花咲病の話冬が明け、暖かくなり始めていたある日、俺はいつも通り病室の扉を開けると、いつも通り彼女はそこにいた。
「あ、ロスト。今日も来てくれたんだ」
そう言って、いつも通り笑っているが、彼女の頭に乗っかっている植物は、どう考えても前に見た時より大きくなっていた。
花咲病
彼女が、ルナが患った病気だ。と言っても、近年よく聞く花咲病とは少し異なるものらしい。失恋や強いショックで発症するのは同じだが、どうやらこの病気は、人によって咲く花が異なり、さらに一種類の花しか咲かないそうだ。そして、花が枯れると同時に、発症した本人も花びらとなって消える、とのことだ。医者たちはこれを「α型花咲病」と呼んでいるようだ。
「体の調子はどうだ?ルナ」
「特にこれと言ってはないよ。ただ、冬に比べたら明らかに体力も魔力も減ってる」
「...だよな」
ちらりと、彼女の頭上の植物を見た。後頭部から生える茎は頭の上に伸び、ルナの頭の左側を覆うように鎮座していた。
α型花咲病は発症したては、体のどこかから葉や茎が出始める。1番多いのは頭や顔付近出そうだ。体から出た植物は、本人の体力や魔力を養分にし、成長する。その成長を止める方法はない。
話に聞くと、消える直前は神様よりも美しいとされているようだ。だが、どれだけ綺麗だろうと、そんなルナの姿なんて一生、いや、死んでも見たくない。
「先生の見立てによると、この花は月下美人という花らしいよ。どうやら一晩しか咲かない花らしいんだけれど、一体どんな花が咲くんだろうね」
なんて、話をするんだ。そう思った。彼女はまるでこの病気を恐れていない。それどころか受け入れている側面もある。
「...ロスト。そんな顔しないで。私だって死にたいわけじゃないよ」
そういう彼女から、不安は感じない。
あんなことがあったのに、なぜこうも彼女から、希望がなくなる様子がないのだろう?
ルナの花咲病は去年の12月に発症した。
12月の頭に、ルナの恋人、レンが戦闘で殺された。相打ちだった。その光景を、ルナは目の当たりにしたのだ。その後、ルナは1週間ほど部屋に籠った。周りがかなり心配していたのをよく覚えている。
そしてようやく立ち直り、前を見て進もうとした時、彼女は花咲病を患った。
彼女が目指す神とやらは、ずいぶんと残酷なことをする。
「なぁ、なぜ神になりたいと思った?」
自分でも何を聞いているのだろうと思う。
彼女は目を見開いた。
そのことで剥き出しになった銀の月は、まだ一片の変化も見せない。
「...なんで、か。私はただ、辛い思いをしている人を見たくない。みんなが幸せに暮らしているところが見たい。ただ、それだけだったと思う」
落ち着いた様子で彼女は言う。
彼女の月から、まだ光は消えないようだ。
「まだ神になりたいか?」
そう聞くと
「当たり前でしょ?」
いつもの穏やかなだが、
確かな自信のある顔でそう答えた。
「変なことを聞いたな、すまない」
「気にしなくていいよ、ありがとう」
こんな奇病に罹って希望を無くしてもおかしくないのに、彼女から光が消える様子はない。それでこそ清月ルナという人間だと思う。
「また来る」
その日はそう言って、病院を後にした。
「うん、またね。ロスト」