別れ話(悲しくないやつ) ルカと付き合って、三年が経とうとしていた。
別れを意識したのは、大学二年の夏だった。少しずつ周りが就職の話をし始めて、ルカの将来の話も聞いた。将来的に家業を継ぐこと。そのために、大学卒業後は親の紹介した会社で数年働く予定になっていること。それを前向きに捉えていること。
そうなんだ、と相槌を打って、次は自分のことを話した。大学卒業後すぐに家業を継ぐこと。跡取りとして、家を守っていくよう言われていること。
うちと似てるね、なんてルカは笑っていたけれど、僕にはそんな軽く見過ごせる問題ではなかった。
だってそんな、僕はどうとでもなるからいいとしても、次期社長のルカが、男の僕なんかと社会人になっても付き合ってるって問題じゃない?
それで、そう、だから、卒業したら別れないとなって思って、ルカにも心の準備が必要だろうからって、話をしたのが今日。大学三年から四年にあがる間の春休み。ファミレスにて。
「…ってことで、卒業前にルカとは別れようと思ってるんだ」
「ハァ?!そんっ…え?!」
「僕の言うことも一理あるでしょ」
「ないっ…ない、え? 他にすきなひとができたとか、そういう話の方が理解できるんだけど!」
まあ一旦落ち着いてよ、と言う代わりに、ホットコーヒーを一口飲んだ。そろそろホットも暑いな。ルカは上がりかけていたお尻をもう一度ソファにきちんと下ろして、机に突っ伏した。
僕はそれを見て、こぼしちゃいそうなルカのコーラの位置を、少しだけズラした。前、みんなで来たときに興奮してこぼしてたからね。
「なんで………オレのこと飽きちゃった…とか?」
腕から少しだけ顔を上げて僕を見上げてくる様は、さながら許しを乞う子供のようだった。きゅん。胸が高鳴ったのをそっと端に追いやって、彼の瞳を見つめた。
「飽きてなんかないよ。ルカのことが大好き。ルカは世界一の恋人だと思ってるよ」
「じゃあなんで…」
「だからだよ。ルカの将来とか、お家の邪魔はできない」
「………」
ルカの顔からサッと色がなくなる。俯いてしまったルカに、良心が痛んだ。だってルカがすきなんだもん。ルカを悲しませたくてやっているわけじゃない。この選択が、本当にルカのためになると思っているから提案した。
「そう、あ、でも、今すぐじゃないからね。卒業前にだから、あと一年あるんだよ」
「一年………」
「うん。ルカにも心の準備が必要だと思ったから…だから、今の時期に言って、ほら僕たちって幸い就活とかも忙しくないじゃない? だから最後の一年…」
「最後じゃないっ!」
「ォワ」
突然大きな声を出されて、素直にびっくりした。
顔を上げたルカの表情はキッと眉が吊り上がって、瞳には強い意志が見てとられた。射抜くくらいの強さで僕を見つめて、口を真一文字に結んでいる。
ルカはグラスを乱暴に掴んで、ぐいっと全てを飲み干す。カランと氷の音がした。
「オレは絶対別れない! 一年あるんなら、その一年で、そんな決断したことシュウに後悔させてみせるよ!」
「え、ええー…」
ルカがあっさり『わかりましたじゃあ一年後に』と言うとは思っていなかったけど、まさかこんな発破をかけたみたいな結果になるとも思っていなかった。
そうと決まればとスマホを出すルカは、恋人同士のデートスポットを検索しているようだった。バイトも増やして、シュウといっぱい遊ぶんだ。シュウの家にもたくさん行って…とぶつぶつ作戦を練っている。
どちらかというと僕の方が頑固で、負けず嫌いで、大事な選択は譲ってもらうことが多かった。だから、ルカがこんなに意固地になると思ってなかったんだ。
「僕は別れようって言ってるんだけど…」
「オレは反対! すき同士なのに別れるなんて間違ってる!」
「んん…」
「オレがシュウにとって、別れるのが嫌になるくらいいい男になればいいんだろ!」
「ううん…」
すでに別れたくないを通り越しているから、別れようって言ってるんだけど、ルカにはイマイチ通じていないというか…僕の結論の衝撃が大きすぎてすっぽ抜けちゃったみたいだ。
ルカの提案に乗ってみるか、説得を続けるか。とはいえ、僕も最後の一年は思い出をたくさん作って楽しく過ごしていこうと思っていたし、経過は同じになるのか?
いいでしょ! と鼻息を荒くするルカを見て、まあ、今日の説得は無理そうだなと思ってしまった。だってなんか、もう楽しそうだし。
「じゃあまあ…そういうことにしとこうか」
「うん! じゃあ、とりあえず来月どこにデートしに行くか決めよう!」
スマホのスケジュールアプリを開いたルカが、身を乗り出した。やっぱりなんか違う気がするけど…まあいいか。一年後、しっかり別れればいいんだし。
こうして、絶対別れたくないルカと、絶対別れたい僕の、仁義なき一年が始まったのだった。