秘め箱「七夕は、中国の話が元となったらしいな。恋仲の二人が年に一度しか会えなくなる……。そして、日本ではその年に一度の記念日を七夕として祝うようになったとか、何とか。」
七夕の説明を俺にしながら茶をすする鶯丸を見る。
「ふむ、年に一度とは心苦しいだろうな。その恋仲の二人は。」
「まぁアツアツすぎて仕事を休み、遊び呆けていたから……というのが原因らしいが。」
「ただの自業自得ではないか!!」
「急に大声をだすな、鼓膜がなくなるかと思ったぞ。」
耳をふさぐ動作をして、怪訝な顔をする。
「だが、本丸の七夕はどちらかといえば笹飾りや短冊を書く方が皆興味があるようだがな。お前も書くといい、ほら」
そういうと鶯丸はいくつか無地の短冊を俺へと渡して来た。
「お前は書かないのか?」
「俺はもう良いんだ、過ぎたる願いはなんとやら……だ。」
そう語ると、茶に目を落とした。俺はそれを疑問に思いながらも短冊を受け取り、笹へ短冊を飾りに行った。
「そういえば先程お前は”もう良い”といったな。以前は願い事を書いていたのか?」
「まぁな。」
お茶を濁すなんとも煮え切らない答えにモヤモヤとしながら、なにを書いていたのか模索してみる。
「……毎日うまい茶と茶菓子がでてくるように、かな」
「それは確かに叶っているな。極になってからは更に豪華になったんじゃないか?」
鶯丸はこちらを見て
「あぁ、各段に良くなったぞ」
そう笑い、茶を飲み干した。
「最近は出陣も増えて疲れていたんだ、俺としてはもっと休息があると助かるんだが。今夜はゆっくり過ごそうじゃないか。」
遠くでは短刀や脇差らが手持ち花火ではしゃいでいる。その騒がしさも季節の風物詩としてこの本丸を彩っているんだろうか、と目を閉じた。
翌日、鶯丸は早朝から大阪城への出陣が決まっていた。そのため、昼からの七夕道具大掃除には俺が駆り出されることになった。
「すまない篭手切、この短冊と笹飾りの残りはどこへ片付ければいいんだ?」
「はい、確か歌仙が季節の催し担当だったような……いや、少し前に代わったんだったかな。歌仙の次が鶯丸様だった気がするな。おそらく鶯丸様の戸棚に七夕道具箱があるはずなので、そちらへまとめて下さると助かります。」
「そうか、助かる。」
鶯丸の戸棚は部屋の隅にある、その中かと考えながら部屋へ戻った。俺たち古備前派の部屋は必要最低限の道具しかなく、散らかっていないが生活感のある良い部屋だと思っている。それゆえ、互いに隠し物をするような空間でもなく、俺は鶯丸の戸棚を淡々と開くと茶器や着替えなどの外に箱がポツンと一つ置かれていることに気付いた。
しっかりと紐で結ばれたソレはただの道具入れと呼ぶには違和感があった。
「他に箱も見当たらないしな。」
自身に言い聞かせるように呟くと俺は紐をほどき、箱を開けた。
……開けようとした瞬間、箱を取り上げられてしまった。
「お前、何やってる。」
そこには珍しく肩で息をし、焦っている鶯丸の姿があった。
「七夕の道具をしまいにきたんだ。篭手切から鶯丸の戸棚の箱に収納するよう言われたのでな。」
そう言うと、鶯丸はホッとしたように床へ座り込んだ。
「なら……いいんだ……」
明らかに動揺している様子が気になった。
「それと、季節の催し係はもう俺ではない、今年は物吉のはずだ。」
「そうか、届けてこよう。」
それから部屋を出て、物吉へ渡しにいくことにした。
「はい、ありがとうございます!大包平様。こちらで受け取りますね!」
「あぁ。この係というのは担当が決まっているものなのか?」
「年に一度担当を代える、ということになっていますね。大体はくじで決めていたんですが、近年は鶯丸様が係に挙手していたのでここ数年は鶯丸様がこの係を務めていました。しかし、イベント大好きっ子たち……もとい短刀や脇差の皆様も係をしたいとのことだったので、主様より再度希望者からくじで決めるようにと言われたのです。」
なるほど、と頷いた。だが、あの休憩を取ることを要としている鶯丸が係に立候補するとは、意外だった。
「あ、そうです。鶯丸様が係に挙手されたのは大包平様がいらっしゃると話題になってからなんですよ!」
俺は部屋に戻り、改めて鶯丸にきくことにした。
「先程の箱だが、何か後ろめたいことでもあるのか?」
真剣な俺の顔に驚いたのか、鶯丸は茶を飲む手を止める。
「いや、全くないが。」
あたりまえだろう、という顔でこちらを見る。
「では、なぜ、俺から取り上げるようなことをした。見られて困るようなものでも仕舞っているんじゃないか?」
「違う!これは……これは見られると少々恥ずかしいだけだ」
小声で答える、が先程と違いこちらを見ず箱を戻したであろう戸棚に視線を向ける。見られて恥ずかしく思うものもそうないだろう、という顔をしていると
「お前には分からないだろうがな。」
そう言って鶯丸はそっぽを向いたかと思うと、部屋をスタスタと出ていった。
「なんだあの態度は、疑われるようなことをする方が悪いんだ。」
吐き捨てるように口に出す。が、言い過ぎたのかもしれない。心のどこかであいつは隠し事をしない、と決めつけていたのだろう。自分自身にイラつく。
「クソッ……!」
俺は頭を冷ますために稽古場へ向かう事にした。
「おや、大包平。七夕の片づけはもう済んだのか?」
「三日月……宗近ッ」
「まぁ良い、少し手合わせに付き合ってくれないか?今日の手合わせ当番は鶯だったのだが……。」
むぅ、今その名をだされるとバツが悪い。おそらく俺との口論が原因で内番をこなしていないのだろうと想像がつく。
「構えろ、まさか極になったからといって自惚れていないだろうな?」
「実際に刃を交えればわかるであろうな。」
強く踏み込む、それを避けられ視覚外からの一撃。防ぐがその一撃が重い。機動こそ遅いが、身体の運び、戦慣れ、全てが自分よりも優れていると無理やりにでも分からせてくる。
「ク……ソッ……!」
「まだ青いな。」
その余裕の表情が俺の怒りを煽る。
「それに、普段よりも焦っているな。心ここにあらずといったところか?いつものお前ならあのような隙を見せることはない。」
心の中を見透かされているようで、何も言い返すことが出来ない。
「そうさな、おおかた鶯の事だろう。お前が心乱されるのはまず鶯についてだろうからな。さて、たまには互いにゆっくりと対話することも大事だと思うが……ほら、これをやろう。」
そういうと三日月は袖から小包を出した。
「万事屋で買ってきた最中だ。手合わせの後、鶯と食おうと思っていたんだがな。仲直りはした方が良いぞ。」
「言われなくても!」
荒げる声を抑えて、息を整える。
「貴様に礼を言うのは業腹だが……感謝する、三日月宗近殿。」
誠に遺憾ではあるが、俺は礼を欠く刀ではない。頭を下げ、礼を伝える。恩には礼で返すのは当然のことだからだ。
「ではな。」
三日月はつかれた、つかれた。と言いながら自身の部屋へと帰っていった。俺はもらった小包を手に持ち、鶯丸を探しに向かった。
鶯丸を見つけるのにそう時間はかからなかった。本丸の離れの縁側で茶を静かに飲んでいた。この離れは俺の顕現以前に鶯丸がよく通っていた場所だと、他の刀から聞いていたからだ。茶を飲む鶯丸の手元には件の道具箱があった。
「鶯丸、先程はすまなかった。根拠もなく疑うなどして、俺らしくもない。」
「気にするな。」
そうポツリと呟いた。言葉を謡うように、流れるように。ただそこにあるように、何の感情もなく。ただ、呟いた。それがまた、俺に憤りを覚えさせた。
「お前はいつもそうだ。なぜ自分の感情を露わにしない。嫌なら嫌と言え、当然だろう!」
思わずまた声を荒げてしまった。
「……そうだな。お前はそういうヤツだ。いつだって俺の代わりに怒ってくれる、喜んでくれる。俺にはそれがとても好ましいんだ。」
涼しくそう告げる。
「お前に任せっきりだったから、俺も勘違いさせるようなことになっていたんだが。」
「それはその箱の事か?」
訊ねると鶯丸は頷いた。
「恥ずかしい、といったな。それは本当だ。あの時はちゃんとお前に伝えただろう?」
「だが、何か恥ずかしいか分からない以上俺としてもお前が何かをひた隠しにしていると思うのも当たり前だろう。」
まぁ、言わんとすることは分かるが……と呆れ顔を寄越す。そして改めて何が恥ずかしいのかを考えてみたがさっぱり分からん。過去の失敗の記録帳か?いや、まさかしゅ……春画などではないだろうな!?
顔に出ていたのか、鶯丸はこちらを見て
「お前の想像しているようなモノではないと思うぞ」
といった。こいつも俺の心を見透かしてくる、が今は何があの箱に入っているのかが気になって言い返す気力もない。では一体何だというんだ!見当がつかん。俺がうなっていると
「お前と仲違いしたいわけでは無かったんだ、またあらぬ誤解を生みたくない。俺も覚悟を決めた、見れば良いさ」
そう言って箱をこちらへ差し出して来た。鶯丸が誠意を見せたのだ。ならば俺もそれを受け取らねば。
「ならば、こちらからはこれだ。」
俺は三日月から受け取った小包を鶯丸へ突き出した。
「ん?これは何だ」
「最中だ。三日月から食え、と渡された。詫び代わりというわけでは無いが受け取れ。」
「そうか、そうか三日月が。お前、実は天下五剣と仲が良いとかじゃあないよな?」
「そんな訳が!ないだろう!!これは貸しだ!!!返せるものなら今すぐ返したい!!!!」
「菓子だけにか?」
「”貸し”だ!!」
しばしの沈黙が流れる。
「……っぷ、はは、ははは」
「そんなに笑わなくてもいいだろう」
「いや、お前のいじけっぷりがあまりにも可笑しかったからな」
「いじけてなどいない!」
コホン、と咳払う。そして改めて、箱と向き合う。紐を外し、蓋に手をかける。そして開いた。
そこには……そこには大量の短冊があった。
「大包平が来ますように」
「大包平と茶が飲みたい」
「大包平と手合わせした」
「大包平に元気であってほしい」
「大包平と戦場を駈けたい」
「大包平に春の温かさを、夏の暑さを、秋のそよ風を、冬の寒さを教えたい」
「大包平に名前を呼ばれたい」
そこには多くの願いがあった。鶯丸を見るとそっぽを向いている。しかし、耳が微かに薄紅色に染まっていた。
「これではまるで恋文だな。」
俺は小声でポツリと、声を漏らした。
「……年に一度も会えなかったんだ。七夕よりも酷だったんだぞ。」
まだあちらを向いたまま、そう投げかけてくる。
「その分、これからは一緒にいれば良いだけの話だろう!この本丸にはもうこの大包平が来たのだからな!だからまずは、」
俺は手に湯飲みを持った
「一緒に茶を飲むとしよう、それからどれほど夏が暑いか教えてくれ。無論、その他の季節についてもだ!この短冊の願い全て叶えるぞ!」
そう言った俺を見て鶯丸はキョトンとした顔をし、フフっと笑みを浮かべて言った。
「あぁ、俺たちは今日も馬鹿やってるな。」