ある種の白昼夢それは日差しがやや傾いた昼さがりの事だった。
ここ暫くの執務の過労が重なったせいだろうか、目を赤くしていた皇が部屋で一旦休むと言い出した。
薬師としては放置出来る筈もなく、また家族として、乙女心としてもそんな時くらい傍にいたい――そんな思いから、薬草茶を抱えて、ぽてぽてと城の隅にある部屋へとエルルゥが向かっていった。
「ハクオロさん、このところよく眠れないって言ってたものね……よし、按摩でもしてあげたら少しはよくなるはず!」
ぐっと拳を作って盆を持った手に力を込めた。
階段を昇っていくと、少し苦し気な呻き声が聞こえてくる。
いつかの、悪夢を見ていた時のような、放置できない声のようで。
「……ハクオロ、さん?!」
「く……ぐ、……うっ」
「……さま、ふふ……苦しいんですの?」
くぐもった、苦し気な呻き声。
そしてもうひとつ、エルルゥもよく聞き慣れているがどこか艶やかな女の声。
水音がびたりと床に落ちる音が、微かに響いてくる。
何が起きているのか分からず、エルルゥは足を引きそうになりながら、階上から聞こえて来る声に固まった。
「ああ主さま、よいお声ですわね。随分と我慢なさってお出でだったのでしょう? ほら、私が楽にして差し上げますから、力を抜いてください、な?」
「か、カルラ、よ、せっ ぐ、うっ!?」
「ダメですわよ、このおいたする手は。さあ天上を、常世(コトゥアハムル)をお見せしますからね、お疲れの主さまの為に、ふふっ」
繰り返される鬱屈した声。
ぼたりと、おそらく男の眉間と……口にできぬ場所から落ちていく水の音。
引っ切り無しに続けられる布ズレの音。
それらを凍り付いて聞いていたエルルゥは、次の瞬間はっと我に帰って、盆を取り落とした。
「くぅ………や、め……あ〝っっ カル、ラッ いい加減、にぃっ」
「は、ハクオロさんっ カルラさん何してるんですかあああっっっ!!」
「ぎ、あああああああ!!!??」
「あら、エルルゥ?」
ごきりと音が鳴り、ハクオロの甲高い悲鳴が響き渡る。
そこには、確かに寝台には転がされ、カルラの下敷きにされた、エルルゥが脳内に見ていたような姿勢の二人が居たのは確かだった、が。
「ぐええええっっ 肩がっ 肩が外れるからっ 止せっカルラぁぁぁっ」
「あら、このくらい力を籠めませんと、この肩凝りは治りませんわ、よっ」
「あ、あの……カルラ、さん?」
皇の背に乗ったカルラが、腕を背後から掛けた格好でエビぞりにさせている。
見るヒトがみたなら、プロレスでもしてんのかと突っ込むそれは、艶やかさの欠片もない行為であり。
「……カルラさん、按摩は痛すぎるのは逆効果です……止めてあげてください」
「あらそうなんですの? でも主さまは良さそうな声を……あら」
カルラが腕を解くと、泡を吹いて魂をどこかに飛ばしたハクオロが、ぼてりと寝台に転がる。
おほほほと笑いながら部屋から出ていくカルラを追い掛ける気力もなくて、エルルゥは溜息を一つ零して、要救助者の手当を始めた。