💛を好きなことがバレた💜 シャワーを浴びて僕の部屋に戻ってきたルカはまだ不機嫌そうで、僕といたくてここに戻ってきたはずなのに、僕の顔を見ようとしなかった。
「…髪、乾かして」
「うん。座って」
ルカはいつだって子供みたい。実際、六つも離れてたら全然子供なんだけど。
さらさらの髪に指を通す。ドライヤーの音がうるさくて、僕たちはしばらく黙っていた。ルカは、部屋の隅に置かれたキャリーケースを眺めているみたいだった。今日は、僕がこの家で過ごす最後の日…っていうと少し大袈裟なんだけど、つまり明日、就職先の地方へ引っ越すのだ。
ドライヤーの電源を切って、やっとルカが僕を見た。
今にも泣きそうで、でも怒りに震えているようでもいて、恨めしげに睨みつけているふうでもあった。
ごめんねって言ったら本当にフッてしまうことになるから、告白もされてない僕は、曖昧に微笑むだけだった。
「じゃあ………ええと、布団持ってこようか」
「…っやだ」
「嫌って」
「………」
立ちあがろうとした僕の袖を引いたルカは、僕と目が合うとふいと視線をそらせた。
なかなか次の言葉が出なくて、僕はしゃがみこんでルカの顔を覗き込む。口をもごもごして視線を彷徨わせているその表情は、お父さんお母さんに好きなものを強請りたいときのそれだった。
泊まっていくんじゃないの、と続きを急かしそうになったところで、ルカが意を決して口を開く。じっと僕を見つめる瞳は熱くて、なんだか火傷しちゃいそうなんて思った。
「しゅ、シュウの、…ベッドで、寝たい」
「僕の? じゃあ僕が客用布団で…」
「違う! オレと、一緒に、その………寝てよ」
「………は?」
僕のベッドで、男二人で、寝るってこと?
普通のシングルベッドだからかなり狭いと思うけど、ルカなんて鍛えているから大きいし。この狭いところに、僕のことをすきなルカと、引っ付いて寝るってこと?
よくないことはわかっている。告白されないのをいいことに、返事を曖昧にして、ルカの一番に居続けた。
一線は越えちゃいけない。だって僕たちは幼馴染で、家族ぐるみで仲が良くて、六つも歳が離れていて。想いが通じ合っていたとしても、一緒にいてはいけなくて。
返事をできずにいると、ルカは僕の腕を引いて、ベッドの壁際に追いやった。ルカもベッドに膝を乗せる。ぎしりとベッドが鳴る。
「ルカ、えっと」
「ほら、寝よう。ね?」
「待ってルカ、ぅぶ」
視線が合わないまま、今度は腕を引かれて、抱き合うようにしてベッドに横になった。
ルカの柔らかい胸に鼻先が当たる。風呂上がりの、薄いTシャツ一枚のルカに、抱きしめられている。ハグすることはいくらでもあったけど、こんなに強く抱きしめられることは初めてで、思わず心臓が跳ねた。
もう少し離れても寝られるはず。ていうか、こんな引っ付いてたら、緊張で寝れるわけない。抗議しようと頭をあげかけると、予想していたかのようなタイミングで、ルカにぴしゃりと拒否される。
「る…」
「やだ。………ねえ、お願いシュウ、今晩だけでいいから、このまま………」
「………うん、おやすみ」
その声は親に叱られている小さな子供みたいで、僕はもう何も言えなくなってしまった。
せめて寝やすいポジションに、と収まりが悪かった腕をルカの腰に回して、頭の角度を変える。ばくばくとルカの激しい心臓の音が聞こえてきて、不自然にルカの腰が引かれた。
子供のフリして、とんだむっつりスケベだ。
それでも僕より緊張している人間を感じると、不思議と僕の気持ちは落ち着いていく。鼻腔をくすぐるルカの匂いに身を委ねて、ゆっくり瞼を下ろした。
このまま朝が来なければいいのにとさえ思ったのに、現実は残酷だ。
ルカの腕の中で目覚めた僕は、ルカを起こさないように小さくため息をついた。どこでどうなったのかわからないけれど、下半身までぴったり密着していて、まるで、まるで恋人同士みたいだった。
ずっとこのままくっついていたい。ルカの温もりを感じていたい。
ルカの気持ちが僕に向いているのは、とっくの昔から気付いていた。だから、僕の気持ちがルカに向いていることを、知られてはいけなかった。
「………るか」
ルカの胸に、鼻先を押し付けた。この匂いを一生忘れたくないと思った。
両思いだってルカに知られたら、ルカはきっと僕から離れられなくなる。というか、離してあげられなくなってしまう。ルカは純粋で、まっすぐな心を持った、綺麗な子だから。きっとルカ以上のひとはもう僕の前に現れないけれど、ルカはきっと、これから僕以上のひとにたくさん出会うだろうから。
ルカのTシャツを強く握った。喉の奥が痛くなって、歯を食いしばった。大丈夫、泣いてない、まだ、溢れてない。
「………ぅ、」
ルカの胸に顔を押し付けた。彼の背中を強く抱いた。
ダメだってわかってる。けれど、一度だけ、いまだけでいいから、ルカの前で、気持ちを口にすることを許してほしい。
「………離れたくない、ルカ」
絞り出すみたいな声だった。細くて、か弱くて、そのまま消えてしまいそうな声。この声と一緒に、この気持ちも、誰にも気付かれないまま消えてしまえばいい。
「っシュウ!」
「…へ?」
「シュウ、いま」
「なんで起きてるの!?」
「なんでって、いや、起きてるんじゃなくて、寝れなくって。ずっと、て、徹夜」
「ハァ?! なんで!?」
「そんなこと今どうでもいいよ! シュウ今、なんて」
「………っ」
頬が熱い。強く握られた腕が痛い。
ルカの瞳は期待に満ちていて、怖いくらいまっすぐに僕を見ている。足元が崩れてしまいそうだった。決意が揺らぎそうだった。このままルカに全てを委ねてしまえば、自分の気持ちを吐き出して、決断を覆してしまえばどれほど楽だろうって。
許されないことだけれど。
「………」
息を吸って、吐いて、気持ちを落ち着ける。
「…なんでもない」
「なんでもないって」
「なんでもないよ」
「嘘」
「嘘じゃない。ほら、もう出てって。僕も用意して家出るから」
「待って、シュウ、俺」
「出てって」
食い下がってくるルカを無理矢理ベッドから追い出した。ルカの顔を見ると最後の一本も切れてなくなってしまいそうで、俯いたまま、ルカの腰から上は見れないで、その背中をできる限りの力で押す。
ルカは足元をふらつかせながら僕に押されて、口では待って、とか、話聞いて、とか言ってたけど、僕だって男だから。本気でやれば、ルカを部屋から追い出すくらい、できないことはない。
「もう会うこともないから、元気でね」
「シュウ、待ってよ! シュウ…」
扉の向こう、振り返ったルカの顔を、最後だからって見上げてしまった。傷ついたような、納得いっていない顔。僕だって、きっと見るに耐えない顔をしているんだろう。
「…バイバイ」
「シュウ!」
扉は思ったよりあっけなく閉まった。扉の向こうでルカは静かになって、しばらくして、足音が遠のいていく。僕は、まだ温もりの残るベッドに突っ伏して、初めてちゃんと、泣いた。
最後のバイバイが、すきだよに聞こえてなかったらいいなって、思いながら。