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    ぽえうぉ

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    ぽえうぉ

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    めぐゆじのめっちゃ暗ェ話の思いついたとこだけ。肉付けは気が向いたらするかも知れないしもう二度と書かないかも知れないしみたいな何かです。
    物理的には死んでないけど心がめちゃ死んでいます。
    220816追記

    #めぐゆじ
    landOfOnesBirth

    釈迦曼荼羅阿修羅生れ生れ生れ生れて
    生の始めに暗く
    死に死に死に死んで
    死の終りに冥し

            ―――空海「秘蔵宝論」


    第一異生羝羊心の章

    序.

     虎杖悠仁は五月に眠った。
     以来、目を覚まさない。もう、三か月も前のことだ。

     過日。その記憶。思い出話とするにはあまりにも「過去」に満たない。ゆえに、伏黒恵は苦悩している。三か月という時間は月日だろうか、単なる時間の連続性を証明する尺度に過ぎないだろうか。あれを「過去」と呼ぶにはまだあまりにも肌の感覚が生々しいのに、だが昨日のようと言うには、心がはるか昔を彷徨いすぎている。いずれにしろ、伏黒恵は言う。それを認めるなと言う。過去にするなと言う。してはならないと言う。
     伏黒恵は虎杖悠仁と最後に話した日のことを思い出し、そして思い出すたび、「思い出す」という行為そのものの不可逆性、自らの心に知らず知らずのうちに巣食った、緻密な網の目のような「美しい記憶」の、その取り返しようのなさに絶望する。
     あの日、虎杖悠仁と最後に話したのは自分だった。だが、あれは誓って「会話」などではなかった。そんな大層な名目を与えられるほど充実したやり取りなどした覚えはなかった。ただ日常があった。部屋の前で2、3言何かを交わした。どうでもいい内容だったはずだ。毎日、小さくそういう言葉を重ねた。それが彼らを繋ぐ対話だった。誰かに聞かれることも、漏らされることも、脅かされることもない、小指と小指とがわずかにすれ違うような刹那の交流。
     虎杖悠仁に「明日」さえ来ていれば、それはそういうものだった。虎杖悠仁が眠ってなどいなければ、彼らが交わしたあらゆる言葉を伏黒恵はゆるやかな時の流れにいつでも放流出来た。だが、いつ忘れてもいいような、たった数秒の取るに足らない軽口が、来ない明日の前では永遠の持続性を持ってしまう。
    「どんな話をしたんだい」
     不意に問われて、伏黒恵は思わず言葉を飲んだ。どんな話。そう、どんな話をしたのだったか、自分たちは。
     伏黒恵は思い出そうとする。「あの日」が虎杖悠仁を眠らせるきっかけになってしまった可能性と、それと同時に目を覚まさせるための手段となりえる可能性のために、記憶の水底を懸命にさらう。だが、その必死の指には何も引っ掛かりはしない。あれは本当に透明な会話だった。目に見えて、耳に聞こえて、触れた。でも存在していないのと同じだった。ただ当たり前に、純然たる事実、翻しようのない真実だけをまとって、透明のままそこにあった言葉だった。
     連綿と続く日常のたった一コマの話だ。それは些細で貴重ではない。どこにでも有り得て、だが二度と帰らず再現性もない。人間の脳はかくも容易く昨日を忘れてしまう。二人だけが共有を許された籠の中の記憶は、淡ければ淡いほど美しい光をまとうはずなのに、わずかな残り香もその場に留めてはおけない。その残酷を見つめることが、伏黒恵には出来なかった。恐ろしかった。
     伏黒恵は虎杖悠仁との最後の対話を、思い出すことが出来ない。
     ただ、虎杖悠仁は五月に眠り、八月の今も目を覚まさない。それだけが今ここにある現実で、覆しようのない無力の証明だった。自分があんなに近くに居たのに、という痛烈な悔恨だけが、伏黒恵の心に黒い澱となって沈殿している。
     伏黒恵は、悪い夢を見ているのだと思いたかったし思い込もうとさえした。そうであってほしいと何度も祈った。祈り! そう、祈りだ! 途方もなく無意味で無力な願いに縋る、直視出来ぬほどの我が愚かさ。呪術師の自分が、「祈り」などという軽薄をこんなにも簡単に口にする。これが夢なら、何もかもが虚構なら。果たされることなき、その空虚な切願。伏黒恵は、祈って、祈って祈って祈って、ずいぶん昔に知ったのだ。祈り、その先で、何が出来る? 膝をついて、指を絡め、いくら祈っても何も変わらない。誰も救えない。だから祓うと決めたのに、結局自分は途方もなく愚かで、無力で、虎杖悠仁は目を覚まさない。自分の力はいまだに「祈り」に等しい。その圧殺されるような現実。
     虎杖悠仁が入院する病院からの帰路、伏黒恵は幾度となくさらったはずの記憶にもう一度手を泳がせた。何度も繰り返して、何度も打ちのめされているこの行為の反復は、ただただ自らの心を傷付けるだけでなんの成果にもならなかった。それを理解してなおやめられないのは、この自罰こそが今唯一の虎杖悠仁との接点となりえるのかも知れぬという、ある種の強迫的な観念のためだった。
     眠りに就く前も、恵はいつも同じ思惟に囚われる。
    (また俺を置いていく)
     「また」。恵は自嘲する。夢と現実の狭間にあってまろびでる、自らの本心、その幼稚さに、どうしようもない呆れを覚える。まるでだだをこねる子供だ。自分に与えられた始末にも自らが獲得した結果にも納得が出来ず、ずっと我儘を言っている子供。その因果を解明せぬことには、次に進むこともままならぬと思い込んであらゆる過程を棒に振る。それで何かが得られた試しなどないのに。
    (お前はまた、俺を置いて勝手に行くんだ)
     自らの無力をただならぬ強制力で思い知らされる時、その絶望を恵は「かて」にしてきた。そういう自負があった。深淵に立つ死の姿さえ踏み台にした。救われぬものを救うのではない、救いがたきものを救うのでもない。自らが行うべき救済の形は不平等で不格好だが、自らが心に課した信念だけは貫いた。
     だが……と恵は思う。だが……
     だが、今、自分にあるのは獣の心だ。そうだろう?
     そうだ。――恵は答える。
     お前の心には、獣がいる。そうだろう?
     そうだ。――再度、恵は答える。自らの問いかけに、自ら解を与えようとする。
     その獣をお前は今、持て余している。大きく育ちすぎた。見て見ぬふりをしているうちに。どうしても殺したいのに、死んでくれない。お前が心に飼っている……まさしく飼っているその獣は、野放しの暴力であり撃滅の化身、そういうものだ。だがそいつはお前の手を今、噛み千切ろうとしている。お前は予感している。痛み、焦り。お前は自分の無力を疑っていない。だからいずれ、内側から獣に食い破られる。お前にはその自覚があって、怯えている。次もまた、守れないんじゃないかと思って……その現実が、あまりに恐ろしくて。そうだろう?
     そうだ。そうだよ。そうだ………
     拙い問答の末に、恵は一瞬の夢を見る。
     それはあの日の夢だ。思い出せない記憶の夢だ。相変わらず景色は遠く、霞んでよく見えない。それでもあの日の夢なのだ。ほの明るい闇の中に、虎杖悠仁の口元が見えるのだ。その微笑みが分かるのだ。それから互いの唇が静かに動いて、何か優しくてうつくしい、あの言葉を紡ぐのだ。
     だが、起きた時にはもう何も覚えていない。恵はただぼんやりと、昨夜のうちに溶け出た夢の残滓を辛うじて握りしめるようにして、そういう夢を見た、というからの実感だけが残る体を引きずって今日という一日を過ごす。その無明。
     これは、伏黒恵の懺悔だ。その記録だ。置き去りにされた心のすべてだ。
     誰も耳など傾けるまいと思って中途半端に語られた彼らの青い春は、その半端ゆえに決して消し去れぬ残痕となった。鮮烈で、無色で、それがゆえに誰も知らない。
     だから、誰かが語らねばらないのだ。無垢なるその真実。誰もが侵しようのない、絶対的な神聖の内側。彼らが交わし、そして果たされなかった約束。
     彼らの苦悩はどうして始まり、どうして終わったのか。

     では、始めよう。


    1.

     その年の夏は、苛烈な酷暑が連日続き殺伐としていた。その日も朝から猛烈な日差しが一帯から根こそぎ涼を奪い去っていたが、伏黒恵はこの異常で過酷な夏のことを、煩わしいと感じていなかった。額から一筋汗が伝ってその強張った顎に落ち、それが幾度となく繰り返されても、うつろな心には何も分からなかった。
     陽炎揺らめく灼熱のアスファルトの上では、腹の白い若い蝉がこと切れていた。八月のむせ返るような暑さは立ち上る死の瘴気に満ちてなお酷薄で、死にゆく心にはむしろ、それが正常とさえ思えた。
     ただひたすらで、猛烈で、吐き気を催すような後悔だけ、それだけが今、伏黒恵の感情に唯一輪郭を与えている。
    「――あんた、顔色最悪よ」
     だから、闊達を絵に描いたような同級生…釘崎野薔薇に自分の土色になった顔色を強い口調で指摘された時も、はじめ、伏黒恵はそれが自分に向けられた言葉であるというふうにはまったく認識しなかった。出来なかった。伏黒恵は、自分が誰かに懸念されるような立場にあるとは、心の底から考えていなかったのである。
     無言で俯いている恵に、野薔薇は再度、今度は先ほどよりいくらか声のボリュームを上げて話しかけた。
    「聞いてんの? あんたに言ってんだけど」
     さながら蒸し器の中に閉じ込められたような、粘ついた油照りの中に二人は立っていた。国道沿いの舗道は伸びっぱなしの雑草で道の半分が消えている。車通りの多い時間帯だった。車が走り抜けるたびに、焦げたガソリンの臭いとともに酷熱の風が地熱を巻き上げた。巨大な暖房の前に立たされているようだった。そんな暑さの中での会話だ。軽やかな応酬があるなどとは、野薔薇とて期待はしていない。だが、無視をされるのにはごく当たり前の感情として腹が立った。泥を詰めたような目で俯き、今日はまだ一言も喋っていない同級生のことを、無論多少は心配し、哀れと思う気持ちもある。だが何も、根掘り葉掘りその心配事を聞きだして、内情を暴き立て、ともに悩んでやろうなどとは考えたこともない。それは下劣な親切というものだ。あからさまなその絶望を、なんらかの言葉や態度で慰めてやろうと思ったこともない。そういう類の情緒なら、とうの昔に実家の屋根に向かって投げて捨てた。
     野薔薇は額に張り付いた前髪を振り払い、「無視かよ」と苛立たしげに言うのと同時に恵の肩を小突いた。
     初めて恵が顔を上げて野薔薇を見た。「なんだよ」そう短く答える唇に、ほとんど動きはない。
    「顔色、最悪! って言ってんの」
    「別に……お前に気にされるようなことじゃない」
    「気にしてねぇよ。顔色が気持ち悪いって話をしてんだよ」
     恵のつっけんどんな物言いに、野薔薇は怯むことなく思ったままを言葉にして打ち返した。この屈託のなさと正直さが、いくらか恵の気持ちを楽にしたのは事実だ。
    「悪かったな」
    「別に。このクッソ暑い中、バカみたいな低級呪霊ぶっ潰すためだけに駆り出されたうえに隣で辛気臭い顔されてちゃ、マジでやってらんないってだけ」
     その通りだな、と恵は思った。返事はしなかったが、納得した。「マジでやってらんない」とあっさり言ってのけた野薔薇の素直さに、恵はある種の清涼さえ覚えたのだ。と同時に、仕事にあたっては気を引き締めているつもりが、気付くといつもと同じことばかり考えている自分の情けなさに辟易した。どうしても心にこびりついて離れない穢れが、いつまでも自分の指を誘ってくる。ここを拭えと囁いてくる。
    「――虎杖のとこ、こっち居るときは毎日行ってるんでしょ」
     大型トラックがけたたましいエンジン音とともに駆け抜け、劣化したマフラーから、黒いガソリンが排気になって舞い上がった。鼻の奥を焦がす不快な臭いに、思わず恵は顔をしかめ、そして同時に、野薔薇の言葉に一方的なトゲを見出して返す言葉に迷った。見抜かれ、暴かれた恥があると思った。
     恵は息を吸って、吐き出すことなくそのまま飲んだ。実に不快な味がした。ガスと、草むらから立ち上る青い臭い。肺には熱のこもった空気が満ち、喉は渇きに張り付くようだった。
     恵は重たくつかえる胸の内に、正しい答えを無意識に問いかけていた。野薔薇の言葉は、決して「質問」などではない。分かっていても、「答え」を示したかった。
    「……別に、ただの見舞いだ」
    「そう」
     それ以上、野薔薇が何かを言ってくることはなかった。淡々と仕事をこなし、その日は痺れるほどの疲労とともに帰路についた。
     恵は、野薔薇の言葉の真意を結局は測り損ねた。あれはただの心配か。それとも……幾度も同じ考えが巡ったが、そこに深い理由や意味を問うのは自分にとっても相手にとってもなんの得にもならぬと結論した。


    【以下未】3.までを予定



    第二愚童持斎心の章


    序.

     蟻が這っている。
     小粒で、艶の濃い、黒い蟻だ。
     その蟻が、一つ前の座席に座る初老の男の襟の縁を、前脚で、せわしく掻きわけている。
     初老の男は、よく晴れた今日のような休日に相応しい、明るい水色のシャツを着ていた。その襟はバスの屋根にのぼった午後の陽ざしに白く晒され、明るい影を青く編んでいた。襟の縁を這う蟻の姿は、そのせいで鮮明だった。
     風のない車内は、春の終わりを思わせる遠慮のない光で眩しく、暑かった。バスが信号で停止するたび、夏を帯びた光はより明瞭になり、再びバスが走りだすと、その振動を受けてステンレス製の手すりの肌に白くきらめいた。
     虎杖悠仁は男の襟をじっと見ていた。正確には、恐れを知らぬその蟻の歩みから、目を逸らすことが出来なかった。次第、胸が悪くなってきた。人の勝手知らぬ規則性によって成立する虫の動きの、その不安に酔った。この蟻は、どこへ行くつもりなのだろう。まさかその襟の内側に潜り込み、人の皮膚の上を悠々と散歩するわけではあるまいな。
     虎杖悠仁は自らの余計な想像のために、自分の首元がいやに気になった。自分の首に蟻の気配はなかったが、確信は持てなかった。
     蟻は、相変わらず初老の男の襟の縁を、行ったり来たりとしている。退屈を知らないようである。もしあの蟻が、ひとたび襟の内側へ落ちれば、さすがにあの男も蟻に気付くだろうか。あの蟻は、自らの大胆ゆえに、その短命を嘆く羽目になるだろうか。しかし息苦しい酔いは虎杖悠仁の思考力を奪った。目を瞑った。何はともあれ、気付いた男は不快だろう、と結論し、それから目は開けなかった。
     天の真ん中にうたれた太陽は、ひなたに座る虎杖悠仁を乳白色の光の中に閉じ込めて、その額に、陽ざしの足跡を一粒残した。いっそう暑い日だと、虎杖悠仁は思った。
     目的の停留所へ着いた時、目の前にいたはずの男の姿はもうなかった。蟻の行方は、ついに不明となった。

     高校を卒業してから一年が経った。進学ははなから選択肢になかった。就職し、一人暮らしを始めた。どこにでもある環境の変化があるばかりで、まったく、今の彼の生活にはもうドラマらしいドラマもない。
     高校時代はそれなりにスポーツをやっていた。祖父が亡くなったあとも結局決まった部活に所属はしなかったが、大抵の運動部に顔を出した。そこそこの成績を残す手伝いは出来たほうだと思う。その思い出は虎杖悠仁の人生における、小さくも大きな勲章だった。
     社会人になった今も体を動かすことは好きで、社会人向けのフットサルサークルに時々参加する。ただ、何をするにしたって高校時代ほどの熱心さはない。虎杖悠仁は多くのことをあの時代にやりすぎた。自分の体は驚くほどに健康で、有り余る体力と気力に満ちていた。真面目になんらかのスポーツと向き合えば、今とはまったく違った成果や生活もあったかも知れない。だが虎杖悠仁は自分の人生の最優先事項を「家族」としたことになんら後悔を覚えていない。ただ、社会人になってからはむしろ、いっそ凡庸であろうと努めた。複雑な家庭環境で育ったのは確かだが、その因果を大人になった自分に背負わせたくなかった。
     友人には幸いにも恵まれた。職場での人間関係も悪くはない。社会人になって、いよいよ酒の味も覚えた。覚えたての酒は別段うまいということもなかったが、平凡な己が己を語るためには不可欠な小道具だった。虎杖悠仁は高校時代の華やかな活躍を、酒の勢いを借りて語った。同級生が、「覚えてるよ」と言い、まるで自分を一つの伝説のように語ってくれる時、虎杖悠仁はその言葉が気持ちよく、嬉しかった。
     青春は、過ぎてみて、はじめて美しかった。
     社会人である彼は、まだ十分に若かった。青春を謳歌しうる才能と知己と清潔に恵まれていた。しかし虎杖悠仁は、あの青い夢想の中にもう一度戻っていきたいとは、微塵とも考えなかった。思い出は美化されて、初めて老いるのだということを、虎杖悠仁は知っていた。彼は存外に利口であり、いくらかは、皮肉屋でもあった。思い出を、ただの一つも美化せずに語れる自信が、あるいは覚悟ともいうべきものがなかった。彼はそういう意味では、驚くほど純粋で、若かった。
     そうだ。彼は今、社会人となって、どこにでもある真っ当で真っ白い人生を歩もうとしていた。過去に捉われるべき事由をなんら持たぬ人生。ささやかだが偉大な青春の思い出が、これからの自分を支えていく。小さなコミュニティでいい、小さな営みでいい。自分の居場所が確かにあって、守るべきもののビジョンもはっきり見えていて、生活とか人生だとかいうものが極々ミクロな自分の世界の話として収まって、自分のために誰も傷付くことがない。そういう地平、そういう景色を虎杖悠仁は望んだ。自分が死ぬ時まで、ただ平穏で平凡であらゆる痛みと苦しみから切り離されて、いつか出来るかもしれない「家族」が、ずっと自分の傍で笑っていられるような。
     だから虎杖悠仁は、それ以上の幸福を望みはしない。
     もう二度と望みはしない。
     身に余るような幸福など望みはしない。
     誰かを傷付けなければ達成出来ない幸せを望みはしない。
     愛など望みはしない。
     だって、あれ以上はない。
     あれはあまりに完成された、最後の
     ――――――――――――。
     最後の
     ―――――――――――――――。
     最後の
     最後の 最後の 最後の

    「―――い」

     完成された、

    「――――い」

     最後の

    「――――――い」

    (最後の?)

     こないで、
    (こないでくれ、)
     こないで、
    (こないでくれ、)

     くるな。
    (くるな。)
     くるな。
     くるなくるなくくくく縺企。倥>縺ァ縺吶ゅ%縺ェ縺〒縺上□縺輔>縲よ叛縺」縺ヲ縺翫>縺ヲ縺上□縺輔>縲よ昏縺ヲ縺ヲ縺上□縺輔>縲よ昴>蜃コ縺輔○縺ェ縺〒縺上□縺輔>縲よご縺励∪縺ェ縺〒縺上□縺輔>縲や蔓縺ェ縺帙※縺上□縺輔>縲ょ勧縺代↑縺〒縺上□縺輔>縲


     蟻が這っている。
     小粒で、艶の濃い、黒い蟻だ。
     その蟻が、一つ前の座席に座る初老の男の襟の縁を、前脚で、せわしく掻きわけている。
     虎杖悠仁は窓の外に視線を投げて、それからもう一度、改めて前の座席の男の襟を見た。
     男の頭は蟻の形をしている。
     その首が180度回転してこちらに向く。
     アンテナのような触覚が、二本、規則性のない旋回を繰り返している。
     その巨大な複眼に、自分の顔がいくつも映り込んでいる。
     蟻の大顎が左右に開き、その開閉に合わせて歪んだ野太い声が聞こえる。
    「最後 の」
     虎杖悠仁は、胸が悪くなるのを感じて目を瞑った。男の襟の縁を歩く蟻の行方を思った。生きているかも知れない。死んだかも知れない。分からない。分からない。分からない。

    「最後 の、何?」

     五月にしては、陽ざしが強かった。額に少しだけ汗を掻いた。
     ステンレス製の手すりに光が踊っている。
     明滅。
     目的地にバスが到着した。
     蟻の行方はついに、不明となった。
     明滅。
     高校を卒業してから一年が経った。進学ははなから選択肢になかった。就職し、一人暮らしを始めた。どこにでもある環境の変化があるばかりで、まったく、今の彼の生活にはもうドラマらしいドラマもない。
     明滅。
     青春は、過ぎてみて、初めて美しかった。
     明滅。
     酒の味を、覚えた。
    「覚えてるよ」
     喜び。嬉しさ。
    「覚えてるよ」
     喜び。嬉しさ。
    「覚えてるよ」
     ああ。
    「覚えてる」
     ああ。ああ。ああ。

    「覚えてる。お前が全部殺した。覚えてる。お前がぜんぶおぼえてるおまえがぜんぶころしたおまえがぜんぶころしたころしたころしたころしたころしたころした」

     明滅。
     暗転。


    【以下未】3.までを予定




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