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    多々野

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    多々野

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    ケビスウ
    ※幽霊ではない
    2023.12.19

    ##ケビスウ
    ##小説

    身勝手な幽霊数日前から、時折視界をよぎる人影がある。視線を感じたほうを見ると、少し離れたところからこちらを見ている男の姿が幻のようにちらつき、ふといなくなるのだ。腰より長い灰色の髪が特徴的だった。どこか浮世離れした雰囲気を纏って、都会の雑然とした景観にも浮いている。知り合いだろうかと考えても記憶にない。東洋系の外見だからもしかしたらと華に訊ねたが、彼女も知らないという。

    彼はなぜこちらを見ているのだろう。ストーカーにしては視線が柔らかい。幽霊の類という可能性もある。今のところ一つ分かっているのは、彼は一人でいるときより、誰かと一緒にいるときにこそよく現れるということだった。今日も、店に入る前、メイと外を歩いていたときに一度彼を見かけていた。

    「メイはどう思う?」
    「悪意は感じないんでしょう? 困ることがないなら放っておいたら」
    メイはそう言ってコーヒーカップに口をつけた。眼鏡の下半分が白く曇る。ケビンはメイの後ろの背景に視線を移した。休日のコーヒーチェーンの混雑した店内に、無意識にあの姿を探してしまう。あいにく、ここは狭い空間に視線と声が重なりあう場所だ。もし彼がいても気づかないかもしれない。軽く息を吐く。
    「そうはいっても気になるだろ」
    悪いものではないにしたって正体は知りたい。むしろ害がないからこそ目的が気になるのだ。
    「じゃあ、話しかけてみたら?」
    向かいに座るメイがきゅっと口角を上げた。大きな目には好奇心の光が宿っている。実のところ、彼はメイと一緒にいるときにも何度か現れていた。しかし彼女は一度も彼を見たことがないという。いよいよ幻じみている。だから、
    「なんとなく、話しかけたら消えてしまいそうで」
    浅い眠りに見る夢のような感覚だった。一度目が覚めたら、二度と続きを見ることのできない夢。
    メイがふっと笑う。
    「あら、消えてほしくないのね?」
    ケビンは目を伏せる。コーヒーの黒い水面に映った自分の顔はぼんやりと揺れていた。
    「……どうだろう」

    メイと別れ帰路につく。駅前のローターリーは黄昏時にしては空いていた。バスを待つ人々の最後尾に並ぶ。
    ケビンはそこでふと、背後からの視線に気がついた。彼が今、後ろにいる。ここまで近いのは滅多にないチャンスかもしれない。そう思えば、ためらう気持ちはどこかに吹き飛んでいた。考えるより体が振り向く。
    「なあ! 君は誰なんだ?」
    そこにいた『彼』はひどく驚いた顔して、一歩退いた。
    ケビンの背後でガタンと扉が閉まる。バスが走り出してしまったが、気にならなかった。それより、いよいよ至近距離で、正面から目が合った――瞼は閉じていたが、そう思った。長い前髪の向こうの睫毛が震える。薄く開いた唇が何かを小さく呟いている。投影が……僕に……? よく聞こえない。
    彼が答えないのに焦れ、「ごめん、知り合いだった?」と付け加える。はっきりと顔を見た今でもやはり思い出すことはなかったが、念の為に。
    「いや……僕は」
    青年はそこで初めて喋った。低く柔らかな声に、微かに動揺が滲んでいる。ケビンは続きをじっと待つ。ひと呼吸の間のあと、次の言葉はもう揺れていなかった。
    「君が幸せそうだったから、つい、見に来てしまったんだ」
    「……幸せ?」
    思いもよらない言葉に、今度はこちらが目を見張った。
    「そう見えたよ。ここの君はメイや、華やサクラ……仲間たちと共にいて、楽しそうだ」
    拍子抜けするほど、正体不明の存在との会話は簡単に成された。しかし彼の言うことは不思議だった。ケビンにとって友人や恋人のいる日々は日常で、それが幸せなことかどうかなど考えたこともない。
    「それで、僕の周りの人間の名前まで知っている君は一体何者なんだ? ……守護霊?」
    彼は眉を上げ、ついで頰を緩ませる。
    「はは、悪くないね。残念ながら君を守る力はないけれど」
    目を閉じたままの顔でも、笑っているのはよく分かる。彼にとっては面白い冗談だったようだ。ケビンは眉をひそめ、問いを重ねた。
    「教えてくれ。何か僕にこだわる理由があるんだろう?」
    彼は微笑んだまま、やわらかいため息とともに、「僕は、遠い昔に君を失くしたから」と答えた。青年はケビンと歳も背丈も変わらないように見えたが、彼の態度はまるで老齢の僧侶のような落ち着きと寂寞を感じさせた。
    「……君の言うことはまったく分からない」
    「分からなくて構わないさ」
    「じゃあ、当てる。君は……生まれる前に生き別れた親友?」
    「珍しい表現だ」
    気のない返事を口にしながら、彼が空を見て何かに気づいた素振りを見せる。
    「ああ……やはり投影が崩れてしまう」
    「どういう意味だ」、と聞いたはずの自分の声が聞こえなかった。驚いて彼の視線の先を見上げると、液晶に映る映像が乱れたときのようなノイズが広がっていた。空だけでない。視界のすべてが崩れていく。
    「残念だけれど、お別れだ」
    わけのわからない状況にもかかわらず、混乱も恐怖も、そのひとことで引いてしまった。何故だかすとんと分かってしまったのだ。ああ、本当に夢が終わるのだと。
    しかし、何が残念だ。君は結局何も教えてくれていないじゃないか。この状況のわけも、君の名前すら――。そうだ、名前を聞いていない。ケビンはほとんど真っ白に染まった世界の中で、音にならない声を張り上げる。すると、幽霊がまた笑う気配がして、消えゆく吐息のような音が、最後に耳に届いた気がした。
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