普段は粗雑で、うるさくて、手に負えないクソガキなのに、こういうときはずっと大人っぽくって、困ってしまう。
僕一人は絶対に入ろうなんて思わない、豪奢なレストラン。そこを行きつけだと言ったルカは、気負う素振りなんて一切みせず僕をエスコートし、食前酒を注文し、メニューを僕に説明しながら決め、ソムリエに異国の言葉みたいなワインを注文した。
マフィアのボス、なんて僕といるときにはかけらも見せない彼の新しい側面を、今日まざまざと見せられた気分だった。値段の想像もつかないようなこの店と、すっかりこの店に溶け込むルカに、僕はいつもの自分を見失ってしまった。
「ねえシュウこのソース美味しいよ」
「え、ああ、そうだね。すごく…なんていうか、複雑な味」
「もしかして、緊張してる?」
「…もちろん。僕はこういうお店、慣れてないからね」
動き回るウェイターに目をやる。目があったらこちらに来てしまいそうで、なんとなく腰から上は見れなかった。まるでエンダーマンと対峙したときみたいだ。
基本的なマナーは知っていると思いたいけれど、正直あまり自信がなくて、迷いなく食べ進めるルカの真似をして食事を進めた。綺麗に食べ終えた皿に、ルカがナイフとフォークを置く。僕も倣って、それらを並べた。
間を置かずにウェイターは皿を下げに来て、しばらくしてメインの肉料理が届いた。よくわからない説明を、聞いているふりをして頷く。ルカも頷いているけれど、本当にわかっているんだろうか。
…普段なら絶対わかってないよって笑うけど、今までの様子を見ていると、理解しているように見えてしまう。今の説明、わかって聞いてた?なんて、お店の人に万が一聞かれたらと思うと、どうやっても聞けないけど。
「POG!美味しそうだね」
「うん…すごいね」
「緊張しなくていいよ。店の人は顔見知りみたいなモンだし。シュウの好きに食べてよ」
「はは…」
乾いた笑いしか出なかった。
ルカは静かにナイフとフォークに指を添えた。ルカが扱うと、カトラリーは音を立てない。僕はいくら丁寧にやっても、かちんやら何やら音が鳴ってしまうのに。
僕がルカのことをずっと見ているなんて気にせずに、ルカは左手のフォークで肉を抑え、右手のナイフで、一口サイズに肉を切る。ワオ、なんで小さく感嘆の声をあげ、ルカは小さく舌を覗かせた。
その舌がぺろりと唇を舐める。それが変にいやらしく見えて、くらりと世界が揺れた。
息を吐く。落ち着け、自分。
「………」
「食べないの?」
「いや、ああ、食べるよ」
そうは言ったものの、どうしても自分の指が動かせなかった。意識は全て、ルカの指先と、口元に注がれている。
筋張ったルカの指は、カトラリーを自分の指先のように扱う。昨夜僕の身体に触れたみたいに、丁寧に。ルカは肉を食べようと口を開いた。昨日僕のを美味しそうにしゃぶっていた口で。
がぶ。肉が口に放り込まれた。咀嚼されて、飲み込まれる。口の端についたソースを、ルカの舌が舐めとる。背中が粟立つ。僕が舐められたわけでもないのに。
全然ダメだ。小さくため息をつくと、ルカは心配そうに僕を見つめた。
「ねえシュウ、本当に大丈夫?」
「んえ、ああ、大丈夫…なんだけど」
「なんだけど?」
無粋だってわかっている。でも、どうしても聞いておきたかった。じゃないと、こんなエロいルカを目の前にして、食事に集中なんてできやしない。
「………このあと、部屋、とってくれてるんだよね?」
ルカは一瞬目を見開いて、すぐに嬉しそうに細めた。口角が上がって、薄暗い照明の店内で、彼の笑みは悪戯っ子のそれではなく、トップに立つものの余裕に見えた。
僕は一つ息を吐いた。期待した答えが返ってくるのは、彼の表情からわかっていた。
「もちろん、ダーリン」
彼は食事を続けた。落ち着いた仕草で。