの会話は上手くいかない時がある。彼ら、と言ったのはレジスチルだけでなくレジロックとレジアイスにも当て嵌まるからだ。もっと言うと“彼ら”と言っても性別は分からない。そもそも性別があるのかも分からない。性別の判断方法が分からず性別の付けようが無いだけなのかもしれない。謎だらけだ。自分は彼らの事を何も分かっていない。
     大量の論理と思考を相手にした後で少々頭がぼうっとしている。深呼吸をして肺いっぱいに酸素を取り込むと、脳に薄く掛かっていた霧が晴れたようですっきりした。鈍い目頭の痛みもほんの少しは引いたようだ。人間の体はこんなにも状況によって目紛しく変化を起こすというのに、すぐ後ろの金属の塊の具合は不動だ。やはり彼らの事が分からない。
     間近な謎に頭を痛めながら当てもなくぶらついていると見慣れない景色にぶつかった。出発地点からあまり離れていないと思ったが勘違いだったのか、それとも視界に入る角度が違うだけで案外近いのか、そのどちらかは分からない。万が一に備えてポケナビは持ってきたので地図を開いて現在地点を調べれば解決する。しかし、ジンダイはポケナビを取り出そうとしない。ジンダイは未知に対して恐怖ではなく期待を抱く人間だ。知らない景色から始まる散歩はちょっとした冒険のようで心が躍る。
     日が沈むまでに帰ればいいし、何なら日付が変わるまでなら夜になっても構わない。レジスチルへ振り返って「適当に歩くか」と一言伝えると、レジスチルはまたもや短く機械的な鳴き声を発する。今のは分かった、先程よりも高くて跳ねるような音だったから肯定だ。人間も気が乗ったら返事はそうなる。
     気の向くままに歩き続けて、帰りたくなったら地図を開けばいい。笑ってしまう程遠くに行ってしまったのならば、流石に無計画だったなと笑い飛ばしながら帰ればいい。
     目的地も無くぶらぶらする事が目的となったレジスチルは先程よりも視界に映る物に意欲的で、時々立ち止まっては不思議の詰まった金属の体を捻りながら七つの瞳であらゆる物を視認した。ペンキが剥がれて錆が露呈する看板、小さい畑に佇む一際大きいカイスの実、それを見守るノクタスを模した案山子、すれ違った驚き顔の親子連れ。
     数百年、もしかすると数千年のブランクのある彼に世界はどう見えるのだろうか。カーブミラーで安全確認をしてアスファルトを踏み締めるのは初めてだろう。田や畑はどうだろうか、もしかすると彼の活動していた時代次第では見ていた可能性もある。レジスチルとレジロックとレジアイスの経験に差はあるのだろうか。これらは研究で明らかにしていきたい所だ。気付けば仕事の息抜きで仕事をしているが、好きでこの仕事をしているのだからそれはそうなるか、と何処か他人事のように考えた。
     歩を進める度に建築物や人の気配が少なくなっていく中、レジスチルが立ち止まる。どうしたのかと振り返れば斜め前をじっと見詰めていた。レジスチルの視線を追っていくと紅色の花畑が目に入る。どうやら興味を持ったようで、レジスチルの視線は外れない。あのレジスチルがここまで食い付く物とは一体何なのか。ジンダイは期待で胸を膨らませて紅色の正体を探りに近付く事に決めた。
     そして、正体が分かると眉を顰めた。

     レジスチルは墓石を彩る紅色の花に手を伸ばし、平均的な人間の腕よりも太い指を器用に操って繊細に触れる。ちょこんと触れられて上下に揺らいだそれは、すぐ涼しい風に押されて左右に首を振った。花の感触を確かめたレジスチルは、今度は墓場へと足を伸ばす。
    「こら!」
     流石に他人の墓を荒らすのはよろしくないだろうと焦ったジンダイが静まり返った空気には大きいくらいの声量で叱るが、レジスチルは主人の制止を無視して墓場へ侵入する。花を傷つけないように器用な足取りでのそりのそりと進み行き、どんどん紅色に囲まれていく鋼の体を見る内にジンダイからは呆れの溜息が出た。こんな姿を通りすがりに見られでもしたら面倒だが、周囲に他人は居ないようで、それがレジスチルの勝手を後押しする。彼らがトレーナーである自分の言う事を聞かないのは珍しい事で、余程探りたい何かがあるのかと考えたジンダイは静観に徹する事にした。
     自分を叱った主人の事など忘れたようにレジスチルは石と花でいっぱいの地面を歩き続ける。何かに向かって一直線というよりは、当てもなくぐるぐる歩き回っているという風だ。全く動向が掴めない。何故、彼はこれほどまでにこの区域に熱中するのだろうか。悩む主人などよそに広い墓地を自由に歩き回るレジスチルの表情はやはり読めない。パートナーがそうだからといって自分まで聖地に侵入していい訳が無いジンダイは、レジスチルの突飛な行動をひたすら見詰めるしかなかった。

     この紅色の花が何故死人花や幽霊花と云われるのかというと、嘗て土葬の文化があった時代に墓が荒らされないように植えられていたからだ。この紅色の花があるという事は、つまりすぐ近くに死体があるという事で、不吉な名前を多く授けられる理由になった。目の前に広がるこの光景もそういう事なのだろうかとうっすら考えて、それはとんでもない事だと身震いした。恐ろしい事を考えてしまったと後悔して、この花に抱く苦手意識の正体が少しだけ見えた気がした。現在に土葬の文化は無いし、不吉な別名も最早一種の趣と化しているというのに、どこか他人事ではないと心がざわついている。紅色の花が、紅色の花が守っている何かが、冷や汗を掻く心臓を柔らかく掴んでくる。
     現代に残された謎を暴くという行為は、乱暴に言ってしまえば墓荒らしだ。この世を去った生物の残滓を求めて蓋を勝手に開けて、手掴みで揺さぶって落とされたものを全て拾い上げる。見ないでくれ探さないでくれと頼み込んだ先人の願いを踏み躙って地上へ持ち帰り、細やかに解剖したものを世間に晒し上げる。その無遠慮さに、好奇心があっただとかエゴイズムであっただとか悪気は無かっただとかによって生まれる差は無い。
     この紅色の花の下にも自分が知らない何かが眠っているという事を考えるだけで呼吸が浅くなって、此処を早く去るべきだと脳が警鐘を鳴らす。地中を弄るイメージを少しでも浮かべては、触れてはいけなかった何かに足を持っていかれて無様に転げてしまいそうだ。秘密の解剖を重ねてきた自分は此処に居てはいけない。暴き方を知る故に、おそれを知らされている。
    「レジスチル」
     吐き気を覚える中、なんとか名前を呼ぶ。鮮やかな花畑に佇む美しい鋼鉄はゆるりと声の方を向いたが、戻ってくる気配は無い。
    「かえるぞ」
     振り絞って出した声は情けなかった。ちゃんと届いたのか気になって、聞こえたのかと確認する前にもう一度ジンダイは言った。かえるぞ。
     二度命令されたレジスチルは暫く静止していたが、ジンダイの冷や汗に気付いたのか漸くのそりのそりと戻ってきた。細心の注意を払って花を折らずに墓石にも触れずに戻ってきたレジスチルは七つの赤い瞳でジンダイを覗き込む。心配してくれているのだろうか。いや、もしかするとただの好奇心かもしれない。悠々と楽しんだ自分とは正反対に気分を悪くしている人間の事情など知るはずがない。
     ようやっと此処から離れられると目を瞑って溜息を吐いたジンダイの胸にとんと何かが軽くぶつかった。予想も出来ない衝撃に瞼を開ければ、目の前に差し出されたのはまさに原因のその花。レジスチルは器用に優しくそれを摘んでジンダイに押し付けていた。何でまた、お前というやつは、やめてくれ、と様々な悪態がジンダイの頭の中を駆け回ったが、それを彼に言うのは見当違いだと冷静に考え直した喉でなんとか飲み込む。
     そして、自分にとっての不都合を片隅に追いやった後に残った、彼の真意が掴めない行動をどう受け止めるのが正解かと思案する。まず、自分とは違い彼はこの花を良く思っているというのが一点目。それをトレーナーである自分へ持ち帰ったというのが二点目。彼の常日頃の行動から、自分は彼に嫌われているようには感じないというのが三点目。以上を考慮してジンダイは答えを出す。
    「…ありがとう。だが、勝手に花を摘んではいけないな」
     あれだけ傷付けないように気を遣っていた花をレジスチルはこうも容易く折ってきた。もしかするとこの花を通じて余程伝えたいメッセージがあるのかと考えて、目の前の美しい七つの瞳を改めて見たが、やはり古代の鋼鉄の本心は読めない。自分のパートナーの気持ちを汲み取れないようではトレーナー失格もいいところだ。
     様々な対象について悩んで苦しんだ脳がいい加減酸素を欲したので、静かに一つ深呼吸して落ち着かせてやる。多少澄んだ頭でもう一度見るその花は、鋼以上に表情が読めなかった。しかし、レジスチル達への理解を重ねればこの花が自分に言いたい事も少しは分かる気がして、現在の悩みの解決は未来の自分に期待する事にした。おそれを知った体ならばどんな過程や結末があっても受け入れられる気がした。
     戦いを共にするトレーナーとして、日常を共にするパートナーとして、生涯を共にする一人の人間として彼らの事を知らなければならない。そう決意して、ジンダイは元来た道へ爪先を向けた。急く事も遅れる事なくぴったりとついて歩く銀色を引き連れて紅い花畑から立ち去った。

     自分がこの世から去った時にもこの花が植えられるのだろうか。贈られた紅い花を片手にぼんやり考えて、思わず後ろを振り返った時、そこにあったのは草叢だけだった。


    2022.7.13 @demoonray

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖👏👏😭😭💕💕👍👍👍👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    重代 秀斗

    DONEフォロワーとペディキュアするワルロゼの話で盛り上がって私もかいていい!?したやつ。書きました。ペディキュア話ですがペディキュアがメインじゃなくなりました。
    7/31 段落を整理したり分かりにくい文章に主語を加えたり微修正して読みやすくなりました
    色とりどりの彩りに身を任せて「アンタ、手の方はしているみてぇだが足の方はしてねぇのか」
     タータンチェックが印象的な制服の男が何かに気付いた。

     カート大会の合間を縫って訪れた浜辺は潮の香りと波の音がよく届いて心地良い。
     この日からは海でのカートレースだった。最近のカートレースではレーサーがより引き立つようにと一人一人特別にデザインされた衣装が贈られ、レーサーはそれを着用してカートに乗り込むというのが当たり前になっていた。グランドスターが沢山あしらわれた水色のパレオと淡い黄色のハイビスカスを髪飾りにしてカートレースに参加したロゼッタは無事に走り切り、一日目のカートレースは終了した。結果は四位だった。
     余所見はしていなかったはずだが、アイテムを上手く当てられなかった気がする。しかし考えてもみては、寧ろあんなに美しい海が横にありながら余所見をしない方が見事ではないだろうか。あんなに美しい海が横にありながら。こんなに素敵な水着を貰っていながら。
    8632

    recommended works