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    多々野

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    多々野

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    彦景 剣を貰う話
    2023/6/4

    ##小説
    ##彦景

    来た道を教えて将軍が褒美をくれるというから、剣をねだった。それだけならいつものことだけど、僕が今欲しいのは工造司の宝剣ではない。以前、将軍の物探しを手伝ったときに、蔵で見つけた古びた剣。僕はそれがひそかに欲しかったのだ。
    「訓練用の剣だから、名のあるものでもないし、凝った意匠もない。本当にそんなガラクタでいいのかい」
    将軍はなぜそんなものが欲しいのかと訝しげだ。それでも欲しいとしつこく言えば、将軍は渋々といった顔でそれを手渡してくれた。

    赤茶けた鞘から剣を抜く。
    将軍が先代剣首に師事し始めた幼い頃に使っていたという簡素な剣。将軍はその剣がまだ手元に残っていたことすら忘れていたらしいから、蔵で眠ったまま、当然手入れもされていない。錆びついて、柄には薄汚れた布切れが張り付いているさまは、見た目だけなら骨董品とすら言えない、とっくに棄てられていてもおかしくないものだった。
    「私の使っていたものが欲しいのなら、せめて初陣で携行した剣を出させようか。たしかあれも何処かにあった筈だが」
    僕は首を横に振る。
    「それってほとんど使わなかったっていうやつだろ。僕はこれがいいんだってば。将軍は分かってないなあ」
    まだ納得していない様子の将軍は放っておいて、刀身を二本指で支えて眼前に掲げ、じっくりと見つめる。刃の傷や削れ方、擦った痕なんかから、かつて使い込まれていたことがよく分かった。勿論、今では武器として使いものにはならない。しかしこの剣には物語がある。僕はそこに価値を見ていた。
    「片側が削れてバランスが悪くなってる。ちゃんと砥がなきゃ駄目だよ」
    将軍は肩をすくめて苦笑する。
    「昔の私に言ってやってくれ」
    僕も笑って、剣に目を戻した。
    それにしても、軽い剣だ。今の将軍が使う陣刀は、これとは比べ物にならないほど重いってことを、僕は知っている。

    刀身に刻まれた大小様々な傷をしみじみと見ると、将軍も昔はこれを一生懸命振ってたんだなあと思って、なんだか不思議だ。
    「ねえ。将軍は、どんな子どもだった?」
    訓練用の軽い剣を与えられて、稽古をつけてもらっていた頃のこの人を、僕は知らない。将軍にも、これを振りながら一万回を数えたことがあったのだろうか。想像してみても、曖昧な空想の像は目の前の老獪な将軍と重ならない。
    「子ども……か」
    将軍はゆっくりとまばたきをした。少し間が空いて、随分昔のことになるが、と語り出す。
    「迷いも憂いもなく、師の下で、真っ直ぐに鍛錬に励んでいたよ。剣の技量に関しては、同じ年の頃で比べれば君のほうが何手も上だと思うがね」
    「ふうん。趣味とか、好きなこととかは?」
    「趣味か」
    呟いて、将軍は窓の外に目を向ける。
    「天気の好い日に、木に登って空を眺め、鳥の声を聞き、昼寝をするのが好きだった」
    将軍は目を細めて外の光を仰いだ。
    「成長し、戦が激化してからはそんな余裕もなくなってしまったが。……ここ数百年、たまの居眠りが許される程度に平穏が得られていることは、幸いなことだ」
    「なんだか、変わってないんだ。でも……はは、将軍が木の上にいたら、みんな驚くだろうね」
    将軍は目立つから、羅浮の何処にいようとどうしても注目される。外でゆっくり寝ているのは難しいかもしれない。
    「まったく、将軍という肩書きはつまらない」
    将軍はやれやれと溜め息をつく。
    「いつも公務公務って、神策府に閉じ籠もってるんじゃあ、そりゃ面白くないよ」
    「好きで籠もっているわけではないんだよ。為すべきことが多過ぎるのがいけない」
    「ああ、籠の中の鳥ってやつ?」
    「鳥という柄ではないが」
    「じゃあ、檻の中の獅子だ」
    「それはまた、凶暴そうに聞こえるな」
    僕と将軍は顔を見合わせて笑った。
    「でもさ、将軍がどうしようもなく疲れちゃって、逃げたくなったら言ってよ。僕がこっそり連れ出してあげる」
    と、僕は提案した。将軍は僕の力を認めてくれて、たくさんのものをくれた。だから僕は、いつでも将軍を助けてやるつもりでいるのだ。
    「ほう。君が攫ってくれるのか」
    将軍は目を瞬かせて、相好を崩した。
    「任せて。将軍を担いで窓から飛び降りてあげるから」
    「はは、楽しそうだ」
    将軍が微笑む。将軍はたいてい何時も笑顔でいるけど、それは惰性であって、本当に笑ってるわけじゃない。でも今の将軍は珍しく、嬉しそうで、僕は良いことを言ったと思って誇らしくなる。
    「さて、そうは言っても私は目の前の仕事を片づけなくては。……彦卿よ、その剣をどうするんだい」
    「これ以上痛まないように手入れして、仕舞っておくよ。将軍から初めてもらった剣と同じ段に入れとく。ああ、そういえば将軍、使ってたときの剣袋はないの? ないなら僕が合うものを選ぶけど」
    「そんなものは残っていないよ。それは君にあげたものだから、君の好きにしなさい」
    「うん! 大事にするね」
    去っていく将軍の背中に言う。将軍はひらひらと手を振った。

    腕の中にある鞘をそっと抱く。
    僕に捉えられない将軍の過去の歩みの一部がここにある。この宝物を加えれば、僕のコレクションはもっと素晴らしいものになる気がした。
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