強制メロメロ攻撃「おい、待てって!」
あーあ、面倒くさい。橙真に掴まれてしまった腕を見おろして、笑顔を張り付けたまま俺は内心ため息をついた。
橙真の愚直で素直で頑固なところは大好きなのに、こういう時ばっかりは自分との相性の悪さが目立ってしまう。この世には首を突っ込まないほうがいいことなんて沢山あるのに。
「橙真、後で話すから。今は離して」
「そう言ってまた、有耶無耶にする気だろ」
多分、すごい怖い顔をしている。見なくなって分かる。腕を掴む力も、語気も、伝わってくるワッチャも、普段の優しい橙真と違う色だから。
「あの人、いつも俺達の楽屋に来る人だよな。スポンサーってオメガ抜きで俺達に会いに来るようなものなのか?」
「それだけ目を掛けてくれてるってことだよ」
「じゃあ、俺も行った方が良い」
「別に、ボクだけでいいって言われてるから」
ぐ、と腕を掴む力が強くなる。痣になったらどうするの? と軽口が出そうになって、飲み込んだ。痣程度すぐに治せることも橙真は知ってるはずだ。そうやって誤魔化すと、橙真はきっともっと怒る。
橙真が感じていることは、おおよそ正解だ。セクハラ紛いのスポンサーは業界で知らない人はいないほどの有名人だ。オメガも知ってるはずなのにスポンサーを付けたのは、支援の額が無視できないほど大きいからだろう。しかも女子プリマジスタに付けられないことを思えば男子プリマジスタであるTrutHが抜擢されるのは必然だ。
「ほんとに、食事を奢ってもらってるだけだよ? 二人分は申し訳ないし……橙真にはボクが奢ってあげるからさ、ごめんね」
とはいえ、このスポンサーの「対象」が女子だけでないことはオメガも把握してなかったのだろう。直接何かをされるでもなく頻繁に会いに来たり食事に付き合わされるだけで、かなり疲弊する。でも、だからこそ橙真を連れて行くわけにはいかなかった。
そういうことから橙真を守るのも、ボクの仕事の一つだ。
「また、隠すのか」
「ええ? いつだってホントのことしか話してないでしょ」
「あんた大事なことほど何も言わないだろ」
「ボクは橙真より大人だから、色々あるんだって」
「たいして変わらない」
「変わるよ、チュッピと比べてマナマナの成熟の方がずっと早くて……」
「そうじゃない」
話が平行線だ。相手方を待たせている手前、どうにかこの場を切り抜けるしかない。橙真の言葉を話半分で返しながら思考を巡らせていると、掴まれていた腕が急に引かれてバランスを崩した。
「わ!?」
「あんたが分かったって言うまで離さない」
背中に回された腕が、拘束するように身体を締め付ける。脈打つ心臓の音が自分の音と混ざってしまうぐらい、近い。確かに、これだけ強く抱き締められてしまえばカードを出す隙間もないだろう。なにより、頭の中が一瞬で橙真でいっぱいになって、マナマナを使うだけの集中力を無くしていた。何を隠そう、ずっと橙真に片思いをしているボクにとって、この状況は色々とマズイ。
「あ、あのー、橙真さん……?」
「あの人に呼ばれた時、いつも辛そうな顔してる」
平然と話し始める橙真の声が耳元で聞こえる。距離の近さを実感して、どんどん心拍が速くなっているけど、橙真はあまり気にしていないようだった。
「……橙真の前だと気が抜けちゃってるのかな。別に、喜ばしいことなのにね」
声が震えないよう努めながら、言葉を選ぶ。橙真は俺が嘘をついて無理をしていることに怒っている。でも、俺だってそれを譲ることは出来ないのだ。
少しの間、無言が続く。そろそろ諦めたかな、と思ったところで、橙真の両手が頬を掴んで、強制的に上を向かされた。あまりに近いエメラルドに見惚れていると、ふいに唇が何かと触れる。頭の中が真っ白になって愕然としている間に、ちゅ、と音を立ててそれが離れていった。
「俺も、ひゅーいを守りたい」
「……………………は?」
「俺のことが好きなら、俺の言うこと、聞いて」
目の前で起きている全てが理解出来ない。何をされたのか、何を言われているのか。理解出来ないのに、全身が沸騰したように熱くなる。
――だってこんなの、ずるすぎる。橙真を守りたいのは橙真が好きだからだって理解してて、俺が否定できないようなことを言う。思考がぐずぐずに溶けて、それまで考えていたことが全部橙真に塗り潰されていった。
「分かったか?」
「……わかっ、た」
「じゃあ、今日もう行く必要無いよな」
「…………うん」
答えると、いい子だとでも言わんばかりに頭を撫でられて、もう何もかもがどうでもよくなる。思わず喉が鳴りそうになるのを抑えて橙真にしがみつけば、身体全部からワッチャが流れてきて、ふわふわと夢の中にいるみたいだ。
――あれ? 橙真と、何で喧嘩してたんだっけ?
そっと目を閉じて心地よさに身を委ねる後ろで、橙真が祈瑠に連絡を入れていたことは、知る由もなかった。