未定とある施設内、緑色の長髪をゆらゆらさせながら、1人の男が“仕事場“へ向かって歩いていた。
「巻島、ちょっといいか。」
巻島と呼ばれたその男は足を止め、声の主の方へと視線を向ける。
「なんショ、金城。」
そこには金城と呼ばれた眼鏡をかけた坊主頭の男と、これまた眼鏡をかけた小柄な見知らぬ少年が立っていた。
「彼は新人の小野田。昨日研修を終え、本日から現場へ出ることになった。今日1日行動を共にしてくれ。」
「お、小野田坂道といいます!ほほ本日は、よろしくお願いします!」
小野田と名乗った少年は酷く緊張した様子で、小柄な体が更に小さく見える。
「あー...小野田、くん。巻島だ。よろしくショ。」
「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!!」
「んじゃ...行くぜ、ルーキー。」
初めての現場に向かう新人を愛想の欠けらも無い自分と組ませるなんて金城もやってくれるな、と思いつつ、現状ではそれがベターな組み合わせだという事が分かっている巻島は、ぎこちない挨拶を早々に済ませ、小野田と共に“仕事場“へと足を進めた。
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20××年を起点としたデジタル技術の爆発的発展により、当初ゲームを中心に利用されていた「メタバース(仮想空間でアバターによる活動を行うこと)」が徐々にビジネスシーンでも活用されるようになり、今ではほとんどの企業が仮想空間での取り引きやサービスを行うようになった。仮想空間上でいつでもどこでもサービスを受けられるという利点は当然のように消費者の心を掴み、今では市民の生活に欠かせないものとなっている。
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「…小野田くんは、その…この仕事についてはどう教わってきたんショ?」
“仕事場“へ向かう最中、小野田の緊張をどうにかほぐそうと、巻島が口を開く。
「元々は違う部署にいたんだろ?」
「は、はい。仮想空間を外側から監視する業務を担当していたんですが…まさか僕が治安部に異動になるなんて。」
仮想空間の利用者が増え続ける中、やはりよからぬ事を考える輩も一定数増えてしまい、愉快犯による混乱やテロリストによるサイバー攻撃などの問題が多発していた。そこで政府は専門機関に対策を依頼し、政府公認のメタバース統括組織が誕生したのである。
巻島と小野田は今まさにその専門機関の施設内におり、メタバース統括組織 治安部のメンバーとして仮想空間へ向かう途中なのであった。
「治安部は仮想空間の平和を内側から守るお仕事で、すごく格好いいなと思っていましたが…その、」
「やっぱり怖いか?」
治安部として仮想空間で活動するには、生身の体に専用の装置を取り付け、脳波そのものを自身のアバターに飛ばす必要がある。そうする事で、現実世界以上の自由度に加え、活動範囲を大幅に広げることができる上、特殊な能力も使用することができるのだ。
ただし出来ることが多い分、何かあった場合生身の体へのダメージも大きいため、この機能は一般人への解放はしておらず、治安部のメンバーのみ使用が許されている。