慈愛の獣慈愛の獣
白んだ光が差し込んでいる。微粒な埃が光を受けてチカチカと光る中を突き進んでいく。窓から伺える空はまだ藍色だ。
遠くから鳥の囀る声が聞こえてくる。腕に嵌めたロレックスの短針は五を僅かに過ぎた頃。毛足の長い絨毯の上を歩くと、地に足のつかない奇妙な感覚になる。
廊下の最奥にポツンと一つだけ取り付けられた扉の前で足を止めて、指紋認証ロックに指を翳す。開錠されたのを確認してチタン製のドアノブを引くと、中から滑り出した冷気がひんやりと足元を撫でて行った。
中は薄暗く、まだ家主が起きている気配はない。それを確認して足を踏み入れ、内側から鍵をかけた。チャーチのオックスフォードを乱雑に脱ぎ捨てて上がりこむ。日光を好まない家主の部屋はいつも厚手のカーテンが下げられているので、まだ太陽の上がりきっていない早朝ではどんよりと暗闇に沈んでいる。廊下の電気をつけて回りながら、最奥にある寝室の扉に手をかけた。ドアノブを押し込んだまま開扉すれば、ノブ内部の金属が触れ合うことも無いので静かに部屋に入ることができる。ダウンライトをつけて、ダブルサイズのベッドの上にこんもりと聳える山を視認する。侵入者の気配を薄らと感じたのか、シーツが僅かに衣擦れを起こした。
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