あまりにも綺麗なその訳を〜前日譚〜霊幻side
あ〜あ、しくじっちまったな。
俺はきな臭い案件をやめとけばいいものを一人で立ち回り、完全にしくじっちまった。
俺はまんまと殺されて、今、俺の存在なんてなかったかのように後処理されてるところだった。どこだか分からない場所に、けして小さくはない俺の身体は運ばれて、大きな木の下に必死に掘られた穴に入れられている。
お前、素人じゃないだろ……もっと深く埋めてくれよ。そんな深さじゃダメだろ。
なんて客観的に思ったけど、こんな知らない場所に深く埋められたら、誰も俺を見つけることはできないだろうな……。俺の身体は誰にも見つからずに朽ち果てるのか。それもまた人生……ってか。
何年か前であれば、いつ死んだっていいって思ってた。でも今こうして成仏できてないことからも分かるように、俺は未練がある。それがなんなのかも分かる。
俺、いつの間にか大切なモノができちまったんだよな。
モブ――
お前に伝えたいことがある。こんなに呆気なく死んじまってごめんな。
モブに会いに行けば伝えられる。そうすれば、成仏できなかった俺も全部じゃないだろうけど未練はなくなる。このままじゃあ、死んでも死にきれない。
俺はゆっくりと目を閉じた。
次に目を開くと俺は相談所にいた。相談所は俺が居ないことで騒然としていた。
俺は失踪したことになっていて、殺されたことすら皆は知らないようだった。
俺は失踪なんてしない。する筈がない。俺、まだそこにいたかったし。やりたいこともいっぱいあったんだぞ。
皆の様子を見るのは至極つらかった……。なんとなく、その場を離れた。俺には行く宛てなんてないけどな。
俺はゆっくりと目を閉じた。
次に目を開けると、俺はモブの部屋にいた。どんだけモブに執着してるのかよく分かって笑ってしまった。でもある意味ありがたかった。
俺はモブに伝えたいことがあったんだ。
モブは自分の部屋の布団の上で、声を上げて泣いていた。
あぁ、モブが泣いてる。モブ泣くなよ。
俺が泣かせてるんだなと分かって辛かったが、モブが俺がいなくなったことに対する悲しみから少しでも解放できるように努めて明るく話しかけた。
おーいモブ、久しぶりだな! 俺ちょっとしくじっちまって死んじまったんだよ。な〜に辛気臭くなってんだよ。師匠がいなくなって寂しかったか?
俺はいつものようにモブに気軽に話しかけたが、モブからはなんの反応もない。
一瞬ドキッとしたが、モブは反抗期に入ってからいつも俺に対してはこんな感じの態度だったことを思い出して、気を取り直してもう一度話しかけてみた。
まぁた、お前俺に対して塩対応してんな! こんな時まですることないだろ? そんな弟子に育ては覚えはありません!
俺はいつものようにわりと大きな声で話しかけた、……つもりだったが、やはりモブからの反応はない。モブの目を見ても全く視線が合わない。
嘘だろ……。 お、おいモブ!!
モブの肩に触れようとしても、俺の手はモブの身体を簡単に通り抜けてしまった。
俺は悟った。
モブは俺のこと見えてもないし、声も聞こえてないんだ、と。
俺は落胆した。
嘘だろ。モブお前、散々霊のこと見たり、声聞いたりしてただろ。俺はそうじゃないわけか……。そんなことってあるのか。
モブなら、モブだったらもう一度会えるし、伝えたいことも伝えられるってずっと思ってた。
そううまくはいかないってことか……。
「師匠……今どこにいるんですか」
モブ、俺はここにいるよ。モブお前に一言伝えられたらそれでいいんだ。お前は俺がいなくても大丈夫だ。でも俺はお前に伝えないと成仏できそうにないんだよ。
俺はモブが声を上げて泣いているのを為す術もないまま眺めることしかできなかった。ときおり俺のことを呼んで、辛そうにしている姿をこれ以上見ることは俺には耐えられそうになかった。
もうその場にいることはできず、また行く宛てもないまま夜空を彷徨うことにした。
目を開けると今度は、大きな木のそばにいた。それは俺の知らない場所だった。
あ、俺が埋められてた場所か。上から見ても俺が埋まってるなんて微塵も感じさせなかった。あいつやっぱり素人じゃなかったんだな。と思った。
多分俺の身体は誰にも見つけてもらえずに、ここで朽ち果てることになるだろうな。どうやら失踪したことになってもいるし。俺、そんなに失踪しそうだったか……?
モブが俺を見れないのは想定外だったが、まぁ仕方ないよな。
さて、俺は成仏できそうにないけど、とくにすることもないし、行く宛てもないし。これからどうすっかな……。
俺はゆっくり目を瞑る。次に目を開くときは俺はどこにいるんだろう。
つらくなって逃げちまったけど、もっとモブのそばにいれば良かったな。モブ、まだ泣いてるか……? 俺のためになんかもう泣くなよ。
あぁモブ、なんでお前にこの声が届かないんだ。
俺が次に目を開くときは、それは―――。
おわり
モブside
師匠が突然いなくなった。
連絡が全くつかない。明日も明後日も何年か経っても、当たり前のように会えると思ってた師匠。今まで過ごしてきた日々と師匠の姿や顔が頭の中に鮮明に蘇る。
とある案件に一人で行ってから行方がわからなくなったらしい。その案件が怪しいのは明らかだったが、その案件についての詳細情報は全く残されていなかった。いつも詳細に情報を記録している師匠にとっては珍しいことだった。芹沢さんもその案件の事を知らなかったらしい。
ただ相談所に残されたスケジュールには、
【22時タナカ様】
手掛かりというには、あまりにも難しいと思われるその案件らしき書き込みがされていた。
師匠がいなくなってから3日経っても、足取りは掴めず、連絡も取れないままだった。
警察には事件性の主張をしたものの、結局、師匠は失踪扱いとなった。
僕は超能力を使って、いなくなった翌日から師匠の居場所を探ろうとした。僕はサイコキネシスと言われるいわゆる物を浮かせたりする念力、念動力を扱うことが出来き、元々霊的な物も見たり、話せたりもした。
師匠を探す。
僕の力では直接人を探したりはできない。ただ力を色々応用することでそのヒントを得る事ができると思っていた。僕は不器用であるが、こうしたいという強い感情で力をうまく応用させることができると思っていた。今までも自然とそうしていた。
しかしなぜか一向にうまくいかなかった。
師匠はどこにいる――?
いつものように力を使おうとすると違和感があった。思っていたようにならない。僕にはこの違和感の原因が分からなかった。確かに最近は超能力を積極的には使っていなかった。
僕はおそるおそる少し離れたところにある本にその力を向けた。
その力はいつものように難なく本を持ち上げ――
ることはなかった。本は何も変わらずにただそこにあるだけ、そのままだった。
僕は超能力が使えなくなっていた。
体調が良くないのだろうと皆に言われ、心配されて学校も休んだ。
確かに師匠がいなくなったことで、僕の精神状態はかなり不安定になっていた。この精神状態であれば正直、超能力が使えなくなってもおかしくはないんじゃないかと思う。
失踪であればまだいい、この世界のどこかで、師匠が息をして、普通に生活してくれてるのであればそれでいいんだ。
でも、師匠は失踪なんてしない。黙って姿を消すなんて決してしない。そうするのであれば、あの人は皆に迷惑をかけないように、全部清算してからいなくなる。絶対にそうだ。
たまに師匠は僕の知らない表情をする瞬間がある。だけどそれはすぐに隠される。何を以てその表情なのか、僕には分からないままだった。
もし僕の知らない師匠の感情の中に、失踪したくなるような気持ちがあったとしても、恐らくあの人は、誰にもそれを話さない。あの人はそういう人なんだ。
だから僕が師匠の全てを知っているわけじゃないこと、それは良く分かっているつもりだ。
それを踏まえたとしても、やはり師匠は今回のような失踪の仕方は、絶対にしないと思う。それだけは確実に言える。
失踪でないとすると、今回の件は嫌な予感しかしないんだ。師匠の安否が不安で不安で仕方がない。
早く師匠を見つけないと。
早く早くと焦る気持ちから師匠の居場所を探ろうと何度も何度も力を使ってみるけど、やっぱり何も起こらなかった。焦れば焦るほど周りが見えなくなっていく。
気が付けば、当たり前に目に映っていたこの世の者ではない姿も声も見えないし、聞こえなくなっていた。
僕は超能力を失った。
今こそこの力を使うときなのに。このタイミングでなぜなんだ……。僕は当たり前に使えていた力で師匠を探すことができずにいることに苛立ち、役に立たない僕を呪った。
師匠がいない。急いで探さないと。
僕は学校に行くことができずに、師匠をがむしゃらに探し、そして毎日泣いた。
泣いても師匠は見つからない。
いつも同じ答えにたどり着いて、翌日また必死になんの宛もなく探した。
皆はそんな状態の僕を心配した。だけど、心配はされたものの、師匠を探すことは誰も止めなかった。
僕だけじゃない、皆師匠を心配していたし、僕の心情も分かってくれていたように思う。無理のない範囲内で師匠を探すことを気の済むまでさせてくれた。
そんな日々を繰り返して、おそらく3ヶ月くらい経ったころに僕の涙はついに枯れた。
師匠がいないことを僕自信が受け入れたのを感じた。
その時期にちょうど、調味市から遠く離れた断崖絶壁の場所で、師匠の物と思われる靴と鞄が発見された。
その事実は僕の頭を真っ白にした。
それは師匠がもうこの世にはいない可能性を色濃くした出来事だった。
師匠がなぜそこに行ったのかは分からない。縁もゆかりも無い場所だった。
僕が師匠について知ってることが少ないことを僕はこのころには充分すぎるほどわかっていた。縁もゆかりも無いかなんて僕には結局分からないんだ。
僕はそれから不思議とまた学校に通うことが出来て、当たり前の生活を取り戻していった。
僕の知らない間に相談所は閉鎖され、師匠の声や姿を思い出そうとしても、それはもはやセピア色をしていて、もう鮮明には蘇ることはなくなってしまった。
僕の心にはぽっかり穴が開いたままだったけど、その穴を気にしないようにすれば普通に生活できたし、そのぽっかり開いた穴は消えなくても、上手に蓋をすることはできていた。
師匠がいなくても、僕は生きていかなきゃいけないから。人間は多分そういう風にできている。そして、師匠もそう望んでる。
師匠のことを忘れた訳じゃない。忘れられる訳がない。師匠の言葉とか僕に教えてくれたこと全ては僕の中で生きている。それが今、僕を僕自身を作っている。
師匠がいなくなって5年くらい経った。僕が師匠を失ったあの時から超能力も失ったままだった。
僕は今大学生だ。勉強に部活に恋愛にバイトに日々忙しく過ごしている。
忙しい日々の合間に、それは何ヶ月に1回かだったり、そうじゃなかったり、不定期で僕は師匠のことをひとりでゆっくり想う時間を作っている。その時だけは心の蓋を開けることにしている。
僕はもう師匠を想って泣くことはない。師匠への涙はあの時から枯れ果てたままだった。
僕は今日バイトで疲れてしまったのか電車で寝過ごしてしまった。
飛び起きたその知らない駅で、ちょうど来ていた逆方面の電車に駆け込んだものの、最寄りの駅まで行くことはできず、聞いたことのない駅までしかその電車で戻ることはできなかった。
どうやら寝過ごした電車がたまたま他線へ乗り入れしていたようで、降りた場所は自分が全く知らない場所だった。
駅を降りて、周りを見渡しても身体を休めることができる場所はなさそうだった。
途方に暮れてしまったが、今日の僕はやけにポジティブで、どうせここに留まってもしょうがない。この線路沿いを歩いて行けば最寄りの駅まで辿り着けるのではないか?などと突拍子もないことを思い立った。
とっくに0時を回っていたが、電車でぐっすり寝てしまったからか身体は元気だったし、幸いにも日付変わっての今日は学校もバイトもなかった。
家までゆっくり歩こう。疲れたら休めばいいし、電車が動き出したらそれに乗ればいい。
僕はすぐに決断した。
今日は星が綺麗だった。
星を見ながら僕は自然と師匠を想う。今はなんとなくそんな気分だった。
歩いたことのない知らない道をゆっくり歩く。師匠を思いながらゆっくり歩く。
時々感じる夜風が気持ち良かった。
夜風に乗って桜の花びらがふわりと舞っている。僕はその花びらを掴み取る。
今年の桜はもう終わりかけだ。ほとんどが緑が混じって葉桜になっていた。
僕は桜の花びらが舞ってきた方をふと見た。少し山に入ったところに満開状態の桜が見えた。それはとてもとても綺麗だった。
僕はその満開の桜を目指して少し歩いた。どうやらその桜はこの山道の先にありそうだ。
そうそれはただの好奇心だった。
その場所は線路沿いからは大きく外れていた。
あの満開の桜を近くで見たい。
その欲求に抗うことはできなかった。綺麗な満開の桜に導かれて僕は進む。
道は悪いし、深夜の山道は真っ暗で気味が悪い。にもかかわらず不思議と懐かしいような、何かに守られてるような感覚がしていた。
山道が少し開けると、ついに目的地に到着した。
そこには見事に咲き乱れる桜。
僕はそれを目の当たりにして、息を飲んだ。そして、ついつぶやいていた。
「師匠、綺麗ですね……」
本当に美しかった。それは言葉では言い表せない美しさだった。満開の桜の美しさは知っているつもりだった。でもこの桜の美しさは別次元のモノだった。
不思議と誘われるように、より近くその桜の木の幹の方へ歩みを進めた。僕は木の根を踏まないようにしながらその幹にたどり着き、そっと手を触れる。
今までこんなに美しい桜を見たことはなかった。圧倒的な美しさだった。もう時期的には葉桜になる頃であるにも関わらず、この桜は、この桜だけは満開だった。夜風に優しく揺れながら、僕を見下ろすその桜は、花びらのピンク色が少し濃いような気もした。
―――ただただ美しい。
僕はその桜をずっと見つめていた。
おわり