【黒大】時代劇パロピィーーー
一際高い鳴き声が響いて菅笠をずらし空を見上げれば、ヒョロローと続いた。鳶か。
この辺りを縄張りとしているのか、くるりと円を描くように飛んでいる。背の高い樹々は疎らだがその分低木や下草は生い茂り耳をすませば水の流れる音もする。なるほどこの辺りならおそらく餌には困るまい。
笠を戻して再び歩き出す。日が暮れる前に峠を越えておかねば
「キャアアアア」
叫び声と、ザザザザ、と複数の草履の音がした。この先には茶屋があると聞いているが何やら騒ぎが起きているようだ。ふぅ、と息を吐いて念のためにと柄袋を外す。一歩、一歩と周囲の気配を確認しながら進むが特に何かが潜んでいる気配はない。ならばやはり茶屋か…
茅葺きの屋根が見えたと思ったら、しゅるり、とまるで猫のような素早さで誰かが俺の背側に回り込んだ。
「あの、助けてください」
「なにがあった」
答えを聞く前にどすどすと近づいてきたのは身なりから察するに牢人だろうか。
「旅のお方のお手を煩わせるようなことじゃございません、どうかお引きくだされ」
丁寧な物言いのわりにこちらを見下すような視線。背後で猫が
「難癖付けてお茶代を払わないって言うから脇差し預かるって言ったんだ、そしたら」
などとボソボソ言っている。なるほどそれで。牢人は顔を赤くして怒鳴りつける。
「武士の魂をなんだと心得ておるのか!」
「ふむ、ではこうしよう。そのお代、私が肩代わりするから見逃してやっては下さらぬか」
「は?」
「ふむ…」
背後で猫が息を飲み、牢人がこちらを上から下、下から上へと値踏みしニヤリと口元を緩めた。
「旅のお方の慈悲に免じて見逃してやろう」
その言葉に弾かれるように猫は茶屋への道を駆け上がる。そして
「お優しい旅の方、その旅支度丸ごと俺が貰って」
牢人が抜くより先に、愛刀が閃いた。一陣の風が吹き抜け…牢人の口上の続きは二度と聞こえない。
「おお、お見事」
バッサリいったねぇ、とからから笑いながら現れた男に呆れる。腹掛けに半纏姿で茶屋の方から現れたところを見るとおそらく
「お前ね、面倒ごとを押し付けるなと何度言ったらわかるんだ」
「いや〜作業が佳境で手が離せませんで…助かりました」
「……黒尾」
「本当だって旦那、しかしいつ見ても惚れ惚れする刀捌き」
「伽羅はいい、それより」
「…用意出来てますよ、茶でも飲みながらゆっくり」
「いや、急ぎ峠を越したい」
ふぅん、と黒尾は目を細める。その目は苦手だ、あの頃を思い出す。
「宿ならお貸ししますよ澤村様。お急ぎでしょうが…そろそろ雨になりそうで」
ほら、と黒尾が指差すとポツンと頬に雫が落ちた。あれだけ鳴いていた鳶ももういない。
「いやこの程度」
急がないと…つかまってしまう。この男に。
こちらの焦りを見抜いたように黒尾は微笑んで俺を手を掴み親指を撫でた。
「ねぇ旦那、」
昔話でもしましょうや。