裏社会パロ「この世界で『ストレイ』は無謀だぞ」
「いんやぁ、わしはフリーが性に合うとる! どーも組織は上手ぁないんじゃ。目を掛けてくれゆうお人が一人二人も居ればえい。充分じゃ!」
「そいつが殺られた時のこと考えてねえから言ってる」
ふと、鋭くなった声に陸奥守はデスクの方を振り返った。
今の世でマホガニーの一枚板など新調できるのは限られた層だとか何とか、昔聞き齧った知識未満の何かが呑気に過る。
そこに座るには、やはりまだ若いと思う。どこか不釣り合いというか、否、決して悪い意味でなく。まだまだ若さを満喫したいだろうに、とかそういう類の感覚だ。縛り付ける物が見えそうで似合わない、と思うのだろう。
金額など聞きたくもない高級品に囲まれても見劣りしない美丈夫とも思うが、重ねた年齢が醸し出す重さだけはどうしたって自分達にはまだ無いものだ。
「何かトンチンカンなこと考えてやがるな? そういう隙が良いんだろうが、お前、油断してアッサリ裏道に転がってそうなところは危ねぇな」
なんだか困ったような溜息を吐かれた。
「おおの、まあ、強ち間違っとりゃせんかもなあ。そんなお人を知っとるき、言われちゅうことは解っとるよ」
「……だったら、転がってんの見つけちまう奴や、そんなくたばり方したって聞かされる方のこともちっとは考えて欲しいね」
「愛じゃな!」
「違う」
ザックリバッサリ切り捨てられてしまった。
「後が面倒くせえんだよ、そりゃもう色々とな。どこぞの鉄砲玉ならやれ戦争だなんだになるし、フリーはフリーでなんでそうなったって洗わなきゃならねえ。最悪責任の押し付け合いだ。結果が出てみりゃ何のことはない、ただの交通事故死なんて間抜けな報告も上がるが、人一人消えるってのは意外と繊細な話なんだよ」
この世界じゃ命なんて紙より軽いくせにな。
うっすらと浮かぶ笑みはどこか自嘲めいて、そのどこか翳りのある表情がまたこの男を妙に色っぽく魅せるのだと感心した。
「おんし、ほんまに惚れさせ上手じゃにゃあ」
「てめぇ、人の話聞いてたか」
「聞いちょった、聞いちょった! 聞き惚れちょった!」
「あのなあ、」
「おんしの言うにも一理ある。けんど、ほいたらて明日から変わるもんでもないじゃろう。学生のバイトならともかく、男の生き方の話はそう軽いもんでもないき」
「お前の軽さで充分だと思うがな」
「身軽て言うて欲しいのう」
「身軽だからどうなっても良い、って使われ方しねえようにしろよって話だろうが」
「おん。……忠告は忠告としてちゃあんと聞いとるき、心配しなや」
ふかふかのソファから立ち上がり、靴音を吸い込む絨毯の上を歩けばデスクまでは十歩足らずだ。
「時間じゃ」
「……そうか。ま、朝日を拝めるように祈っといてやるよ」
「また来るき、構っとうせ!」
「何度も来るとこじゃねえっつってんだろ!」
まはは、と笑って苦虫を噛み潰したような顔をしている『ボス』のデスクに土産を置いた。
「またよろしゅう」
答えはなかったが、土産に長い指が掛かった、それで良い。
後は振り返らず、豪奢で窮屈な部屋から抜け出した。