星「星を見に行かないか?」
「星?プラネタリウム?」
「いや、山に」
「山ぁ?」
そんな風真の誘いに七ツ森は目を丸くした。
季節はもうすぐ冬に差し掛かろうとしている。朝晩の気温はとても冷える。正直に言えば寒い思いをしてまで山に星を見に行きたいとは思わない。だが、恋人からの誘いともなれば話は別。…別なんだけど…。
「ちなみに…いつ」
「今夜」
「今夜!?」
流石に急だ。驚いて固まる七ツ森の隣で風真はカバンにブランケットなどを詰め込んでいる。
「ほ、ホントに行くの?」
「ああ。…気が乗らないか?」
「や、乗らないっていうか…。カザマそんなに星好きだったっけ?」
初耳なんですケド…と思いながら聞いてみた返答は。
「別に?」
だった。
結局七ツ森は一緒には行かなかった。正式には行けなかった。撮影での急な欠員が出たという事でヘルプが来たのだ。せっかくの風真との時間なのに!と思ったけれども、その風真自身に「行った方が良いんじゃないか?」と言われたので渋々仕事に赴いた。風真の言い分としては、仕事の恩は取れる時に取った方が良い、との事だったけど、それも解るんだけど、せっかくの風真との時間…。まぁ、一緒に居てもいちゃいちゃ出来たかは解らないけど。なんせ予定では山での星見だ。
結局あの後の話し合いで、七ツ森が折れた。どんな理由にしろどんな場所にしろ、風真と一緒に居たいから。一緒に行くと言ったら風真は本当に嬉しそうに笑ってくれたから、夜の寒さくらい耐えて見せよう!と思ったのだ。でも結局中止になったんだけど。
…でも何で風真は星が見たいなんて言いだしたんだろう。今日何かあったっけ?流星群とか?スマホで調べたけど該当するような天体ショーは何も出ない。やはり謎だ。理由は帰ってから聞こう、と決めて仕事に集中した。
「凄い雨ね」
時刻は22時。スタッフのそんな言葉で初めて外が豪雨な事を知る。ふとカバンにブランケットを詰めていた風真の姿が過った。
まさか、一人で行ってないよな?こんな雨で星が見えるわけないし。でももし、行った後に降り出したのなら…。雨が酷くて帰れなくなったりでもしてたら…。
不安が募り風真に連絡を取ろうとスマホを鳴らしたけれども一向に出てくれない。ラインを飛ばしても既読にすらならない。
山って電波届かないんだっけ?いや、はばたき山なら届いたハズ。雨で届きにくくなってる?てか本当に行ったのか?
大混乱しながらスマホと睨めっこしてたら、スタッフが何かあったのかと心配そうに聞いてきた。なんて説明しようか悩んでいる内に、別のスタッフから本日の撮影はここまでになったと連絡が入り、全員で慌ただしく帰宅準備に入った。
普段なら歩いて帰るが今日はタクシーを使った。その間も風真に連絡を取ろうと思ったけど全然反応が無い。頼むから家に居てくれ、寝てるだけってオチであってくれと願いながらマンションに着き、急いで部屋へと向かう。
鍵を開けて中に入ると、室内は真っ暗だった。玄関に風真の靴はない。
最悪だ。本当に山に行ったのか。まさか本当にこの雨で帰れなくなったとか
「おかえり」
「───え」
玄関で固まっている七ツ森の後から声が掛かった。そこに居たのは会いたかった恋人、風真の姿。少しだけ濡れてる気もするけどずぶ濡れではない。山に行ったわけではないことは直ぐに解った。だけど、でも。
「──っ」
先程までの心配がカァッと熱になって頭に昇った。風真の手を引き家に入り、電気を点けて部屋の中でペタンと座る。目の前の床をパシパシ叩いたら風真がそこに座った。座ったと同時に肩を抑えてグッと迫って、「どこ行ってたの!?」と思わず大声が出た。その剣幕に驚いたのか、風真はキョトンとした顔をして「コンビニに…」とおずおずといった感じで返答した。スマホはこの部屋に忘れて行ったらしい。
本当に心配したんだ!と半泣きで訴える七ツ森の前で、風真は大人しく正座をしながら「ゴメン」と謝っていた。
でも、考えて見れば風真は別に悪くはない。七ツ森が勝手に一人でワタワタしただけだ。冷静になればその事にだって気付ける。
だから「俺の方こそゴメン…」と謝った。山に行ったのか心配した。帰れなくなったんじゃないかと不安になったと理由をポソポソと説明したら、風真はふんわりと笑って七ツ森の傍に来て、「俺の方こそ不安にさせてごめん」と言った後に、膝立ちをして頭をきゅっと抱き締めてくれた。
「一人じゃ行かないよ。行っても意味がないんだ」
「意味?」
意味とは何の事だろう。頭を抱いてくれている風真の腕に手を置いて、一番聞きたかった事を聞く。何故、急に星が見たいなんて言いだしたのか、という事。風真は頬で七ツ森の頭を撫でながら、理由を教えてくれた。
「星を見たかったってよりも、七ツ森と一緒にどこか行きたかったんだ」
「…どこか?」
「行った事が無い場所…とか」
「そ…なの?」
「七ツ森とはいろんな場所に一緒に行ったけど、近場でもまだ言った事が無い場所とかあるかなぁって考えたら、思いついたのが夜のキャンプ場だったんだよ」
風真はクスッと笑った後、七ツ森の頭の上に顎を乗せたようだった。不思議な体制ではあるが、かなりの密着具合が気持ちいい。七ツ森は風真の腰に腕を回して、胸に頭を預ける。心臓の音がトクトクと聴こえてくる。
「虫嫌いだし、寒いのも苦手だし、無理かなぁって思ったんだけど」
「まぁ…それは確かにね」
「そしたらコテージで見れるってのもあってさ、これならいいかなって」
「…俺と行くために、調べてくれたの?」
七ツ森の頭の上に頬を載せたままコクリと頷いたのが感触で解った。どんな顔してるのか見たくて上を向こうとしたら、頬で頭を固定するかのように力を込められた。
ええ、そこで抵抗?って事は今、赤くなったりしてます?そんなの見たいに決まってる。
首に回されていた腕を引っ張って、なんとか拘束から脱出して、顔を隠そうとした風真を抑え込んで押し倒した。風真の頬はやっぱり赤かった。目を合わせないようにと瞳を泳がせながら少し唇を尖らせてる。なにそのちょっと拗ねたような顔。あ──もう全部かわいい。ぎゅうって抱き着いたら、クスクス笑う声が聞こえた。照れながらもこの状況が可笑しく感じたらしい。まぁそれは七ツ森も同じなんだけど。同じように笑いながら、耳元で伝える。
「今度は絶対に一緒に行こうね」
「…ああ」
苦手な場所だって、風真の優しさが囲ってくれるなら全然平気だ。
近い未来の約束をして、とりあえず今日はこの場で、一緒に。