傾く前に出会えて良かったある休日。
ルークは自室でオンラインゲームをしていた。友人であるガイから紹介されたゲームだ。そういったゲームをするのは初めてだというのもあり最初は操作に慣れていなく、中々モンスターが倒せず苦戦したり道に迷ったりとしていたが、ガイに手伝って貰い少しずつ解消していきレベルも上がってきて、楽しさも感じてきた。
今日もガイにモンスター狩りを手伝って貰った後、中心街を散策する事になった。
賑やかな音楽が聞こえてくる。流石、中心街だ。沢山のプレイヤーで居て賑わっている。辺りを見渡すと、様々なエンブレムが掲げられている建物が多く建っている事に気が付いた。
「なぁ、ガイ。あの建物はなんだ?」
「あぁ!あれはギルドだな。」
建物を指さすと聞き覚えがない言葉が返ってきて首を傾げた。
「ギルド…ってなんだ?」
「ギルドっていうのは多くのプレイヤーが集まったグループだ。加入することでレベル上げが有利になったり、他のプレイヤーとよりコミュニケーションを取れたり、ギルド専用の特別なバトルに参加出来たりするんだ。」
「へぇー。楽しそうだな。」
「興味持ったなら、俺のギルド入るか?」
ガイの言葉に胸が高まった。
「いいのか!?」
「勿論。ルークなら大歓迎だ!」
「…じゃあ、宜しく頼む。」
ガイは「おう!!」とニカッと笑ってくれた。
今日は夜遅いので加入手続きだけ行い、後日ギルドの詳しい説明や施設の案内をしてくれる事になった。
*
ここだよな…。
後日ガイから教えて貰った場所に行くと、大きな建物が写し出された。ここがガイが設立したギルドというのだから驚きだ。
先日、ガイから勧誘を受け加入したばかりだ。今日はここで改めてギルドの説明をしてくれるらしい。早速、ギルドの扉を開けるが、ガイの姿はなかった。
外観もそうだが、室内もかなり広い。
各メンバーの自室、会議室、資料室、訓練場。様々な施設が並んでいた。
ここは武器庫か…。
気になって開けてみると、所狭しとレアリティが高い武器がずらりと並んでいた。驚きながら奥に進んでいくと緑髪の少年が倉庫を整理している所に遭遇した。何気なくその光景をじっ…と見つめていると、その少年がこちらを振り向いた。
「何、人の事をジロジロ見て。」
「え、い、いや…何でもない。」
「ふーん、そう…。」
そういうと少年は再び作業に戻ってしまった。…なんだか気まずいな。このまま、この静かな二人だけの空間にいるのは耐えられないし、別の場所に行こうかな。
そう思っていたら武器庫の扉が開いた。振り向くとガイが息を切らせながら立っていた。
「ルーク!遅れて悪いっ!!ここに居たんだな。」
「気にしてないぜ!!あ、勝手に入って悪かったか?」
「そんなことないぞ。ここはお前のギルドでもあるんだし、好きに出入りしてくれ。」
満面の笑みを浮かべるガイに、俺はほっとした気持ちになった。
ガイは視線を後ろにずらすと、先程の少年の姿を視界に入れた。
「お、シンクもここに居るなんて珍しいな!!ルーク、紹介するぜ。あいつがうちのサブギルドマスターのシンクだ。分からない事とかあったら、シンクにバンバン聞くといいし、俺が居ないときはあいつに手伝いを頼むといいぞ!」
「ちょっと、勝手に決めないでくれる?ボクは誰かの面倒を見るつもりなんてサラサラないよ。」
ガイの話を聞いていたのか、少年…シンクは心底嫌そうな顔をしながらこちらに来た。
サブギルドマスターって確かギルドマスターのガイの次に偉いんじゃ…。
「お前、サブギルドマスターだったのか!?」
「初対面でお前呼ばわりは無いんじゃない?あと、ギルドのメンバーくらい確認しなよ」
わざとらしくやれやれと、肩をしぼめるシンクに思わず言葉が詰まる。確かに失礼な態度を取ってしまったのは事実だ。素直に謝罪の言葉を言うと「ふーん、案外素直なんだね」とどうでも良さそうに返された。その姿に慌ててガイが間に入る。
「おいおい、不穏な空気にしないでくれよ。折角、同じギルドに加入したんだし仲良くな!」
「仲良しごっこなんて御免だね。さて、ボクは用事終わったからこれで失礼するよ」
ギルドを後にしたシンクを見て、ガイがあー…と声を出しながら頬をかいた。
「…悪いなルーク。アイツは言動はアレだが悪いやつじゃないんだ。寧ろギルド同士のバトルの時とか参謀総長として力を発揮したりしているんだ。アイツ自身も戦闘力はずば抜けているしな。なんだかんだ言っても、面倒見は良いやつだから安心していいぞ。」
「いや、俺も悪かったし、いいんだ。シンクって中々の実力者なんだな…。今度戦っている所、見てみたいな。」
*
翌日。
学校から帰宅し数時間勉強を行った後、ログインするとギルド内の自室が映し出された。そっか…。昨日、ガイからギルドの説明受けた後、そのままログアウトしたんだった。そんな事を考えていると、ふっとシンクの姿が浮かんだ。
今日INしているかな…。もし、しているなら誘ってみようかな…。
もしかしたら昨日と同じようにギルド内に居るかもしれない。そんな淡い期待を胸に自室を出ると、休憩スペースで武器の手入れをしているシンクの姿が目に入った。まさか本当に会えると思ってなかった。シンクは気配に気が付き、ちらっとこちらを見た。
「…なんだ、ルークか。」
「お、俺の名前知っているのか?」
「ギルド情報見れば、名前とか載っているからね。サブギルドマスターとしてメンバーの事くらい把握しているのは当然だよ。」
そういうと、手に持っている武器に目を戻し始めた。丁寧に手入れされている武器は光輝いていた。話しかけるのは今しかないと思った。
「なぁ…シンク…さん」
「さん付けは不愉快だから、呼び捨てでいいよ。…で、何?」
武器を机に置くと、俺の方を向き直してくれた。シンクの視線を感じ、柄にもなく緊張してしまう。
「も、もし良かったら、モンスター狩り手伝ってくれないか!?」
「はぁ?なんでボクがそんな事しないといけないの。ガイや他のメンバーを当たるんだね」
「うっ…ガイはこの頃仕事が忙しいみたいだし、まだ他のメンバーにほとんど会えていないんだ。それに俺が…シンクの戦闘見てみたいんだ。頼むっ。」
手を合わせるとシンクは溜息をついた。
「断ってガイに後々注意されるのも癪だしね。…仕方ないからいいよ。」
「本当か!?ありがとうなっ!」
「ハイハイ、ドウモ。」
早速ボスモンスターが沸く場所に移動すると、複数のモンスターが待ち構えていた。その中にはお目当てのボスモンスターも居た。向かってくるモンスターの大群を見て武器を握る手に力を入れると、シンクに「ねぇ。」と声を掛けられた。
「手伝うのは良いけど、あんまりボクの足を引っ張るなよ。」
一瞬の出来事だった。
風が横切ったと思った瞬間、あれだけ居たモンスターが全て倒れていたのだ。
モンスターの残骸を尻目に返り血を拭き取るシンクの姿に、その強さに鳥肌が止まらない。正に異名の烈風の如くだった。
「すげぇ…。」
これがシンクの実力…。
想像以上の強さに驚きを隠せず、ただ固まる事しか出来なかった。
「ねぇ、素材とか落ちたけど拾わないの?」
「あ…あぁ!今拾うっ。」
気が付いたらシンクが目の前に来て素材を指差した為、慌てて拾い始めた。
「…ガイから聞いていたけど、やっぱり強いな…。」
「…ソレハドウモ。授業終わってから、ずっとプレイしていたからこうなっただけだよ。」
「えっ…お前、学生なのか!?」
「そうだけど?」
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「一個違いだったとは思わなかった…しかも年上だったとは…」
「好みのものまで一緒とはね…」
お互い質問し合うと、意外な共通点が沢山見つかり驚愕した。主にルークが目を輝かせてぐいぐいと質問をしていた為、シンクは若干引い…いや、ドン引きしてた。
「こんなにも話が合うと思わなかった!」
「ほとんどアンタが一方的に話しかけてきただけどね。」
「ぐっ…悪かった。」
「…ふんっ」
その会話以降無言になった。二人の足音だけが響く。
俺は足を止めると、シンクも足を止めこちらを振り向いた。
「シンク…頼みがあるんだけど…。」
「何?」
「…また…誘ってもいいか?」
単独プレイを主に好むシンクだ。こういった誘いはあまり好ましくなかったのかも知れないと言った後に後悔が押し寄せる。そんな考えが顔に出ていたのか、シンクがふぅ…と溜息をついた。
「そんなに身構えなくてもいいんじゃない?…毎回は困るけど、たまになら付き合うよ。」
「良いのか!?」
「何その反応。アンタから聞いてきたんでしょ?」
「い、いや…そうだけど…。」
「だけど…何?さっさと言いなよ。」
シンクが眉間に皺を寄せながら、こちらを見て来た。
「いや…てっきり断られるかと思ったから。」
「はぁ…。アンタ、バカなの?」
「なっ!?バカってなんだよ。お前、単独プレイが好きって言ったじゃないか。」
「バカにバカって言って何が悪いの?確かに単独プレイは好きだけど、サブギルドマスターとして他のプレイヤーを育てるのもボクの仕事だ。まぁ、他のサブギルドマスターがまだそういうのに慣れていないから、優先して任せたいんだけどね。そもそも本当に嫌だったら最初に誘われた時から断っているよ。」
「じゃあ、本当にいいのか…?」
「何度も言わせないで。」
そういうと先に歩いて行ってしまった。
同年代のシンクとこのゲームでまた遊べる。
つい嬉しくてにやけた表情でガッツポーズをすると、振り向いたシンクに「気色悪い事しないで、さっさと歩いてくれる?」と言われてしまい、慌てて歩みを進めるのであった。
*
その日以来、お互いのペースを崩さない程度に交流が増えた。
今日は久しぶりに一緒に狩りに来ていたが、一通り倒し終えた為そろそろお開きにする事になった。
「なぁなぁ、今度個人チャットで話しかけてもいいか?色々話したい事あるんだ。」
「別に構わないけど…。アンタ今二年生でしょ?そろそろ受験勉強しなくていいの?」
「うっ…そういうシンクはどうなんだよ。今受験生だろ。」
「ボクは推薦で受かっているから良いんだよ。今も勉強していると思うけど、この時期からは全力で取り組んだ方はいいよ。志望校があるなら尚更だね、油断して落ちましたなんて良く聞く話だから。」
シンクに痛い所を突かれ、言葉に詰まってしまう。学校の成績が悪くはない寧ろ良い方だが、シンクの言う通りだ。油断して志望校に落ちるなんて嫌だ。
「…そうだよな。ごめん、チャットの話は忘れてくれ…。あと…これからしばらくログイン出来なくなると思うから。」
「…そう。まぁ、あんまり根詰めて潰れないようにしなよ。…一応これ渡しておく。」
そういうと個人チャットにIDが送られてきた。聞くとシンクのSNSのIDという。
「たまになら話聞くくらいならしてあげても良い。」とぶっきらぼうに言うシンクに苦笑交じりにお礼を言った後、お互いゲームをログアウトした。
その日からルークはシンクに話した通り受験勉強に集中する為、ゲームにログインしなくなった。今日も自室の机に座り、教科書と睨めっこしていた。
息抜きをする為スマホを開くと、シンクからDMが来ていた。
そこにはお守りの画像と「受験、応援してる。邪魔しちゃいけないの分かっているから返信は不要だよ。」と書いてあった。シンクがわざわざ神社に行き、お守りを購入したのだと分かると心がじーんと暖かくなった。
「よし、やるか!!」
もう一度机に向かう。
自分の為に。そして、応援してくれている友人に良い結果を伝える為にも。
*
翌年の3月の中頃。
シンクはいつも通りに一人でゲームをしていた。探索を一通り終え休憩していると、ふっと脳内にルークの姿が浮かんだ。
そろそろ受験の結果出たかな…。
邪魔してはいけないと思い、お守りの件以来こちらからはほとんど連絡を送っていなかった。そんな事を考えていると個人チャットの通知音がなった為、開いてみたらルークからだった。それだけでも安堵する。
ル:シンク!!こんばんわ!
シ:こんばんわ。受験お疲れ様。結果出た?
ル:あぁ!無事、志望校に受かったぞ✨ありがとうな!シンクのおかげだ!!
その言葉に再び安堵する。ルークの実力を甘く見ているつもりはサラサラないが、万が一の事も想定した為、その言葉を聞けて本当に嬉しかった。
シ:別にボクは何もしてないよ。全部アンタの実力だ。
ル:そんなことないぜ。シンクの言葉が俺を勇気づけてくれて元気をくれたから、俺は受験勉強乗り越えられたんだ。ありがとう。お守りの画像凄く嬉しかった。
シ:…そう。改めて、合格おめでとう。
それは心からお祝いの言葉だった。
*
合否が出た翌週。
ガイがログインした為モンスター狩りに誘ってみた所、二つ返事で引き受けてくれた。
「今だ!!ルーク!」
「おう!!」
ガイの攻撃で怯んだ所を一気に畳みかけると、モンスターは叫び声を上げながら倒れていった。辺りに素材が散らばった為、意気揚々と拾い始めた。その様子を真剣な表情をしたガイに見られているとは知らずに。
ある程度モンスターを倒した為、一息付いているとガイを声を掛けられた。
「ルーク、ちょっといいか?」
「どうした?」
振り向くと、ガイは真っ直ぐとこちらを見ていた。
「…ルーク、サブギルドマスターにならないか?」
「はぁ!?俺が!?待て待て、俺まだガイやシンクみたいに強くないし、まだまだこゲーム始めてからそんなに経っていないやつだぞ!?」
「日数とか強さは関係ないさ。お前には洞察力や判断力がある。何よりこのゲームを本当に楽しそうにプレイしている。俺はそういう人にサブギルドマスターになって欲しいんだ。」
「ガイ…」
「そんな身構えなくていいぞ。サブギルドマスターって言っても、加入の申請とかが出来る様になるだけでそんなに今と変わらない。お前、今でも他のメンバーの面倒見てくれているしな。それに俺はお前に無理強いするつもりはない。」
正直悩んだ。でも、そういった役職に興味が無いというと噓になるし、何よりガイが俺をゲーム内でも認めてくれている事実が嬉しかった。
「ガイ…俺…やるよ」
「ルーク…。一緒にこのギルドを盛り上げて行こうな。これからもよろしく頼む。」
「おう!!」
俺とガイは拳を合わせ笑い合った。後日ガイを手続きを行ってくれ、正式にサブギルドマスターになった。ギルド情報欄の名前の上部に「サブギルドマスター」と記載されている文字を見ると、本当になったんだと実感が沸き、嬉しさが込み上げて来た。この気持ちを話したい、そう思うと脳裏にシンクの顔が浮かんだ為、早速連絡を取った。
ル:シンク!!俺、サブギルドマスターになった!シンクと同じだぜ!
シ:ガイから聞いたよ。同じ立場だからって甘やかしたりしないからね。
ル:そういうと思った!これからも宜しくな!
翌日からサブギルドマスターしての仕事が始まった。
ガイが言ってた通り、加入申請や新しい加入者にギルドの説明、狩りやクエストの手伝いなどが主の仕事だった為、そこまで身構えずに行う事が出来た。俺が説明時に言葉に詰まった時、シンクがさり気無くフォローしてくれたり、後日アドバイスをしてくれる。そんなシンクの存在が頼もしく、大きく感じた。
ル:シンク、いつもありがとうな。
狩りの途中、感謝の言葉を言うとシンクは変な物を見るような顔でこちらを見てきた。
シ:何?急に。頭でも打った?
ル:打ってねーよっ!!ただ、サブギルドマスターの仕事をいつもフォローしてくれたり、狩り手伝ってくれたりしてくれたから感謝の言葉を伝えようとだな…。
シ:これくらいで感謝の言葉とかまどろこしいからいいよ。それにアンタはサブギルドマスターの仕事にまだ慣れていないだろうから、フォローするのは当たり前だ。狩りの手伝いに関してもね。アンタ、筋は良いんだし、統率力もある。サブギルドマスター向いているじゃない?
ル:本当か!?
シ:なんで、こんな事に嘘つかないといけないのさ、バカバカしい。
そう言いそっぽを向くシンク。
コイツ、なんだかんだ言って、案外人の事ちゃんと見ているんだな…。
俺だけじゃない。他のプレイヤーに対しても、見ているからこそ厳しくも的確なアドバイスをしたり、その人に合った戦闘方法や武器を教えたり出来るのだろう。だから、こんなにもガイや他のギルドメンバーにも慕われているし、教わったプレイヤーは格段と強くなるのだろう。
本当に偉大な人だな…。
その行動力も強さも、今は届かないと分かっている。
でも、いつかその背中に追い付きたい。そう思わずにはいられなかった。
*
それから月日が流れ、お互い学生生活を終え社会人になった為、忙しさからか少しだけゲームにログインする時間が減った。ガイにその事を伝えたら、「リアル優先で全然良いんだぞ?ゆるいギルドだから気にするな!!」と言われて安心した。
シンクとはDMなどで会話をする機会が増えた。お互いに社会人経験が浅いのもあり、仕事の悩み事とかをよく話している。今日も話を聞いて欲しくてシンクにメッセージを送った。
ル:仕事、お疲れ様。
シ:お疲れ様。
ル:はぁ…仕事疲れたぜ…。…なぁシンク…仕事って難しいよな…。分からない事ばかりで迷惑かけている気持ちにもなるし…。
シ:まぁね…。一年経っても分からない事が出てくる訳だし、まだ入社したばかりなアンタが分からない事だらけなのは当然だよ。上の人間は教えるのも仕事の内だから迷惑なんて思う必要はない。アンタがやるべき事は聞いて少しずつでも出来る様になる事だ。ボク自身出来なかった事、分からなかった事を悔やむより、次出来れば良いって思っているしね。……応援してる。
ル:シンク…、そっか…そうだよな。ありがとう、シンクに聞いて貰えて良かった。俺、少しずつ出来る事増やしていくから。
シ:アンタ、抱え込むタイプなんだから無理しないでよね。あ、そうだ。この前言ってたアンタが好きそうなお店のリンク送っておくね。行った事あるけど、中々良かったよ。
シンクはDMで多くの店のリンクを送ってくれたが、どの店舗も俺好みの店だった。興奮のあまり自然と文字を打つスピードが速くなる。
ル:いいな!行ってみたい!!
シ:じゃあ、来たらいいじゃん。案内してあげてもいいし。
ル:良いのか!?あ、でも…今忙しいしな…。
シ:何も今来いとは言ってないでしょ。仕方ないから、アンタが落ち着くまで待ってあげるよ。
「ははっ、シンクらしいな。」
その言葉に思わず画面ごしに笑ってしまった。
いつかシンクに会う。それだけでも楽しみな気持ちと、これから自分なりに精一杯やろうという気持ちになった。今より成長した姿を見せる為に。
*
ルークの誕生日があと一か月に迫ったある日、シンクからメッセージが届いた。
用件がない限りシンクの方から連絡が来る事はない為、珍しいな…と思った。
シ:ねぇ、アンタ来月誕生日なんでしょ?渡したい物があるから、良かったら住所教えなよ。
メッセージを見て、持っていたスマホを床に落としそうになった。あのシンクが…俺に??嬉しさと気を使わせちゃって申し訳ない気持ちでいっぱいになり、震える手で返信を行った。
ル:ありがとうな!!住所は○○だ。な、なぁ…本当にいいのか!?
シ:良くなかったら、こんな事言わないよ。来月贈るから、ちゃんと受け取りなよ。
お礼を言うと、「ボクが渡したいだけだから、お礼なんていい。じゃあ寝るから。」と返信が来た。
俺もそろそろ寝ないとな…。そう思い、ベットに横になる。
来月か…、楽しみだな。沸き立つ気持ちを抑えながら眠りについた。
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誕生日当日の仕事帰りに急いで郵便局に寄り、シンクからのプレゼントを受け取った。
シンク…字綺麗だな…。
宛名に書かれている達筆な文字をまじまじと見てしまう。こうして見ると、本当に送られてきたんだと実感する。オンラインで知り合った人から、しかもシンクからこういったプレゼントを貰ったのは初めてだったので嬉しさのあまりプレゼントの入った紙袋をぎゅっと抱き締めた。
早速、自室で紙袋を開けてみるとオレンジ色の巾着袋が入っていた。その中にはエビ煎餅やご当地のお菓子、高級そうな箱に入ったボールペン、そして一通の手紙が入っていた。自分が好きな物、欲しかった物を送ってくれたのも嬉しかったが、何よりこれらを時間を割いて選んでくれた事が何よりも嬉しく思えた。
手紙には、
「誕生日おめでとう。ルークにとって幸せな一年であるように祈っているよ。」と、シンクらしいシンプルな言葉が綴られていた。お祝いしてくれた事が本当に嬉しくて、何度もその短い文を読み直した。その度に心がじんわりと暖かくなっていくのを感じた。この嬉しい気持ち、届いた事を直ぐ伝えたくて、シンクにメッセージを送った。
ル:シンク!!!プレゼント届いた!!本当にありがとう!!俺の好きな物とか…沢山入っていて…うまく言えないけど、本当に嬉しい…ありがとう…。
感極まったまま送ったメッセージはすぐに既読になった。
シ:無事に届いて良かった。それより、感極まりすぎじゃない?大丈夫?笑
ル:し、仕方ないだろっ嬉しかったんだから…。
シ:冗談だよ。改めてルーク、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。
シンクのその言葉に目からポロポロと涙が零れた。そう言われたのが、本当に嬉しかったのだ。それから毎日のように手紙を読み返すようになった。出勤前や仕事で辛い事があった時に読み返すと、自然と元気が出た。
お礼も兼ねてシンクに誕生日プレゼントを贈りたい。
そんな気持ちが日に日に募るのであった。
*
3月中頃。
そろそろシンクの誕生日だよな…。プレゼント贈りたいけどシンクに何を贈ったらいいか分からない。この前リンクを送ってくれたお店の商品も考えたが、既にシンク自身が持っている可能性もあり候補から外した。
どうしようか…。直接、本人で聞いてみるか…。
早速、DMで聞いてみる事にした。
ル:シンクって何が欲しいとかあるか?
シ:特にないよ。何?誕生日の事?
ル:ぐっ…なんで分かったんだよっ。
シ:アンタ分かりやすいしね。アンタが贈ってくれるなら、何でもいいよ。
何でもいいって言われてもなぁ…。
インターネットで調べても中々決まらなかった為、休日にシンクの好きそうなお店を回りプレゼントを探すが、中々決まらない。どの商品もシンクに贈りたいと思ってしまうのだ。そんな時とあるお店で緑色のステンレスタンブラーを見つけた。POPには「保温保冷機能でお好きな飲み物を長時間美味しい状態で味わえます!!」と書かれていた。
そういえば、コーヒーとか紅茶をよく飲むって言ってたな…。
タンブラー、プレゼントに良いかもしれないな。
よし、タンブラーと茶葉のセットにしよう。
そう思うと行動は早い。コーヒーや紅茶の専門サイトを見比べたりアイスやホットに合う茶葉等も調べた。時間を費やす事で自分が納得がいく物を見つける事が出来た。早速購入したタンブラーや茶葉、地元のお菓子などを箱に詰め始める。
な、なんとか発送の準備が整った。これで誕生日当日には間に合いそうだ…。
一息付くと、便箋を取り出しメッセージを書き始めた。
シンク喜んでくれるかな…。
一文字一文字に気持ちを込めて書かれた文字。
それは何故かとても美しく見えた。
シンクの誕生日当日。
お風呂上りにスマホを見ると、メッセージが来ている事に気が付いた。
シンクからだ…。
シ:プレゼント届いたよ。ルークの心が籠ったプレゼント、本当に嬉しく思う。早速、紅茶美味しく頂いたよ。タンブラーもこれから大切に使わせて貰うね。感謝している、最高の誕生日をありがとう。
そのメッセージを見た瞬間、ほっとした。
そして、また渡したいという気持ちになった。それはシンクも同じだった。
それから毎年のようにハロウィンや誕生日に贈り物を送り合うようになった。それが何年も続き、楽しみになっていった。
月日が流れ、シンクと出会って10年が経った。
社会人になってから、時の流れが速く感じると言うが本当だ。
仕事にゲーム。毎日充実した日々を送っている。
先週には久しぶりにシンクとのオフ会も行い、楽しい時間を過ごさせて貰った。
あれからギルドの規模も大きくなり、ワールド内で1,2位を争う程になった。それに伴い加入者が増えサブギルドマスターとしての仕事も増加したが、シンクや他のメンバーと協力している為、そこまで苦ではない。寧ろ楽しんでやっている自分が居た。
今、俺とシンクで二強と呼ばれている。俺自身にも英雄という異名も付いた。
最初はそう呼ばれる事に少し照れくささや戸惑いもあったが、今はそう呼ばれる事を誇りに感じている。
シンクとの交流も続いており、今でもゲームやチャットで会話したり、プレゼント交換を贈り合ったりしている。そして、今年もシンクから誕生日プレゼントが届いた。
いつもの巾着袋を開けると、おしゃれなお菓子や旅行先のお土産などが入っていた。
そういえば、この前県外に旅行してきたって言ってたな…。
律儀にお土産を買ってきてくれるシンクの事を思うと笑みが零れる。
ふっと巾着袋の奥を見ると、まだ何か入っていた。取り出してみると、アクセサリーが入っていた。普段使いもしやすそうなデザインだ。
シンクからアクセサリー貰うの初めてだな…。
今度付けた写真をシンクに送ろう。そう思い、一度アクセサリーをしまった。
今回も手紙が入っていた。
一通目には「誕生日おめでとう。これからの人生が幸せであふれますように。」のメッセージが書かれていた。毎回書かれている誕生日おめでとうのメッセージを見ると、本当に心が温まる。
片付けようと手紙を戻そうとした所、二通目がある事に気が付いた。
手紙に書いてある言葉に、慌ててシンクに連絡するのであった。
「月が綺麗だね」