海に梯子はかからない 海に梯子はかからない
自分の輪郭さえも見えないような、墨を溶かした夜の水面に、朝が、突然訪れた。
濡れた手の甲に、ぷっくりと浮かんでいた水泡さえも弾けるほどの眩しさに、驚いて思わず顔を上げる。
月が、出ていた。
今にも落ちてきそうな月が、知らぬ間に、夜の海の上に。
手を伸ばせば、掴めてしまえそうなほどの大きさに瞠目し、今にも吸い寄せられるような心地で、果たして朝の月とはこれほどまでに神々しく、美しいものだったかと感心したその時、漸く気が付いた。
朝が来たのではない。ただ、この満月があまりにも大きく輝いているから、自分の周りだけ、まるで朝が訪れたかのように明るくなっているのだと。
「やっと、お会い出来ましたな」
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