恋愛ベタはどっち「俺が花だとしたら、どれだと思う?」
「……は?」
飴の修行が一段落して、やっとの休憩に小さく息を吐いたひゅーいに降りかかった質問は、あまりに唐突なものだった。
疲れたねぇ、とボヤいた声なんて橙真の耳に届いていなかったのだろう。じゃなければ、こんな脈絡もない質問が飛んでくるはずがない。
差し入れして貰ったジュースに伸びた手を引っ込めて、橙真が向けてくるスマホの画面いっぱいに映る四択を覗き込む。バラ、ガーネット、カーネーション、ユリ。正直、どれも橙真の印象からはほど遠い。
「う、うーん……強いて言うなら……ガーネットとか?」
「………………そうか」
「えーと、なに? これ」
橙真がこうして会話の流れを無視してくることは珍しくない。橙真は口数が多くない上にじっと考え込んでから言葉を発するから、畳み掛けるように喋るひゅーいとたまに会話が噛み合わなくなる。それでも、ひゅーいにとっては世界の誰より橙真の言葉が大事なのだけれど。
ただ、ひゅーいの回答を聞いた橙真はスマホをじっと見て、こちらの疑問に答えてくれそうな気配はない。黙々とスクロールする横顔にいつもの悪戯心が芽生えて小さい声でマナマナと呟ければ、あっという間に橙真のスマホはひゅーいの手の中にあった。
「えい!」
「あっおい!」
「えーなになに……」
スマホを奪い取ろうとする橙真を華麗に避けながら、液晶の文字を追う。彼があなたを好きか分かる心理テスト、とタイトルを見た瞬間、思わず身体が硬直した。
その隙を橙真が見逃すはずもなく、スマホは一瞬で戻ってしまった。
「……えーっと、まつりちゃんへ聞く練習とか? 俺に聞いたって仕方ないんじゃない?」
もう今更遅いのに、焦ったようにスマホを背中に隠す橙真は心なしか頬が赤い。無理矢理暴いてしまった手前、これ以上揶揄って怒らせるのも分が悪い。申し訳ないと眉を下げつつ、心理テストぐらい世間話として出せばいいのに、と奥手すぎる橙真への同情も混じった。
「……これは、まつりから聞いたんだ」
「え! 質問聞かれたってこと!?」
「違う、この心理テストがよく当たるから、試してみなよって……」
「…………橙真、ほんっとに脈無しなんだねぇ……」
一瞬はしゃいだものの、橙真の返答に声のトーンが何個も落ちた。好きな女の子から恋愛に纏わる心理テストを教えてもらうなんて、恋愛対象じゃないどころかクラスの女友達の会話だろう。こんなにカッコいい幼馴染に教えることだろうか。
はあ、と橙真の恋路を思ってため息をつくと、当の本人は信じられないような怪訝な顔でひゅーいを見ていた。
「……あんた、肝心なところで鈍い」
「ええ? 橙真に言われたくないんだけど……」
心外だよ、と頬を膨らませると、橙真の手が伸びて両頬を潰してくる。情けない音を立てて萎んだ輪郭に、二人の笑い声が工房の中で同時に響いた。
「あんたは、カーネーション」
「んーそうかなぁ……あんまり言われたことないや」
「それでいい」
「は、はあ……?」
いつも以上に要領を得ない橙真だったけど、さっきまでの不機嫌は無くなったらしい。添えられたままの手がゆっくり頬を撫でて顎へ移動する。気持ちよくて目を瞑れば、びくりと驚いたように跳ねた手が一瞬で離れていってしまった。
「橙真?」
「……なんでも、ない」
飲み物とってくる、と工房を出ていく横顔が、また少し赤い気がした。
置き去りになったまだ中身の残るペットボトルを見ながら、可笑しな橙真、とごちるひゅーいがその心理テストの内容をまつりから教えてもらうのは、それから三日後のことだった。