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    yotou_ga

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    幻覚から生まれた幻覚です。人外オベとモブの話

    秋の森の獣 これは私の友人が体験した話なんですが……。
     私の友人は、海外旅行が趣味で、特に宿泊地の近くにある森を散策するのが好きなんです。ほら、国によって生えている木とか、下草とか、鳴いている鳥とかが全然違うらしくて。それを見ながら、のんびりと山道を歩くのが楽しいらしいです。私はやったことないから分からないんですが。
     それで、三年くらい前に、いつもどおりSNSでホームステイ先を探して、何処かの国に旅行したそうです。ええ、普段からホテルを使うよりは、森の近くに家を持っている人のところに、泊めさせて貰っていたらしいですね。安いホテルって、あんまりそういう場所にないですから。
     そのとき泊めさせてもらった家は、四十代の女性がひとりで暮らしていたそうです。明るい家で、リビングが凄く広かったとか。旦那さんは既に他界して、子供四人も都会に出て行って、ひとりで寂しいから、時々旅行者を泊めているんだって、彼女は話していたそうです。
     それで……、二日目の昼に、友人はさっそく森に行くことにしたそうです。その森は、特に観光地であるとか、レビューサイトで有名とか、SNSでバズったということもなくて。彼が地図を広げていたときに、たまたま目に留まった場所だったそうです。ネットで調べてもあまり情報は出てこなくて、何だか面白そう、と思ってその森を選んだそうなんですが。
     でも、家を出ようとした彼に、家主の女性が忠告をしたそうです。森には行かない方が良い、って。行くとしても、外から見るだけで、木の生えているよりも中には入らない方が良い、って言ったそうです。熊か狼でも出るのかな、と思って、彼は理由を訊いたんですが、彼女は教えてくれなくて。兎に角近付いちゃダメ、の一点張りなので、彼もその場は了承したんです。
     その日は町へ行って、お土産とかを物色して家に戻ったそうです。彼女の作ってくれたご飯を食べて、ベッドに入って、初日と同じように夜を終えようとしました。けれど、どうしても森のことが気になって、なかなか寝付けなかったんです。なんで近付いちゃダメなんだろう、獣が居て危ないならそう言うだろうし。考えていると、何だか森の中に面白い秘密があるような気がして、ますます行ってみたくなって……。なんとか眠りに就いたんですが、夢の中でまで森のことが気になって。結局、朝に目が覚めたとき、やっぱり森に行こう、って決めたそうです。
     朝ご飯を食べて、故国の話とか、町の印象とかを、暫く家主と談笑して。昼前くらいに、彼は「散歩してきます」と言って席を立ちました。やっぱり彼女は森へ行かないように忠告してきましたが、彼は内心を隠したまま了承したそうです。
     森は、一見してただの森でした。この辺りによく生えているのと同じ種類の木が、遠くの方までずうっと立ち並んでいるのが見えました。薄暗い、という印象もなく、適度に陽が差しているようでした。ただ、森の入り口の周り、あちこちに倒れた「立ち入り禁止」の看板があり、それだけがじわりと不安を誘ってきたといいます。
     少しだけ悩んだものの、彼は森に踏み入りました。どうしようもなく湧き上がる好奇心。まるで、心臓を衝動が食い潰すようだったと、彼は言っていました。
     入ってすぐは、やはり第一印象と同じく、普通の森だったといいます。ただ鳥の声ひとつ聞こえない、静かな森だったと。
     やがて違和感を覚えたのは、カサカサという音。足下を見ると、枯れ葉が風に吹かれて、乾いた音を立てていました。……彼がその国に向かったのは夏のことです。驚いて顔を上げると、いつの間にか、頭上の木々はどれもこれも紅葉していました。知らぬ間に、彼は秋の森の中に居たのです。
     妙な肌寒さを感じ、彼は自分の腕をさすりました。この森だけ、他より気温が低いのだろうか。一瞬彼の中に躊躇いが生まれました。けれど結局、彼は前進を選びました。多分このときが、引き返せる最後の機会だったんだと思います。
     進むほどに、肌寒さは増していきました。外から見たときは明るかった森は、やがて頭上を鬱蒼と茂る枝葉が覆い、どんどんと薄暗くなっていきました。じわりと心に恐怖が染みを作ると同時、嫌な臭いが鼻を掠めたそうです。腐臭、いや死臭? 兎に角、鼻を突く耐え難い臭いです。思わず吐きそうになって、足下に目を落とした彼の視界に写ったのは、無残に食い荒らされた鳥の死骸でした。
     そのとき漸く彼は気付きました。辺りに点々と散らばる、生き物の骸。鼠、栗鼠、イヌ科のなにか。原型を留めないほどに破壊された肉の塊。それらが放つ腐敗臭……。一歩後ずさった足の下で、何かがパキパキと音を立てます。恐る恐る目を遣ると、折り重なった昆虫の死骸が、枯れ葉に紛れて散乱していました。
     彼の胸中で、恐れが膨れ上がりました。暗い森の中で、骨の白と肉の赤、酸化した血の黒が浮き上がって見えました。怖さのあまり、目に勝手に涙が浮かびます。鼻をすする音が、変に森に響いて、この狂気じみた秋の森に、自分がたったひとりで居ることを彼自身に知らしめました。
     怖気が口から吐き出されて死骸の上にぼたぼたと落ちました。涙がシャツの首元を濡らします。しゃくり上げる声が、奇妙な獣の鳴き声のように、森の中にこだまします。だのに、彼の足は動き続けました。地面に落ちた吐瀉物を踏みつけて、奥へと進み続けるのです。怖いのに、恐ろしいのに、何故か消えてくれない好奇心が、勝手に彼の身体を動かすのでした。心がふたつに引き裂かれるようでした。もう進みたくないと確かに思っているのに、どうしてだか、この先にあるものへ辿り着かねばならないという、強い衝動に抗えないのです。
     それからも暫く、彼は歩き続けました。その最中、泣きながら歩く彼が気付いたことには、腐敗臭こそすれど、どの死骸にも虫が集っていないということでした。この数の死骸、昨日今日殺されたというわけでもないだろうに、不思議と蛆の一匹もいません。蠅も飛んでいませんでした。地面で死んでいるものは沢山居ましたが。
     いえ、丁度一匹、彼を追い越して一匹の雀蜂が、森の奥へと飛んでいきました。その虫は、周りにこれだけ食料が落ちているにも関わらず、一心不乱に最奥を目指しているようでした。
     そのとき彼が聞いたのは、鼓膜をびりびりと震わす吠え声でした。その音が届いた瞬間、彼は何かに突き飛ばされたように後ろへ倒れ込み、一方目の前を飛んでいた雀蜂は、羽の動きを止め、ぽとりと地面に落下しました。そしてそのまま二度と動きませんでした。
     彼は、呆然と死んだ蜂を見詰めました。そして気付きました。ここに転がる死骸たちは、みな森の奥を目指していたのだと。そして小さな虫を、吠え声ひとつで殺す何かが、この先に居るのだと。
     きっと獣の死骸は警告でした。これ以上先に進めば死ぬぞ、という。その証拠に、死骸はどれも食い荒らされてはいるものの、食い尽くされているものは居ません。彼らは奥へ近付こうとして殺され、そして見せしめとして肉塊と化した身体を晒されているのだと、彼は気付きました。
     地面に手を突いて、彼は立ち上がりました。手の平にこびりついた無数の羽虫の翅と脚。おぞましい断片をはたき落としながら、彼は先を急ぎました。……はい、そんな光景を前にしても、彼は止まらなかったんです。完全におかしくなっていたんだと思います。
     そこから森の奥までは、十分も掛からなかったといいます。道中、明らかにヒトの形をした死骸もちらほら見当たりましたが、彼は進み続けました。なるべく視界に入れないようにしながら。
     やがて踏み入ったその場所は、大きく開けていて、それなのに酷く暗い。見上げた空は赤黒かったそうです。
     木々が丸く途切れてできた広場。その中央に、巨大な獣が居ました。やはり白と赤と黒の色彩が見えたので、最初、彼はそれもまた獣の死骸だと思ったそうです。ですが、そろそろと巨体に近付いて、よくよく見てみると。白いのは胴体を覆う白銀の鱗で、赤いのは引きちぎられた誰かの肉片で、黒いのは、浴びた返り血や脂が固まったものでした。そして背中に、蝙蝠に似た翼がありました。頭からは大きな角が……、ええ、汚れた獣は、竜だったんです。
     彼は自分の目を疑いました。だって、竜なんて、居るわけないじゃないですか。御伽話じゃあるまいし。
     でも現実に、それは居たんです。彼の目の前に。
     ふと、竜が顔を上げました。奇妙なことに――これ以上、何の奇妙があることかと思いますが――竜の顔は人面でした。整った白人の顔で、白い髪を持ち、頭には青い冠を被っていたんです。そのどれもが血と肉で汚れていました。そして彼の姿を認めると、忌々しげに青い眼を細め、喉の奥で唸りました。振り上げられた太い尾が、ばぢん、と地面を叩いて、獣の苛立ちを表明します。
     竜は身体を起こし、翼を大きく、ばさりと広げ、彼を威嚇しました。皮膜は夜空と同じ紺色をしていました。足も同じ色のようでしたが、血がべっとりとこびりついていて、真っ黒に汚れており、殆ど見えませんでした。
     その前足の間に、何かが見えました。何かは分かりませんでした。しかし彼はそれを見た瞬間、それが途轍もなく好い物だということを直感で理解したんです。理解だけがありました。何故好いと思ったのか、どう好いのか、彼は一切説明できませんでした。
     駆け出していました。彼は、地面を蹴っていました。兎も角あったのはそれに触れたいという衝動だけ。自分はこれを求めて、この恐ろしい森を歩いてきたのだと、本能が語っていました。その瞬間、竜のことは、頭の中から綺麗さっぱり消えていたといいます。足の間にあるそれしか、見えていませんでした。
     風の音を、彼は聞きました。
     気付いたときには、彼の視界はぐるぐると回っていました。赤黒い空が見え、血塗れの竜が見え、首から血を噴き出す、頭の無い自分の身体が見えました。
     彼の頭は、枯れ葉と虫の死骸に覆われた地面をごろごろと転がりました。腐臭のただ中に、彼は自分の血の臭いを嗅ぎました。転がって、やがて止まって。丁度彼の首は、竜の足下で停止しました。そして今度は、足の間にあるものがはっきりと見えました。
     それは死体でした。手があり、足があり、頭が、ありました。つまり人間の死体だったんです。
     竜は深く溜息を吐くと、ゆっくりと座り込み、前足の間にある死体に顔を寄せました。呆れ顔、だったと言います。心底呆れた顔で、けれど大切な宝物であるかのように、獣は死体に頭を擦りつけました。忌々しい、哀しい、許しがたい。そんな感情が伝わってきました。
     彼の意識は、そこで途切れました。きっと絶命したのでしょう。ええ、首を千切られたのですから。当然そうなりますよね。
     それで、最初に言ったように、私はこの話を彼から聞いたんです。……作り話だと思ったでしょう? そんなわけないですもんね。彼が死んだなら、私がこの話を知るはずがないんですから。
     でも聞いたことだけは確かなんです。何処で聞いたのか、いつ聞いたのかは、全く思い出せないのに。確かに何処かで、彼本人から、この話を聞いたということだけは覚えていて……。でも、彼が誰で、何処で出会って、いつ友人になったのか、何も思い出せないんです。こんなの気持ち悪くて、何度も思い出そうとしたんです。でも、ダメで……。
     ……この話を聞いてから、私も森に行ってみたくて仕方が無いんです。ええ、勿論、彼が最後に行ったというその森へ。気になって、気になって、どうしようもなくて。竜が大切に守っていたという、その死体。私、衝動を抑えられないんです。その死体に、何としても触れたい。それはとても好いものだから……、何故好いのか、何が好いのかなんて分かりません。あは。でも、でも……、死ぬほど怖いのに、私はそうしなければいけないんです。そうしたいんです。嫌だ、助けてください。すぐにでも、飛行機、取らなきゃ。電車も予約して……。行かなきゃ、ああ、怖い、怖いのに、どうして、どうして……。
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