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    ケイタ

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    ケイタ

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    「Daybreak Darkness」5話
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    次→未定

    ##ヴァルキリーアナトミア
    ##DaybreakDarkness

    清々しい陽の光。木陰は静かに揺れ、どこからか聞こえてくる小鳥の鳴き声はとても穏やかだった。
    しかし、そんな穏やかな空間にはとても似つかわしくないモノが突如として現れる。
    空中に縦一線。
    その線が瞬で人がひとり通れる位の太さに広がり。その空間から損傷の激しい羽根飾りが施された緋色の兜が現れ、徐々に姿を現していく。
    そして、その人物は片手で抱えていたモノを地面へと降ろした。

    ― ドサッと重苦しい音と衝撃に、その体の主は意識を取り戻す。
    数秒置いて「うぅ…」と低い呻き声と共に焦点を少しずつ合わしていく。
    真っ先に見えたのは所々の皮膚が硬化し、大小さまざまな棘のような物が突出し形成されている左腕。
    きっとそこには「なにか」が刺さっていたのか杭程の大きさの穴が開いており、出血はしているものの穴は徐々に塞がっていった。

    「気がついたか、アルフィオ」

    低く、それでいて闇夜から全てを見通すようなその声は、己の事を「死神」と称していた女の声だ。
    声のした方へ視線だけを向け、視界に傷んだ羽根と見知った緋色の甲冑。そして、羽根飾りが施された兜の隙間から見えた「緋色」はどの緋よりも強さを主張していた。
    "アルフィオと呼ばれた男"は心の中で「あぁ、やっぱり」と、安堵と同時に小さな怒りも込み上げてくるのだった。

    「お前……ッ、いままで、どこにいたんだよっ……!」

    鈍い痛みに耐えながら"アルフィオと呼ばれた男"は丁度、後ろに佇んでいる岩に体を預けながら慎重に体を起こす。
    ズキズキと打身と頭痛もあるが、抑えられない感情が優先されそれどころではなかった。

    「レナスを殺せば、この世界を壊せば望みが叶うって……やり直せるって!そう言っていたのは"お前たち"だろ!」

    その言葉に一瞬だけ死神の緋色の目が動く。
    "アルフィオと呼ばれた男"は死神の反応を気に掛けることなく、尚も言葉を続けた。

    「セナやリゥ、ましてや"あの方"が居ないこの状況で、どうしろって言うんだよ!お前だってわかってんだろ?!」

    しかし"アルフィオと呼ばれた男"の言葉に尚も返答をせず、静かに佇んでいるだけで
    その姿にさらに怒りが込み上げてくるも、これ以上の返答は期待できないのだと悟る。
    少々の眩暈を感じ"アルフィオと呼ばれた男"は右手で頭を軽く押さえ
    「コツッ」と指先に感じたのは常人では生えていないツノの硬い感覚だった。
    左腕のみならず体の左半分に加え、頭の一部も魔物化していることを思い出し舌打ちをする。
    しかし、ふと疑問が頭をよぎった。
    ― 何故、自分は此処にいるのかという事。

    「アルフィオ」

    影が"アルフィオと呼ばれた男"に落ちる。木漏れ日ではなく、緋色の死神の影。
    逆光で見る緋色は一層、強く見えた。


    "アルフィオと呼ばれた男"が覚えているのは、何度もこの世界へ偵察に来た事。
    その結果"あの方"と呼んでいた「灰銀の偽神」の意向で侵略をすることになり、先行部隊としてゴーレム数体を率いて侵略を始めようとした時の事だった。
    後続にセナやリウが来るはずだったのだが、そこへ仲間を率いた漆黒の戦乙女、黒曜達による妨害が始まった事。
    応戦したがゴーレムなど奴らの前ではただの人形で、自身も幾度も拳を交えた竜のような女に致命傷を負わされ、無念にもそのまま息絶えた。
    ― 既に死んでいる身であるのに「息絶えた」と言うのも変な話だが、最後に見たあの女の顔はえらく狩りを楽しんでいるようで二度と忘れないかもしれない。

    「……なんで俺はここにいる?」

    自身の記憶を整理しても、やはりこの状況が呑み込めずにいた。
    まだ痛む右側頭部から右手を降ろし"アルフィオと呼ばれた男"は緋色の死神こと、緋眼の選定者に視線だけを向ける。
    その向けられた視線を緋眼の選定者は僅かに逸らす。

    「魂ごと消滅したはずのお前が何故、此処にいるのか私にもわからない」

    緋眼の選定者の返答はいつもの低い声に加え、淡々としていたものだった。
    しかし顔色は首元のボロボロのマフラーで隠れてわからないが、投げられた疑問に彼女の緋色の瞳は動揺を隠せずにいた。
    "アルフィオと呼ばれた男"も期待した答えは返ってこないとわかってはいたが、彼女がここまで動揺を見せるのは共に行動をしてきた中で珍しいものだった。

    「だが、これだけは言える」

    スッ…とボロボロの指先が"アルフィオと呼ばれた男"に静かに向けられる。
    動揺の色を見せていた緋色の瞳も、いつの間にか「死神」に戻り"アルフィオと呼ばれた男"を真っ直ぐに見据えている。

    「私もお前も、時期にこの世界から消える」

    指先と共に静かに発せられたその言葉は、死神から受ける死の宣告そのものだった。
    それに対し"アルフィオと呼ばれた男"も、自身の動揺を隠すように魔物化した左手の拳を固く握る。

    「何故だかわかるな?この世界にとって我々は"存在しない者"だからだ」

    風が二人の間を通り抜ける。死神の言葉に世界が呼応したのか、それともこの世界そのものが
    自分達を拒絶したのではないのかと、"アルフィオと呼ばれた男"は錯覚する。

    「この世界に偵察に来れていたのも、あの方の力で存在できていたからだ。あの方亡きいま、この世界に留まる事はできない」

    灰銀の偽神、その名のとおり神のような力を持っていた"戦乙女"だった。
    何故、あの戦乙女が異世界を渡り歩く力があったのか。
    何故、自分を含む他二人の魂を同一存在が居る世界に運ぶことができたのか。
    "アルフィオと呼ばれた男"には知るすべがない。ただ、わかる事は自分に残された時間は少ないという事だけ。

    「だが、お前に残された道はある」

    緋眼の選定者の言葉に"アルフィオと呼ばれた男"は一瞬、息をのんだ。

    「お前と同一の存在……つまり、もうひとりの自分の魂を取り込む」

    その言葉に"アルフィオと呼ばれた男"の脳裏に浮かんだのは、朧げな意識の中で見たもうひとりの自分。
    悪魔のようなツノや腕もないただの人間。必死にレナスを守ろうと刃を向けてきた、もうひとり自分。
    刃と共に向けられた真っすぐな瞳は、まるで"自分"を責めているかのようで"アルフィオと呼ばれた男"は直視できなかった。

    「取り込むって……どうやって?」
    「簡単な事だ。私がお前の魂と同一存在と完全に繋ぎ、相手の魂をお前の体に逆流させる」
    「魂を、逆流させる……?」
    「あぁ、そうだ。言わば換魂の法の応用のようなもの、とだけ言っておく」

    と、淡々と口にする緋眼の選定者に"アルフィオと呼ばれた男"はしばし間をおいて、徐々に表情を曇らせていく。
    結局のところ自分と言う存在は誰かを、なにかを犠牲にしなければ生きながらえる事ができないのだ。
     血清を作る為に必要とした犠牲も、魔物化が暴走する前に町から逃げようとした時も。
    "アルフィオと呼ばれた男"は 自分の手で引き裂いた者、貫いた者。付着した血の感覚を思い出し、吐き気を覚える。

    「取り込んだ後は、どうすればいい」

    その感覚を消し去るかのように"アルフィオと呼ばれた男"は、緋眼の選定者に問う。

    「……好きにすればいい」

    緋眼の選定者は"アルフィオと呼ばれた男"から視線を逸らし瞼を閉じ静かに答え、彼女の意外な答えに"アルフィオと呼ばれた男"はただ、呆然とするだけだった。
    しかし"アルフィオと呼ばれた男"は、ふと緋眼の選定者の言葉に違和感を覚える。

    「お前、ひょっとして」
    「もしくは、だ」

    と、緋眼の選定者が"アルフィオと呼ばれた男"に話を遮られまいと、言葉を続けようとしたその時だった。

    ― ぞくり

    "アルフィオと呼ばれた男"は自身の左胸から左腕かけてに違和感を覚え、それは直ぐに激痛に変わった。

    「っ、ぁ……!」

    痛みに耐えて起こした体は無情にも地面に倒れる。体が焼けるように熱く、呼吸も早く浅い。もがき苦しんだところで痛みが消えるわけでもない。それを理解していながらも"アルフィオと呼ばれた男"は尚もがく。
    自分はこの痛みを自分は知らないわけがない、自分を今の姿に変えたもの。自分の罪の証。

    ― 魔物化がまた進み始めたのだ。

    何故どうしてと思考をめぐらすも、痛みによって"アルフィオと呼ばれた男"の思考はすぐに消えた。
    "アルフィオと呼ばれた男"の苦しむ姿を見て緋眼の選定者は、目深にかぶった兜のなかで眉根を寄せる。

    「……アルフィオ」

    地面に這いつくばり、胸を押さえ荒い呼吸を繰り返す"アルフィオと呼ばれた男"に緋眼の選定者は近寄り、静かに問いかける。

    「お前はどうしたい?」
    「……?」

    え?と、声にならない掠れた音が"アルフィオと呼ばれた男"の喉を通る。
    視界には土と小石が見え、自分の顔を覗き込む影に目がいく。痛みで思考がままならないが、"アルフィオと呼ばれた男"の視界はハッキリとその顔を捉えていた。
    そこには緋色の死神が見せる、いたく人間らしい表情があった。

    to be continued.
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