とある家族の本丸本庄(ほんじょう)家
夫:英雄(ひでお)
妻:美子(よしこ)
子:ワカ(通称)
―――― 保活。
平成から、令和にかけて未だ解決されない、職業婦人達の戦である。
専業主婦が主だった時代も、今は昔。
女も働け、子を産め、更に働けと、心身ともに殺す気満々の政府の意向により、戦は激しさを増している。
本庄家も、その戦に参戦する家の一つである。
ある日。
某IT社にて、SEを務める英雄は、マンションの玄関を入った途端、疲れ果てた気配を察してリビングへと足を速めた。
「美子ちゃん、大丈夫・・・?
保育園、今日も無理だった?」
決まっていたなら喜びの連絡が入っただろうが、今日もそれはなかった。
気づかわしげに問いかけると、テーブルの上に突っ伏した美子が、ぼさぼさの頭を上げる。
「今・・・落選の連絡来た・・・・・・」
あえて、家からも職場からもやや遠い、不人気の保育園を第一志望に入れていたのに、それでもダメだったと、肩を落とした彼女は、はっとして英雄を見やった。
「ごめんなさい!
ごはんの用意してなかった!!」
慌てて立ち上がろうとした彼女の前に、英雄は惣菜の入った袋を置く。
「いや、連絡なかったから、きっとがっかりしてるんじゃないかなぁって。
野菜中心に買ってきたけど、あっためる?
冷えてた方が食べやすい?」
出産後も、食べ物の匂いに参っていた彼女を気遣ってくれる優しさに、思わず涙が出た。
「ごめんね・・・。
私、ちゃんとした奥さんじゃないし、母親としてもちゃんとできないし、仕事も復帰できるかわからないなんて・・・。
ごめんなさいー・・・!
生きててごめんなさいぃー・・・!」
元から真面目な性格ではあったが、とんでもないことを言い出す美子に英雄は慌てた。
「いや!なに言ってるの!
ごはんくらいいいって!
俺作るし!難しいなら今日みたいに買ってくるし!
それよりちゃんと寝てる?!」
「あんまり・・・。
夜泣きひどいし、お昼寝もさせられないし、こんなお母さんがのうのうと生きててごめんなさい・・・!
やっぱり、私なんかいない方が・・・」
「美子ちゃーん!しっかり!!」
英雄が、美子の両肩を掴んだ瞬間だった。
「お困りのようですね?!」
腕にふわふわした尻尾が触れて、思わず飛びのく。
「なにこのぬいぐるみ?!いつからあった?!」
英雄が惣菜を置いた時には、美子の携帯電話以外なにも乗っていなかったはずのテーブルに、いつのまにか四足歩行する動物がいる。
「しゃべる機能あるヤツ?!」
新手のスマートスピーカーかと、驚く英雄に美子は首を振る。
「こんなの、うちにはなかっ・・・」
「私はこんのすけと申します、管狐でございます」
「またしゃべった?!」
「どこから?!」
と、英雄はそれを持ち上げて、スピーカーを探す。
「ちょっ!!
なにをなさるのです!!
私はれっきとした生き物です!!」
「直立歩行をしない動物が、言語を話しうる声帯を持つわけないだろう!!」
見事な突っ込みに、さすがの管狐も言葉を失った。
「それは・・・未来の政府の技術力によるものとしか・・・。
私はただの使者でございますので・・・・・・」
「使者?
お稲荷さんのお使い的な?」
見たところ、犬よりも狐っぽい、と言う美子に、管狐は大きく頷く。
「改めまして、私はこんのすけ。
私と契約して、審神者になってください」
「なにその不吉しか感じないフレーズ!」
不幸に満ちた物語を知る英雄が、思わず声を荒らげた。
しかし、それ・・・こんのすけは、構わず続ける。
「今、審神者になっていただければ、お子様は刀剣男士たちがお世話しますよ!」
「え・・・」
強烈な誘惑に、思わず目を輝かせた美子を、英雄が止めた。
「騙されちゃだめだよ、美子ちゃん!
得体のしれない場所に、我が子を預けられるか!」
至極真っ当な意見を、こんのすけは予想済みとばかり、笑みさえ浮かべて頷く。
「まずは、信用していただくことが第一ですね。
こちらをご覧ください」
言うや、こんのすけの首輪が光り、テーブル上に政府紹介の動画や資料が表示された。
「・・・プロジェクターなんだろうけど、木目のテーブルに照射してこの鮮明さは何だ。
裏写りしないってのは有機ELっぽいけど、単なる光で4K・・・いや、それ以上の鮮明さを出す技術は・・・」
「さすがはエンジニア、と言いたいところですが、見ていただきたいのはそこではないのですよ」
まずは興味を引けたことに満足げなこんのすけが、前脚で画面を指す。
「ちゃんと、我が政府の説明を聞いてくださいませ」
2205年の政府代表だという人間の話を聞いていると、確かにそれらしきことは言っているが・・・それを信じていいものかと思う。
だが、こんのすけは構わず畳みかけた。
「敵に対して我が政府の戦力差は歴然でして、義勇軍のような、自発的な参加を待っている段ではなくなりました。
急遽、審神者増員計画が持ち上がりまして、お二人にはぜひ、審神者を副業としてやっていただきたいと。
本来でしたら一人一本丸ですが、今回は事情を汲んで、ご夫婦で一本丸を担っていただきます」
「とってもいいお話・・・!」
是非に、と言いかけた美子を、英雄が止める。
疲労で思考力が鈍っている彼女に、ここは任せるわけには行かなかった。
しかし、このままでは前に進めないのも事実だ。
「・・・先に、見学させてくれないかな。こちらとしても、どういう場所か見ておかないと」
これで嫌がるようなら信用できないと、言ってみた英雄にこんのすけはあっさりと頷いた。
「もちろんですとも。
ではまず、ご夫婦のどちらがメインで始められるか、お決めください。
そののち、最初の刀をお選びいただきます。
こちらは既に、政府で用意している5振りのうち、一つを選んでいただく形となります」
そこで契約は済む、ということはあえて言わずに、こんのすけはゆらりと尻尾を振った。
「メインは・・・英雄君だよね。一家の主だし」
「ここは美子ちゃんでいい気はするけど・・・そうだな、何かあったら、この政府と交渉するのは俺かな」
頑張る、と頷いて、英雄は画面に表示された5振りを見下ろした。
「5人とも個性的だな・・・」
「私の好みだと、このほっとけない系男子だけど・・・」
と、美子が指した山姥切国広に対して、英雄は首を振った。
「赤ちゃんの面倒を見てもらうんだから、俺達の好みは二の次でしょ。
沖田総司は確か、子供好きだって・・・」
と、選ぼうとした彼を、美子が止める。
「確かに子供好きだって話はあるけど、道場では鬼だったって逸話もあるんだよ!
この子が大きくなって、剣道やりたいって言い出した時に、容赦ないって!」
「確かに・・・天才は、凡人のことがわからないっていうよね。
俺達の子だし、確実に凡人だよね」
「・・・そこまで我が子に期待しないのはどうかと思うけど、その通りです・・・」
トンビは鷹を産めないんだと、うなだれた美子は一振りを指した。
「坂本竜馬は?
メンタル弱い私達を励ましてくれそう・・・!」
「確かに・・・!
凡人の子供でも、メンタルは強く育ってほしい!」
切実な願いが一致し、選んだ一振りが顕現した。
「そーら!こっちじゃ!」
陸奥守吉行を先頭に、本丸へと案内された二人は、まず見えた天守をあんぐりと見上げた。
「おしろ・・・お城もらえるのかぁ・・・・・・!」
「確か、個人所有のお城って昔、あった気がするけど、私たちがもらえるなんてねぇ・・・」
庶民にとっては見上げる対象でしかなかったものが、所有物としてそこにある。
それだけでも、感動ものだった。
「奥さん、ととさん、ぼーっとしとらんじゃーよぅ来いや!」
「え?」
早口の土佐弁を聞き損ねた二人に、こんのすけが振り返った。
「早く来い、と申していますよ」
「そうちや!
本丸の中を案内するきね!」
すたすたと先に行く陸奥守とこんのすけを、二人は慌てて追いかける。
と、
「奥さん、ややはわしが預かるきに」
砂利道に足を取られそうな美子の手から、陸奥守が赤子を抱き上げた。
「あ・・・!」
赤子の激しい泣き声を予想して、思わず目をつぶった美子は、意外な静かさにそろそろと目を開ける。
「凛々しい男ん子じゃ!
こりゃあー立派に育つぜよ!」
初対面の・・・しかも、男性には人見知りの激しい子が、楽しげに笑い声をあげる様に、二人は驚愕した。
「す・・・ごい!
うちのじぃじにも泣き叫んでたのに!」
「俺なんか、父親なのに泣き叫ばれるのに」
乾いた声をあげる英雄に構わず、陸奥守は赤子を高く掲げる。
「賢いややじゃあ。
わしに、敵意がないががわかるちや」
なー?と、笑いかけると、赤子はますますはしゃぎ声をあげた。
「い・・・いこ、英雄君・・・」
促された英雄は、赤子を高い高いしながら先に進む陸奥守の後に、とぼとぼと続く。
ややして、
「そら、鍛刀場に着いたぜよ。
まずは、新しい刀を顕現させんといかんちや」
声をかけられて、彼はようやく顔をあげた。
「鍛刀・・・。
政府から配給された資材を使って、新しい刀を作るんだな」
こんのすけから渡されたマニュアルを繰って、英雄が頷く。
「よし、ここでケチってもしょうがない。
太刀狙いだな!」
言うや、早速資材を配合する英雄に、陸奥守は感心した。
「ととさん、豪気じゃの。
ま、殿様はそんくらい、豪気に行けるんがいいぜよ!」
「と・・・殿様・・・!」
持ち上げられて、嬉しげな英雄が、耳まで赤くする。
「よ・・・よし、これで鍛刀してくれ!」
英雄の命に従い、小さな刀工達が一振りの刀を打ち上げた。
「僕は歌仙兼定、風流を・・・」
「なんで打刀ー!!!!」
英雄の絶叫に挨拶を遮られた歌仙は、むっと眉根を寄せる。
「人の挨拶を遮るなんて、雅ではないね。
僕じゃあご不満かい?」
「そんなことは決して!!」
慌てて言った美子が、英雄の袖を引いた。
「ま・・・まずいよ、怒らせちゃ!
彼、あれだよ・・・!
36人斬ったって言う・・・!」
「そうだった・・・!」
ガタガタと震えだした二人に、歌仙はますます不機嫌そうな表情になる。
「君達ね・・・」
「まぁまぁ!
そう、怒ることでもないがよ!」
赤子を抱えたまま、陸奥守が間に入った。
「ととさんは太刀がほしゅうて、資材を奮発したがよ」
「あぁ、それなのに僕が来てしまったと。
・・・それじゃあまるで、僕が不調法者のようじゃないか。失礼な」
ますます不機嫌になった歌仙に、二人は慌てる。
「そんなことありませんっ!!」
「むっちゃんと歌仙くんで、めっちゃ悩んだんですよ、私達!!」
と、事実ではないことまで言ってごまかそうとする彼らに、歌仙は鼻を鳴らした。
「まぁ、いいよ。
どうやら僕は、陸奥守に続いて二番目の刀剣らしいしね。
陸奥守、早速戦に行くかい?
そうでないならば、厨を整えておこうか?」
「そりゃー助かるぜよ!!
腹が減っては戦はできんからの!」
嬉しげに言って、陸奥守は二人を振り返った。
「この歌仙は、細川家に伝わった刀じゃ。
文化人として有名な家じゃき、歌仙に色々教えてもらえば、ややは頭のえい子になれるぜよ!
それに、うんまい飯を作ってくれるぜよ!」
「それは・・・助かる!!」
「英雄君、理系だから国語は全然だめだもんねぇ・・・。
それに私も・・・ごはん・・・うっ!頭が・・・!!」
決して得意とは言えないと、青ざめる美子に、歌仙が笑みを漏らした。
「わかった。
では、今日の膳は特別なものにしてあげよう。
こんのすけ、本丸の案内は陸奥守に任せて、僕を万屋へ案内したまえよ」
「わかりました!
では、陸奥守吉行。
お二人と若様をよろしくお願いいたします」
「わ・・・若様・・・・・・!」
こんのすけの言いように、美子は思わず赤面した。
「なんか・・・いきなり尊くなったなぁ。
まさか、我が子がそんな呼ばれ方をするなんて」
苦笑しつつ見やった赤子は、陸奥守の腕の中で機嫌よく足をばたつかせている。
「ととさん、ほれ、次の鍛刀じゃ。
また太刀を狙うがかい?」
「あぁ!
打刀や脇差、短刀は戦闘で手に入るみたいだからね。
戦場のレベル的に、鍛刀では太刀を頑張らないと!」
と、彼はこんのすけにもらった『はじめての審神者』マニュアルを握りしめつつ頷いた。
「次こそは!太刀!!」
再び刀工達へ命じると、小さな彼らはてきぱきと動いて、また一振りを打ち上げる。
「僕は、燭台切光・・・」
「キタアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
大歓声に挨拶を遮られ、驚いた光忠は手を取り合って跳ねる夫婦に苦笑した。
「そんなに喜んでもらえて、何よりだよ」
「早々に来てくれて、ありがたいぜよ!」
陸奥守が声をかけ、部屋の外を指す。
「ただ、このことは歌仙には言いなや。
太刀やないってがっかりされて、機嫌の悪いきに」
ひそひそと囁く彼に、光忠は吹き出した。
「了解。
歌仙君は、今?」
「厨・・・いや、食材の調達ぜよ」
「じゃあ、僕は厨に行こうかな」
部屋の外を見やって、微笑む。
「歌仙君が帰ってくるまでに、火を入れておこう」
「おう!頼むぜよ!!」
手を振って去って行く光忠を見送った陸奥守は、『この勢いを逃すな』と、鍛刀にいそしむ二人を振り返った。
「他にも、刀装らぁ作らないかんきに、無駄遣いしやーせんようにな」
「わかってる!
計算は任せてくれ!」
これでも理系だと、胸を張る英雄に陸奥守は苦笑する。
「歌仙・・・。
ととさんと仲ようしてくれろうか」
文系と理系は難しいかもしれないと、困り顔の彼を勇気づけるように、赤子は手を伸ばした。
「そうじゃな。
わしがなんとかするきに、まかしちょけ!」
「ごめん!残業で遅くなっちゃった!」
職場復帰して1か月。
最初のうちは、気遣ってくれていた同僚ももはや、それどころではなく、業務量はすっかり元通りだった。
子供を保育園に預けられなかった、ということは総務には知られているため、保育園が決まるまでは実家の親に来てもらっている、という体裁にしている。
しかし、当初は心配していた本丸保育園は期待以上に優秀で、陸奥守だけでなく、世話好きな刀剣達が赤子を『若君、若君』と持ち上げては、熱心に世話を焼いてくれていた。
「大丈夫。
お迎えと審神者の仕事は俺がやったよ」
先に帰っていた英雄が、すっかりご機嫌のワカをあやしながら、こぶしを挙げる。
「ちっちゃい子大好き毛利、確保しました!」
「英雄君のドロ運、神か!!」
大坂城自体よりも難攻不落と噂される毛利藤四郎が、どの本丸よりも早く顕現したことは、既にSNSで評判になっていた。
極端な審神者などは、『毛利確保のために赤子を産むか』と、惑乱するありさまだ。
しかし、英雄は頬を染めながら手を振った。
「いやいや、人妻・美子ちゃんの包丁引き寄せ運には負けます。
俺が行くとあの子、機嫌が悪くなっちゃうからさ、明日は美子ちゃんが行ってあげてよ」
「そうだね。
短刀ちゃん達と遊びたいなぁ・・・」
部屋着に着替えた美子は、つい先月までボロボロだった髪を一つにまとめた。
預け先ができたおかげで、半年ぶりに美容院へ行くこともでき、余裕ができたおかげで肌の調子もいい。
いや、肌の調子がいいのは、余裕のせいだけではない。
「これ、みっちゃんが俺達のごはんも作ってくれたよ。
お刺身が冷蔵庫に入ってるから、取ってきて。
俺、ワカにミルクあげてるから、先に食べてー」
「うん」
刺身の皿を持ってテーブルに着いた美子は、早速箸を取った。
「・・・みっちゃんのごはん、至福。
私が作るのより断然おいしい・・・!」
帰れば既に食事の用意ができている、というだけでもありがたいのに、健康を考慮したメニューが食卓に並ぶ様は拝んでも足りない。
「もう、みっちゃんと歌仙君には足を向けて寝られないよね!」
「あー・・・そうだね、歌仙にもだね」
理系というだけで、目の敵にされている英雄は複雑な気分だが、歌仙の料理がおいしいことは間違いない。
「あいつは、俺に嫌味さえ言わなければいいやつなんだけど・・・」
なんだかんだ言いながら、ワカの世話をしてくれるしと、自分を無理やり納得させる。
「そうだ・・・。
歌仙と言えば今日、ワカの様子が変だって、最初に気づいてくれたらしいよ。
熱を出したそうだけど、歌仙から引き継いだ薬研がしっかり面倒見てくれて、もう大丈夫だって」
その言葉を証明するように、赤子はご機嫌でミルクを平らげてしまった。
「なにからなにまで・・・!
私、200年後も生きていたら絶対、時の政府を支持するよ!!」
箸を振りかざして決意表明する美子に、英雄が笑い出した。
「死んでると思うよ。
あ、デザートは鶴丸さんが作ってくれたんだけど、『ぜひ奥方に!!』って渡されたんだ。
何かあったの?」
いたずらでも仕込んでいるのだろうかと疑ったが、そうでもないようだ。
不思議そうな彼に、美子は頷いた。
「私の名前が、明治天皇のお后と同じなんだって」
「へぇ。美子っていうんだ」
知らなかった、とつぶやく彼に、再び頷く。
「漢字だけが一緒で、はるこ、って読むらしいんだけど。
なんだか、面白い皇后さまだったらしくて、小柄なのに気は強かったとか、釣りが好きで、宮殿の池で釣りをしていたとか。
そんで、鶴さんが怪奇ごっこして遊んだら、池に捨てられそうになったとか」
「鶴丸さん、魚の餌になるところだったのか」
ワカをベビーベッドに寝かせた英雄も、テーブルに着く。
「怪異ごっこって、なんだろうな。
まぁ、鶴丸さんのことだから、派手にやったんだろうけど」
箸を取り、光忠特製の肉じゃがを頬張った彼が、しばし無言になった。
ややして、
「あの・・・ね、美子ちゃん」
もじもじと、言葉を詰まらせる彼に、美子は小首を傾げる。
「どうしたの?」
「こないだようやく来た・・・小狐丸がね、ワカをあやしてくれたんだけど・・・。
あ、ワカは、もふもふが気に入って、ずっと小狐丸になついててね!
それで・・・・・・」
すーっと、彼は目線をそらした。
「この本丸に任せておけば、お子様のことは安心でしょうって。
だから・・・気兼ねなく、産めよ殖やせよ、って煽って来る」
「稲荷・・・!」
そういえば豊穣の神の使いだったと、美子まで顔を赤くする。
「もしかしてこの、家族で本丸を作るって特例さ・・・」
英雄が、赤くなった顔をあげた。
「少子化を憂いた2205年の政府が、ここで止めようって持ってきた計画だったんじゃないかな」
「こんのすけなら・・・やりそうだな」
したたかな管狐の笑みを思い浮かべつつ、二人は赤くなった顔を見合わせた。
―――― それから数年後。
刀剣達に見守られ、元気に成長したワカは、小学校に入学した。
初の三者面談にて、美子は緊張気味に、まだ若い担任と向かい合った。
と、大勢の一年生を相手にしているとは思えないほど、きれいにヘアスタイルを保った女性教師は、場を和ませるように微笑む。
「本庄君はとても礼儀正しい子ですね。
今も、きちんとお座りして、先生の話を聞いてくれています」
ねぇ?と声をかけられたワカは、得意げな笑みを浮かべて頷いた。
「ところで、お母さんに確認なんですが」
「は・・・はい!」
息子よりも緊張している彼女に、担任はまた微笑んだ。
「本庄くんは、本丸育ちですね?」
「え?!あの・・・!」
今まで、誰からも聞かれたことのないことを問われ、慌てる美子を彼女は、笑って制した。
「私も審神者ですから、事情はよく分かっているつもりです」
「あ・・・それで・・・!」
まだ小さな子供達を大勢まとめるなんて、想像を絶する大変さだろうと思っていたが、余裕すら感じさせる雰囲気は、仕事にのみ集中できる環境を持っているせいだろう。
そのありがたさは、美子もよく理解していた。
と、担任はゆったりとした口調で続けた。
「本丸育ちの子は、自己紹介に武家風の名乗りをするので、すぐに分かります。
今年のクラスにも何人かいましたから」
「・・・源氏さんたちに、今世の名乗りはそうじゃないと言っておきます」
赤面した顔を俯ける美子を、ワカが不思議そうに覗き込む。
「いえ、とってもしっかり者で助かっています。
一年生の担任は毎年、本丸育ちを取り合うくらいで」
「そんなに・・・いるんですね」
自分たちのことしか知らなかったと、驚く美子に担任は頷いた。
「幼い頃から、大勢に囲まれて育つので、社会性が育ちます。
男子は凛々しく、女子はお姫様扱いに慣れて、こちらも凛々しくなります」
「あれ?おしとやかになるんじゃ・・・?」
意外だと、つぶやく美子に彼女はまた頷く。
「姫と言っても、武家風の教育ですからね。
本丸育ちではない男子よりも、凛々しい女子が多いです。
ただ、理想が高くなってしまうのが問題で・・・男性教師はたいてい、ジャガイモ扱いされて下に見られます」
「やたら顔がいいのが並んでますからねぇ・・・」
思わず苦笑した彼女の前で、担任は表情を改めた。
「中には変な影響を受ける子もいますので、特に、村正と亀甲には気をつけてください。
いたずら程度なら可愛いものですが、あれが通常の価値観だと勘違いすると、社会に出た時が・・・」
「気をつけます!!!!」
あの二人だけでなく、妙な価値観を持つ刀は多い。
そもそも、殺生を気にしないところから違うのだから。
慌てる美子に、担任は微笑んだ。
「三人目、でしたね?
本庄君、またお兄ちゃんになるね」
うん、と、ワカは母親のお腹に頬ずりする。
中の子は既に、女の子だとわかっていた。
本丸でどんな姫に育つのか、話を聞いた後では少しの不安もあるが・・・2か月後が楽しみな美子だった。
了