ピピピピするり。
か弱く、小さなものが自身の身体をするすると駆け回る感覚がくすぐったくて、ハスターはもぞりと身じろぎする。
ぺたぺた。
つんつん。
むにむに。
好き勝手に動く小さいものがなんだかやけにかわいく感じて、触手の先でそっとつつくと、とたんにそのかわいらしい何かはパッと逃げていった。
無遠慮な臆病者のかわいらしさに、ハスターは思わず笑みを漏らす。
駆け回った軌跡を思い出すように触手でなぞっていると、おずおずといった様子でまた小さなものがつんつんと腕をつつく。
許すように優しく触手で撫でてやると、嬉しそうに飛びつき、小さなものは2つになり、果ては大きな1つとなってハスターの体にまとわりついた。(それでもハスターの体と比較するとだいぶん小さいが。)
すりすり。
むぎゅむぎゅ。
さんざん触って撫でて抱きしめて、満足してひと心地ついたらしいそれを、満を持してハスターは両腕でがっしりと捕まえた。
臆病者は慌てたようにもがいて逃れようとするが、もちろんハスターの力に勝てるはずもない。
ぐいと胸まで引き上げてやると、ようやく臆病者の顔が見えた。
「よくもやってくれたな? 人間」
「ぐるじいー」
生物災害そのものである黄衣の王・ハスターにベタベタと無遠慮に触れてくる者など、数えるほどしかいない。
予想していた通りの顔を覗き込んでハスターは満足げにフンと鼻を鳴らした。
「他人の身体を無遠慮にベタベタベタベタと」
「ハスターはヒトじゃないだろ?」
「揚げ足を取るでない」
生意気な人間のつるりとした頬を触手でペチペチと叩く。
「んえー…。それに、ハスター嬉しそうにしてたじゃんか」
「フン」
全くもってその通りなのだが、素直に頷いてやるのは癪なのでプイと顔を背ける。
「ハスター」
人間の甘えるような声にめっぽう弱いハスターは、仕方ないと言わんばかりに大袈裟にため息をついてからチラリと目線をくれてやる。
思ったよりも近くにサモナーの顔があり、息を詰まらせてしまった。悔しいので驚いたことを気取られないようにゆったりと息を吐く。
小さな手のひらがハスターの顎をなぞって、頬の横のツノまで撫でていく。
くすぐったさに眉を顰めると、サモナーの顔がぐいっと近づいて、今まさにシワの寄った眉間にちゅっとキスをする。
当然口にされると思って目を瞑ったハスターは、想定外の場所への感触にすぐにぱっちりと目を開く。
サモナーの顔をぽかんと見つめると、サモナーはぎゅうっと堪えるような表情を浮かべ、今度こそハスターの口にキスを落とした。
「…フン」
先ほどの自分の間抜けな顔を想像して気恥ずかしくなったのか、ハスターはまた顔を背けた。
手に取るようにハスターの心情が分かって、愛おしさの募ったサモナーは太く逞しい首に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめる。
んふふ、と笑うサモナーの息がくすぐったくてもぞもぞと身じろぎをする。
「ねえ、ハスター」
「…ん」
「あ『ピピピピ』よ」
「、ん…?もう一度言え」
『ピピピピ』
「おい、人間?」
『ピピピピ』
「おいっ…」
『ピピピピ』
『ピピピピ』
『ピピピピ』
「ピピピピピピピピうるさいわァーーーッッッ!!!!!!!」
がばり。
「…………ア?」
『ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ』
「やかましいッ」
ベシッ
「…。…………………」
ぱちぱちと瞬きして、脳内を整理する。
ここは見慣れた自室。ぬくぬくとした布団に収まっているのは自身1人。感じるのはカーテン越しの光と鳥のさえずり。
つまるところ、先ほどまでのサモナーとの甘やかな時間は、夢であった。
「…………」
「夢かよ」という苛立ちや、気恥ずかしさ、アラームにサモナーの言葉を邪魔された苛立ちなどでハスターの機嫌は急降下していく。
苛立ちに任せてグッと起き上がり、顔を洗うためにドスドスと自室を出る。
目覚めのキッスをしようと飛び掛かってきたパズズは尻尾で叩き落とした。
洗面所の鏡の前に立ち、寝起きの顔を見ると、眉間には深々とシワが刻まれている。
「……」
蛇口を捻り、水を出す。
コップにうがい薬と水をいれ、スッキリするまで口内をすすぐ。
軽く手を洗った後、両手に水を受け、ゴシゴシと顔を洗う。
ふわふわのタオルを手に取り、ぽんぽんと水気を拭き取る。
鏡の中の幾分かスッキリした表情をぼんやり見つめる。
眉間に落とされたキスの感触がやけに鮮明で、少し焦ったハスターはタオルでゴシゴシと眉間を拭う。
続いて、口へのキスもなんだか本当の感覚だったような気がしてこちらも拭う。
なんだかまんざらでもないような表情を浮かべている鏡の中のヤツにシャーッと威嚇してハスターは洗面所から逃げ出した。