ちゃんと言ってよ「あんた達、付き合ってんのよね?」
本日、午前中は座学のみ。体力的にも気持ち的にも穏やかなランチタイムに、釘崎から一発の爆弾が投下された。
食べかけの味噌汁に入ったワカメを盛大に吹き出す虎杖に「汚なっ」と言いながら釘崎が布巾を差し出してやる。
「で、どっちから告白したの?」
伏黒は飲みかけのお茶を気管につまらせ、危うく窒息しそうになった。
ゲホゲホとむせる伏黒に虎杖はティッシュペーパーを渡し、背中を摩ってやる。
「誤嚥か?ジジくさいわね」
相変わらず口が悪い。
「釘崎ぃ! いきなりすぎんだろ、いつもだけど」
なあ、どう答えたら良い?と動揺し伏黒の顔をチラチラと見ながら、ヘルプを求める虎杖に、あからさま過ぎる……と伏黒は頭を抱えた。
こんな問いの回答は持ち合わせていないし、興味もなかったので学んでもいない。
「早く白状しろよオラオラァ」
釘崎からの圧は怖いが顔は笑っているので、別に怒っているわけではないらしい。確かに釘崎には二人の関係について、相談も報告もしたことはなかった。
お互いの気持ちに波風立てず、そっとして見守って欲しいような、ぼんやりしたものだったから。まだ言わなくても良いか、くらいに思っていた。
ポーカーフェイスの伏黒には何を言っても反応が薄いので、もっぱら虎杖に矛先が向く。もっと上手く誤魔化せば良いのに、ド直球な反応しか出来ない虎杖にため息を吐く。どうせ二人とも釘崎に舌戦では勝てないのだ、自分が加勢をしてもと思いつつ、伏黒はいつものように助け舟を出してしまう。
「気が付いたら、こうなってたけだ。特に明言はしてないな」
「そ、そーなんよ」
あはははーとその場を誤魔化しに掛かる虎杖に「はっきりしろよ」と釘崎の額に怒りマークの血管が浮き上がる。
(ヤバいよ、どーすんのこれ? なんかめちゃ怒ってるよ、釘崎怒ると面倒くせえよー)
癇癪を起こした釘崎が理不尽に怖いことをよーく知っている虎杖は、対応の全てを伏黒に丸投げした。
頼む伏黒! キラキラとウルウルを眼に湛えて虎杖が見上げてくるので、今日二度目のため息を吐いた。
(その顔に弱いのを知ってやってるだろ、小悪魔か!)
「じゃあ、付き合ってるって認識はあるのね。お互に確認も同意もなしで、交際って成立するもんなの?」
え、そこが問題?と予想外の釘崎の問いに二人とも顔を見合わせた。どう答えたものか。
「俺、恋愛初心者だし〜そんなん言われても〜」
「一緒にいて心地良いとか、二人の気持ちが同じだと感じたら、それはもう付き合ってることになるんじゃないのか?」
伏黒は飲みかけのコーヒーに口を付けると、チラリと釘崎の顔色を窺ってみる。こんなので納得してもらえるか謎だが、理解してもらえるとありがたい。
釘崎は「男ってそーなの?」とブツくさ言いながら、「イヤイヤ違うでしょ!」とまた話を振り出しに戻す。
「ちゃんとしてよ! お互いの気持ちを確認し合って、付き合う事になりましたってみんなに報告してよ!」
「必要か、それ?」
「これだから男ってやつはよぉ。私がそーして欲しいの」
「理不尽! お前の怒りの矛先と情緒が分かんねーよぉ」
「男女の見解の相違ってやつか」
いまだ喉にお茶が引っかかっているのか声が掠れる。ジジ臭いと言われた事を思い出したが、咳払いをして伏黒が続ける。
「女子は交際していると相手からの言質が欲しい、男は実質交際状態ならそれで良いって、男女間の思考に差が有って、喧嘩になるって……」
「なんなの伏黒! そのいかにも経験ありますって感じは! 俺が初めてって言ったじゃん!」
言葉の途中で伏黒に縋りついてくる虎杖を「くっそ可愛いな、こいつ」と心中叫びながら、
「本で読んだんだよ」
伏黒はこれ以上ない虎杖の可愛い反応に、これが答えだろ! という言う顔をして釘崎を見た。
「違ーーう! 呪術師とかしてるとさ、いつ死ぬかわかんないじゃん。特に命投げ出したがりなあんた達だからさ、死ねない理由とかあれば良いのにって思うじゃん。同期二人がくっ付くとか弄りたいし、お祝いの一つや二つ言ってやりたいじゃん」
「何だよそれ、めっちゃ感動すること言ってんじゃん」
(弄りたいのか……)
伏黒は突っ込みを入れて笑いで落としたかったが、虎杖の素直な感動にタイミングを逸した。このままネタにされるのも嫌だが、と言って釘崎の言い分は最もではある。このまま無視すると釘崎は面倒……いや釘崎に失礼だし。
ここは素直に礼と宣言だけでもしておくか、と思い直す。
「お前がそんな風に思ってくれているとは知らなかった。交際している事を黙っていてすまない。俺たちは……」
「待って、折角だし真希さん達呼んでくる」
今ここで伝えようとしているのに、釘崎は食堂から飛び出して行った。
おい、ちょっと待て。
「釘崎のやつ、どゆこと? 先輩達の前で言えってこと? 恥ずいんだけど」
「ぶっちゃけ俺はどうでも良い。けど、お前が嫌ならこのまま逃げようか?」
伏黒は虎杖にしか見せない淡い笑みを浮かべながら、どうすると問うてくる。
普段は目立つ行動を控えるはずの伏黒が珍しい。マジか?と大きめの目を更に見開き、伏黒の瞳に真意を探る。
(皆んな揶揄うだろうけど、偏見なく受け入れてくれる、優しくて心の温かい人達ばっかだ。言っちゃっても良いのかな、これってカミングアウトってやつ?)
「じゃあ、虎杖からね」
「俺から? う、えっと……伏黒とお付き合いする事になりました?的な?」
「ちょっとぉ、先に告白からじゃないの?」
食堂に急遽呼び出された2年生と、真希の携帯で脹相と東堂にもオンライン中継され、やっぱ辞めようと背を向け食堂から逃げ出したくなる。食堂の賄いさんまでもが笑顔で拍手している。
『ブラザー、男らしく告れ!』
『悠仁、お前たちのことは皆んな知ってるから大丈夫だ!』
携帯から聞こえる脹相と東堂の励ましの声も、冷やかしにしか聞こえない。
(ネタにされんの俺は別に良いけど。伏黒は嫌だろうな、どーしよ)
「早くしねーと他の連中も飯食いに来るぜ」
携帯の向きを固定させたまま、真希が廊下の人影に目配せする。
「伏黒ごめんな。サクッと終わらせ……」
切羽詰まって頭から湯気を出している虎杖は、可愛いくてずっと見ていたい気もするが。
(これは他に見せたらいかんヤツだ)
これは自分の特権であって他人にお裾分けするものではない。何故釘崎に付き合ってこんな事をやるのか、虎杖の優しさと人の良さを勘違いして、群がってくる輩を牽制するためだ。
(ここではっきり宣言しねーと。初めて会った時から俺はお前に特別を感じていたんだ!)
伏黒は虎杖の肩を抱き、自分に引き寄せた。
「好きだ、虎杖。付き合ってくれ」
「っ……」
ヒュッと息も時間も止まってしまった感覚。ほんの一瞬のことだったが。
思わず目を閉じて訪れるキスを待ってしまいそうな、見慣れた角度と距離で。人前だからそれは出来ないが、伏黒の瞳にいつもより力と熱を感じて見惚れてしまう。
(こんなイケメンに告白されて、しかも人に見られてるとか訳わかんね。釘崎の言う通りちゃんと気持ちを伝えてもらえるって、こんなに情緒やべーの?)
「伏黒、なんかすげーね。心臓バクバクする」
「おーい、二人ともキスしないのか?」
パンダが撮れ高を狙って動画撮影に励んでいる。
(頼む、五条先生にだけは見せないで欲しい)
伏黒が「もう良いだろ」と釘崎にお開きを提案する。
こんなに頬を上気させ勝気な瞳を潤ませる虎杖を、これ以上衆目に晒してたまるか。
「二人とも、別れる時もここで宣言ね」
釘崎の目が三日月のようにニンマリしているが、断じてそんなことにはならない。
「別れねーよ」
「うえー、そんな事言う? 折角釘崎に感謝したのに」
伏黒が虎杖の手を引いて退散しようとすると、トントンと肩を叩かれた。
伏黒が振り向くと、棘がすぐ後ろに立っており特別仕様の制服のチャックを下ろす。口元の呪印が顕になる。
いつもならパンダと一緒に悪ノリし、場を盛り上げたりするはずなのに。
今までおとなしかったのは、まさかここで?
「「「みんなハッピーになれ!」」」
ビーンと棘の言葉が全員の脳を打ち抜いた。
一瞬の静寂の後、頭の中がお花畑に変わった。
「狗巻先輩ありがとー」
何に対しての礼なのかよく分からないが、虎杖がニコニコ笑いながら棘に礼を言う。さっきから伏黒に腕をまわしベッタリとくっついて離れない。
呪言効果か?
「先輩、高専内で呪言使って良かったんですか?」
「しゃけしゃけ」
良いって事らしい、後で怒られないと良いが。
何かに気付いた棘が入り口に駆け寄り、扉を開けた。そこには任務でちょっと草臥れた乙骨が立っていた。
「酷いよ〜。僕が帰るまで待ってて欲しかったよ。伏黒君の告白聞きたかったねぇ、リカちゃん」
食堂に入るなりそう言うと、刀剣をリカに渡しながら悔しがる。
純愛に一家訓有る男、乙骨憂太。
「勘弁してください」
「ところで、みんな酔っ払ってるの?まさか呑んだとか?」
呪言の影響と思われるが、皆一様に酔っ払いそのものだ。脹相と東堂は電話越しでもへべれけだったので、早々に通信をカットした。
禪院家の遺伝子なのか(酒豪揃いらしい)伏黒と真希だけは素面を保てている。そうは言っても、己に身を寄せて笑ってくれる虎杖が側にいるだけで、伏黒もハッピーに違いない。頬が自然に緩んでしまっている。
「これでムッツリ重油男も、少しは落ち着きますね〜真希さん」
釘崎も真希を相手に心の声をダダ漏れさせ、周囲を凍り付かせる。
「私も真希さんと交際宣言やるんだ〜。高専内で付き合う人は恒例ね〜」
ん?乙骨と伏黒が顔を見合わせ、言外に目線だけで真希に問いかける。
「私も今初めて聞いた」と苦笑いしている。
棘も言葉を発しようとしたが、慌てて口を押さえた。驚きのあまり変な呪言を発してはまずい。
「俺達は釘崎のリハーサル代わりにされたわけですね」
軽い頭痛に伏黒は額を抑えつつ、釘崎は単なる思いつきだけでなく、自身のことも重ねての言動だったか、と自分の鈍さを感じていた。
(ネタにするためだけに、ここまでやらねーか)
釘崎も真希に想いを寄せていたなら、さぞや伏黒と虎杖の様子に自分達を重ねてヤキモキした事だろう。
「やけに真希さんに懐いてると思ってたけど、釘崎さんそーだったんだね!」
乙骨と棘はパンダに駆け寄り、酔っ払っている場合じゃないよ、とコップに水を注いでやる。
「まあ野薔薇が貰ってくれるらしいから、私の嫁の行き先決まっちまったな」
真希の様子も満更でもないように見える。
この先どうなるか分からない人生で、釘崎曰く生きる理由が、死ねない理由が増えるのは良いことだ。
昼休みの残り時間も後少し。
酔いどればかりが次の授業を受けられるかは謎だが、ここにいても気まずさと恥ずかしさが残る。
釘崎のことは真希に頼んで、伏黒は虎杖を連れて教室に戻る事にした。
教室に戻ると虎杖が、
「呪言、もう解けてるよ」
未だ伏黒に縋り付いて、離れない虎杖がふわりと笑う。
「伏黒、俺からも言うね」
伝えてもらう事の素晴らしさを、伏黒にも知って欲しいと思うから。
「すげー好きだ。側に居て、ずっと」
言葉が出てこない。幸せすぎると無言になるのか、伏黒は少し震える指先で虎杖の頬を包み、そっと顔を近づけた。
お互い離れないと誓いを立てるために。