1
「吾輩をトカゲと呼ぶのいい加減やめんかパズズ!」
「んもう拗ねちゃってば♡ ごめんね? はぐれ転光生ちゃんにばっかり構ってたから寂しかったんだよね? 後でたっぷり診察してあげるからね♡」
「ヒッ…!! どこも怪我しておらんわァッ!! 診察なぞ、いらん!!」
なんだかものすごい声量で会話している(おもに片方が)バカップルがいるなあと、サモナーはなんとなしに様子を伺う。
見ると、白衣を纏ったライオンのような獣人転光生と、黄色いフード付きコートに身を包んだ大きなトカゲのような転光生の二人組であった。
KEEP OUTのテープで塞がれた場所のある方向から出てきたところを見るに、危険な現場で活躍する仕事らしい…が、会話の内容がだいぶ気の抜けたものなのでイマイチ貫禄がない。
まあ決して平和ではなく、むしろ割と危険が身近にあるのがこの東京なのでそういうこともあるし、さまざまなひとがごった返す場所でもあるため、バカップルもそりゃあいるだろう。
そう、日常なのだ。
故にサモナーが特段注意を引く出来事ではない。
なのだが、なぜだか目が離せなかった。
特に黄色いコートを纏った巨大な転光生から、サモナーは目が離せなかった。
幸いサモナーには今日この後の予定はなく、今もただぶらぶらと散歩しているだけであった。
自らの好奇心に従って行動してしまうことが多いサモナーは、そういう訳でやかましい二人組の後をついていくことにしたのだった。
2
まるでサソリの尾のようにアレンジされた尻尾と、どっしりと太く重量感のありそうな尻尾がゆらゆらと揺れている様子を見るのはかなり楽しいものであった。
サソリの尾はどっしりとした尻尾に甘えるように擦り寄り、それに対してどっしりとした尻尾は大層嫌がって逃げたり、擦り寄るサソリの尾を叩き落としたりしていた。
あるいは、二人のテンポのよい掛け合いに耳を傾けたりもした。
ライオン獣人はおどけるように、おおげさなくらい「トカゲちゃん」を愛でるような発言をし、それに対して「トカゲちゃん」はツンツンとした態度ですげなく突っぱねたり、あるいはいい加減にしろと怒ったり。
しかし、それでも雰囲気がギスギスとした険悪な雰囲気にならないのは、それが二人の日常で、信頼関係が根底にあるからということは、二人の様子をしばらく見てすぐに分かった。
勝手に後をつけて勝手に会話の内容を聞いて勝手に微笑ましく思う、この行為がかなり気味が悪く大変プライバシーの侵害であることは分かっているのだが、どうしてかやめられずにいた。
しかしこの一方的な状況を続けるのはまずいか、とサモナーは思い、勇気を出して声をかけてみることにした。
少し距離をとって歩いていたのを、小走りで縮めようとする。
「止まれ人間よ」
鋭く声をかけられて、思わず体が硬直する。
まさに近寄らんとしていた前方の二人組の片方、トカゲのような転光生から発せられた言葉だった。
途端に罪悪感や焦燥感が胸に広がる。
「いつ仕掛けてくるかと思ったが…」
「仲間とかは特にいないみたいだね。さて、どうするんだい?」
場違いなほどに柔らかく微笑んでこちらに声をかけてくるライオン獣人と、正反対に、鋭い表情でこちらを警戒しているそぶりを全く隠そうとしないトカゲ獣人。
「あ、…」
喉がカラカラで、言葉が出ない。
「フン。お粗末な尾行で気づかれないとでも思っていたのか? これだから下等生物は…」
「君は何が目的なのかな? 敵意は無いようにも見えるけど、なにぶん意図がよく分からないからね。拠点を奪うためにつけているとしてもずさんすぎるし…」
尾行=害意という方程式は当然に成り立つのは想像に難く無いのは分かっていたはずなのだが、相手への好意でいっぱいだったサモナーの頭からはすっかり抜け落ちていた。
好奇心が先行していたため、相手からこちらへの意識という考えまで辿り着かず、気づかれる気づかれないというところまでにすら思い至っていなかったのだ。
「すみません、その、ついお二人のことが気になって…」
「そんな甘っちょろい言い訳で言い逃れられるとでも思っているのか?」
「まあまあ、そんなに威圧するとこの子ペシャンコになっちゃうよ?」
「ム、…」
「で、本当のところはどうなのかな?」
「……す…すみません…本当は…その、そちらの方が、気になって…」
サモナーがそちらと言いながら手のひらを上に向けて、できるだけ失礼にならないようにおずおずと示したのは、黄色いコートを纏った巨大なトカゲのような転光生であった。
「…はあッ?!」
「えっ!! 君も“分かる”のかい?!」
トカゲ獣人は素っ頓狂な声をあげ、ライオン獣人はなにやら鼻息を荒くしてサモナーにずずいと近づいてきた。
「わっ、?」
「君も! 大きな爬虫類にご興味が?!」
目を爛々と輝かせ、サモナーの手を握らんばかりに興奮した様子のライオン獣人にサモナーは気圧される。
「やめんかパズズ。人間が引いておるぞ」
「おれのトカゲちゃんかわいいもんねぇ?! いやー嬉しいなぁ!! あ! ウチに寄ってくかい? トカゲちゃんの16分の1スケールのフィギュアがあってね、細部の細部までこだわりぬいガハッ」
「二度と、吾輩とコイツに近寄るなよ。あとパズズ、やはりアレは捨てておく」
「ちょ?! そんなあ!! トカゲちゃんのあんなとこやこんなとこまで頑張って再現したのにムガムガ」
「黙れ!!」
目の前で繰り広げられる漫才に、本当にこの二人は仲がいいんだなぁという感心からサモナーは思わず笑みを漏らしていた。
「ふふっ」
「な、なにを笑っておるのだ人間、っ…」
ギロっと睨みつけようとトカゲ獣人がサモナーの顔を見たかと思うと、油の差していないブリキ人形のようにギシっとこわばった。
「あっ、すみません、そういうわけじゃなくて…本当に仲がよろしいんだなと思って」
あわてて言い訳をするが、トカゲ獣人は固まったままであった。
「…トカゲちゃん? …あー、ははは。こりゃ大変だ。ごめんね尾行者ちゃん。この子、人間が大好きなもんで」
「すっ、すっ、好きなどでは断じてないッ」
「この通り素直じゃないんだけどね」
「黙れパズズ!!」
「でもお二人は付き合ってるのでは…」
「ハァ?! 付き合ってる訳がなかろう?! どこをどう見たらそうなるのだ?! というか今の話の流れでなぜそうなる?!」
「も〜〜、照れちゃって〜」
「貴様の脳みそのふわふわ具合には本当に呆れを通り越して称賛すらしたくなる。一度診てもらったらどうだ」
「トカゲちゃんったらツンデレなんだからもう…でも残念ながら彼の言う通り、おれたちは付き合ってる訳じゃないよ。まあそうでなくても強固な運命と愛情で結ばれあっている訳だけど」
「コイツの妄言は気にするな。全て戯言だ。全くもってそのような事実はない」
「そうなんですね…」
「そうだ。分かったら野次馬はやめて来た道を戻ってまっすぐ帰るんだな人間」
「え…」
サモナーは思わず寂しさを表出させる。
するとトカゲ獣人の喉からグッとつぶれたような声が聞こえた。
「す、すみません、尾行なんかしておいてこんなこと言っても信用なんかされないと思うんですけど…、友達になれたら嬉しいなって」
またトカゲ獣人の喉からグゥッと音が聞こえる。
ライオン獣人はニコニコとトカゲ獣人の顔を見つめて微笑んでいる。
「おれは大賛成だよ。君と親しくするひとが増えるのはすごくいいと思うな」
「馬鹿者! お前はいいが、他の者が吾輩に近づいたらどうなるか分かっておろうが!」
「おれがついていれば大丈夫だよ。それに、ハスターだって自分の力はコントロールできるだろう? 君が今まで努力してきたこと、おれはわかってるよ」
「…フンッ…」
「ふふ。さて、君のお名前は?」
「___です」
「___ちゃんね。ぼくはパズズ。飢野学園のテイマーだ。そしてこちらはハスター。おれのかわいいビーストさ」
「あっ、ぼくは神宿の」
「大丈夫。制服でバッチリ分かるよ」
「素性モロ出しで尾行なんぞして、本当に人間とは愚かだな…」
それについてはぐうの音も出ず、サモナーはぺしょりと自分の愚かさに縮こまる。
するとハスターはバツの悪そうな顔をして、鮮やかなピンク色の指先でぽりぽりと頬をかいた。
「ごめんね___ちゃん。この子ツンが9割のツンデレさんなんだ。本当は人間が大好きで仕方ないんだけど、権能の都合でひとを寄せつけないようにしてるんだ」
「大好きなどではないっ。…だが、まあ、そうだな。脆弱な人間などが吾輩に近づかば、たちまち熱病に侵されぐずぐずになってしまうだろう」
「へぇ…」
「吾輩はいわば生物災害そのもの。病風、害虫、猛毒、旱魃を支配する。それらを抑えるすることも、逆に拡大させることも可能なのだ。…どうだ恐ろしいだろう」
「…すごいですねぇ」
「フン! 吾輩の偉大さが分かったのなら良い。下等生物などが友達にして良い相手ではないのだ」
「だから、おれが一緒にいるから大丈夫だって言っただろ?」
「万が一ということもあろう」
「ぼっ、ぼくの権能は離断なので、それに関しては大丈夫かもしれません」
「離断?ほう…吾輩の生物災害を切り離せると」
「はい。だから、その。友達になれませんかね…?」
ハスターの瞳をじいと見つめると、ハスターはたじろぎ顔を赤らめる。
…かと思うと、突然真顔になり、今度はハスターがサモナーの瞳をじいっと見つめ出した。
「…え、え?」
「……貴様!!! にっ、人間の、あろうことかそんな姿をして吾輩に近づくとは恥知らずがァッ!!!!」
「え?!」
突然の剣幕にサモナーは思わず身を引く。
パズズもなんのことか分からないようで、慌ててハスターを抑えた。
「ちょっとちょっとトカゲちゃん? 何をそんなに怒ってるの?ほら、___ちゃん怯えてるじゃないか」
「此奴は人間などではない! いやたしかに人間の姿をとってはいるが!! その目に宿っているのは間違いなく、我が宿敵■■■■■■■■■■ではないかァァ!!!!」
「え、ええ?」
「宿敵? オールドワンズのってことかい?」
「そうだ…! 貴様どういうつもりだ?? 吾輩に取り入って何をするつもりなのだ」
好意を持ち、友達になりたいと思っていた相手から突然敵意丸出しのギラギラとした目でねめ付けられ、サモナーは泣き出したいような気持ちになった。
「そ、そ、そんなこと言われても、…」
「ハスター落ち着いて。なんのことか分かってないみたいだよ」
「演技かもしれん、気を抜くなパズズ。此奴はオールドワンズの旧支配者の一人だぞ」
「……あ」
ショックで気付くのが遅れたが、いわゆる「いつものこと」が起きているらしい。
サモナーは、流者としての役割を持つ。
故に、二十三の異世界から追放された流者との強い縁を持ち、そのため世界代行者をはじめとした転光生からは、それぞれの世界での追放者の名前で呼ばれることが多々ある。
「ぼくの役割が流者なので、転光生の方からはもしかするとそう見えているのかもしれません…。ぼくにはその記憶がなくてピンとこないんですが」
「だってさ」
「ふぅん…いやしかしその目に宿っているのは確かに…ううむ…」
尚も警戒の色を弱めることはなくジロジロと睨みつけられるが、覚えのある「身に覚えのない過去」による視線と分かり、ほんの少しだけホッとする。
オールドワンズでの「宿敵」は、ハスターと同等の力をもった強力な旧支配者であっただろうが、今のサモナーは(おそらく)ただの人間であり、旧支配者のおぞましい力などはない。そもそもハスターに敵対しようなどとは思っていないし、シンプルに友達になりたいだけなのだ。
…いや、少しの下心は否めないが。
今は警戒されても、過ごしていくうちにサモナーはサモナーであると分かってもらえたらいいのだ。そして、異世界での関係性ではなく、今この東京での新しい関係性を築くことができたなら。
「ぼくはぼくです。今はその、宿敵さんにしか見えないかもしれないけれど、ぼくはハスターさんを傷つけようとか思ってないし、友達になりたいなって本当に思ってます。ぼくが信じてもらえるように頑張ります。だから、チャンスをくれませんか?」
誠意をできる限り込めてハスターの顔をじいっと見つめると、ハスターは顔を赤らめてプイと背けた。
「………ハァ。少しでも、妙な真似をしたら穢してぐずぐずに侵し尽くしてやるからな?」
触手をウネウネとさせてブツブツと呟き、言外にチャンスをくれると言うハスターに、サモナーの胸はキューンと高鳴った。
「よろしくお願いします!!!」
サモナーはバッと頭を下げ深々とお辞儀をした。
「いやあ、ハリケーンだねぇ」
パズズは、すでに甘い雰囲気を纏いつつある二人を見てそうつぶやいた。
おしまい