ラ○ンツェルパロ(降志) むかし、小さな村のとある医者のところに女の赤ちゃんがうまれました。名前を<シホ>といいました。シホはとても頭がよく、子どもでありながら家にあったむずかしい医学書をすべて読んでしまいました。そして、自分でも薬の研究をするようになりました。
しかし、そんなシホの能力に目をつけた黒ずくめのわるものたちがいました。わるものたちは、互いをいつわりの名で呼びあっていました。シホは<シェリー>と名前を変えられ、両親やきょうだいをわるものたちに殺されてしまいました。そして、森の奥ふかくの高い塔の中に閉じこめられてしまったのです。
やがて、シェリーはうつくしい娘になりました。その塔には、小さな窓はありましたが、どこにも入口がありません。お目付役のジンやウォッカがシェリーに会いに行くときは、隠し扉の向こうのひみつの階段を使っていました。シェリーは暗い塔の中で過ごさなくてはなりませんでしたが、薬の研究ができる環境は整っていたので、さほど不便さやさびしさは感じませんでした。シェリーは肩までのびた赤茶色の髪をとかしながら、いつも何かむずかしい言葉を紙に書きつづっていました。
ある日、森を通りかかったひとりの王子が、塔の上から落ちてきた一枚の羊皮紙を手に取りました。
「何てすばらしい研究なんだ!」と、王子は思いました。王子の名前は、レイといいました。彼は、黒づくめのわるものたちによって自国の安全と国民の健康がおびやかされることを、いつも憂いていました。
「一体どんな人が書いているのだろう。ひと目だけでいい、会ってみたいものだ」
けれども、塔には入口がありません。王子が入口を探していると、銀髪のわるものと黒い眼鏡のわるものがやってきました。レイがものかげに隠れて見ていると、なんと彼らはつたにおおわれた隠し扉を開けて中に入っていくではありませんか。
「そうだったのか……」
次の日、王子は隠し扉を開けて、そっと塔の中に侵入しました。扉には鍵がかかっていましたが、彼にとってそれを外すのはむずかしいことではありませんでした。
長いらせん階段から聞こえる足音を聞いて、シェリーは思いました。
「今日の監視は一人なのかしら。足音もちがうし、妙ね……」
ドアから入ってきたのは、金髪碧眼に褐色の肌をもつ見たこともない若い男でした。シェリーはいぶかしげにたずねました。
「あなた、だれ……?」
「こんにちは。僕はレイ。この国の王子です」
「王子ですって? 早くここから出ていった方がいいわ。彼らに見つかったら大変よ」
そんな言葉は意に介さず、レイはまっすぐに彼女の目を見て聞きました。
「うつくしいお嬢さん、君の名前は?」
「シェリーよ」
「それは、奴らに付けられたいつわりの名ですよね。本当の名前は?」
「……シホ」
レイ王子は、彼女の前にひざまずき、真剣な表情で言いました。
「シホさん、黒ずくめの奴らの脅威から国を守るためには、あなたの力が必要です。どうか、僕といっしょに来てくれませんか」
シホの目が驚きと喜びで丸く見開かれました。が、小さなため息とともに、透きとおるような緑色の目はふせられてしまいます。
「彼らから逃れるなんて、無理よ」
うつむく彼女の手をそっと取って、レイは言いました。
「僕のことが信用できないのなら、僕は毎日、君に会いに来ます。世の中のいろいろなことを話に」
「そんなこと、もし彼らが知ったら、あなたをどんな目に合わせるか分からないわ……」
閉じこめられている自分のことより他人の身を案じるシホのやさしさに、レイ王子は惹かれました。
「こわがらないで。もう、僕がついていますから」
シホの手の甲に、レイはそっと口づけました。
レイは、黒ずくめのわるものたちの隙をついて、毎日シホをたずねてきました。にぎやかな城下町の様子、街娘たちのうわさ話、お城で起こった小さな事件……レイが話す色とりどりの外の世界の話に、シホは目をかがやかせて聴き入りました。こうして、二人は少しずつ心の距離をちぢめていったのです。
しばらくたったある日、二人は結婚のやくそくをしました。
「シホは、結婚を誓ったもの同士がどんなことをするか、知ってる?」
「本で読んだことならあるわ」
ベッドにならんで座りながら、レイはシホの右手に自分の左手をからませました。彼女が体をこわばらせたのを見て、彼は言いました。
「だいじょうぶ。君のいやがることはしないよ」
レイはシホにやさしく口づけました。ふれるだけの柔らかくて甘いキスは、今までも何回かしたことがありました。シホは少しほっとしました。しかし、今夜はそれだけでは終わりません。
「シホ、口をあけて」
何度目かのキスの合間に、レイが言いました。シホがおそるおそる口を開くと、その隙間からレイの舌がねじ込まれました。驚いているいとまもなく、彼女の小さな舌はいとも簡単に絡めとられました。
「……レイ……お、うじ……ッ」
「褥では、ただの<レイ>と」
「レイ……」
シホの体は、天蓋のついたベッドに横たえられました。褐色の長い指が彼女の双丘をゆるやかに撫で、薄紫色のドレスのすそから中に入り込みます。絹のシュミーズの上から秘部をそっとなでられると、シホは初めての感覚にびくりと体をふるわせました。
「……っ!?」
「ここに痛みがあるかもしれないけれど」
レイは、シホの額、頬、首筋と順にキスの雨をふらせ、耳元でささやくように言いました。
「こわがらないで、僕にすべてをゆだねてくれる?」
シホはうるんだ瞳で彼を見つめ、小さくうなずきました。そして、レイの首に自分の腕を回しました。レイは泣きそうな顔でほほえみ、シホをぎゅっと抱きよせたのでした。
こうして、その夜、二人は結ばれました。
濃密な夜からめざめたとき、レイが言いました。
「今日、彼らは夜までやってこない。塔の外へ、ともに行こう」
「塔の外へ……?本当に……?」
シホは信じられない気持ちでした。
「城へ来て、僕と正式に結婚してほしい」
「……よろこんで」
レイの言葉に、シホははらはらと涙をこぼしながらうなずきました。
ところが、黒づくめのわるものたちは、レイ王子がシホの元へ通っていることを知っていました。ジンがシホの部屋で金色の髪を一本見つけていたのです。
「シェリー、裏切り者の末路は分かっているな……?」
かわいそうに、シホはジンが使役するカラスたちに捕まえられて、遠い荒れ果てた砂漠に置き去りにされてしまいました。
ジンは塔の中に潜んで、王子が来るのを待ちました。いつものように塔にのぼってきたレイは、ジンが部屋にひとりでいるのを見て言いました。
「……シホはどこだ?」
「お前のかわいいハニーは、遠いところへ行っちまったのさ」
そう言って、ジンは窓からレイを突き落としました。
「ああ……っ!!」
レイは高い塔から、真っ逆さまに落ちていきました。が、元々王子としてさまざまな訓練を受けていたレイは体を反転させ、とげだらけのからたちの茂みをよけて着地したため、まったくの無傷でした。
「カザミ、彼女を探してくれ」
塔の下に控えていた自身の右腕に、レイは耳打ちしました。そして、自分も砂漠を歩いていきました。渇ききった、広い広い砂漠でした。
王子の「シホ、シホ……」と呼ぶ声を聞いて、ひとりの娘が姿を表しました。
「どうして、あなたは私の本当の名前を知っているの……?」
シホは、若い旅人の顔を見て、はっとしました。
「レイ王子!!」
「シホ……!!」
二人は強く抱きしめ合いました。
「シホ、無事でよかった……!!」
「レイ、あなたも……」
しかし、再会の喜びも束の間に、シホは倒れてしまいます。シホのお腹には、レイとの愛の結晶が宿っていました。
「ありがとう、シホ……!!」
「こちらこそ、ありがとう、レイ。愛してるわ」
「僕も、愛してる」
二人は、王子のお城ですばらしい結婚式をあげました。シホが開発した薬によって、病に苦しんでいた国民はみるみるうちに元気になり、国には平和が戻りました。わるものたちは、レイ王子と優秀な部下たちのはたらきにより、いつの間にか姿を消していました。
こうして、生まれてすぐに黒ずくめのわるものたちに連れていかれて、ひとりぼっちだったシホは、ようやくしあわせになったのです。シホは聡明な王女となりました。レイ王子とともに国を治め、二人はいつまでも楽しくくらしました。