Why don’t we live together「実は、友人とルームシェアをする予定なんです。が、ちょっと問題が起きまして…」
出してやったコーヒーを啜りながら、勇作が聞いてもないのに喋りだした。が、その内容の意外さに尾形は驚いた。
「よく、あの父が許可しましたね。」
なかなか興味深い話題に尾形は食いついた。
絶対反対したであろう肉親の顔が過ったからだ。
「ええまあ、父に話したら最初は大変怒られてしまいまして。」
「ほぉ。」
大事な一人息子が、同年代の友人だけで暮らすなんて心配しかないのだろう。しかし、率直に「心配だ」なんて言えないのもあの父親だ。
「論外だ、お前は学生だ、友人だけで暮らして遊んで自堕落な生活を送るつもりか?と、怒られました。」
相変わらず極論だ。が、そんなのは勇作の多少おめでたい脳ミソでも想像できるだろう。
「ですが、母は賛成してくださって。」
なるほど、母親も同席させたのか。
怒鳴る父を嗜めながら、母は勇作の方を向く。
「勇作さんももう二十歳。家事や身の回りのことをご自身でやってみてもよいのでは。
家賃と食費は最低限なら面倒みますから、勇作さんがそう考えるなら私は賛成です。」
そして父を見て、母ヒロは一言。
「貴方みたいに、ご自身のパンツ一枚洗えない、一食まともに自炊すらできない、なんて息子にはしたくありません。」
そうきっぱりと言い切るヒロに、幸次郎はバツ悪そうに新聞に目をやった。
「し、しかしだな…」
「勇作が自堕落な生活をするわけないでしょう。ちゃんと連絡する、月2でちゃんとうちに顔を出す。成績は維持する。それさえ守れば私は文句言いませんよ。」
妻にそうきっぱりと言われ、父、幸次郎は黙って認めるしかなかったらしい。
その光景を想像し、盛大に笑った。偉そうな癖に尻に敷かれまくっているではないか。
「じゃあ、ご両親は賛成してるんですね。良かったじゃありませんか。」
「ええ、ですが…その…なんというか…」
「まだ何か?」
「その…最初は、」
最初は大学の友人Aと暮らす予定で部屋を探していた。が、途中その話を聞いたBが俺も混ぜてくれと言ってきた。
勇作は自分は三人でも構わないがと言ったが、Aが何故か大反対。二人が険悪になった果てに、Bからも
「あいつはほっといて二人で暮らさないか?」と言われてしまった。
どうしましょう、と呑気に言う勇作に尾形は頭を抱えた。
アカン、危険すぎる。
Aはともかく、Bは確実に勇作狙いだろう。
いや、頑なにBを入れない辺りAも勇作に好意を寄せている。
二人は元々はそんなに仲悪くなかったのに…
と困ったように勇作は言う。
だが、AとBもいま争うのは不毛なことに気がつけばルームシェアが3Pハッテン場化間違いなしだ。そっちの方がもっと危険だ。
そしてさらに勇作が話を進める。
「そうして、二人が険悪になってこの話は一向に進まなかったんですが…今度は…
C先輩が、一緒に住まないか?と言ってきまして…」
「はぁ…」
またさらにヤバイのが湧いてきたな、というのが尾形の聞いていた率直な感想だった。だが、ちょっとルームメイトを募れば次から次に男が釣れるとは。
「C先輩は、既に別の方とルームシェアしてるのですが、その相手が彼女と同棲するから、解消したいと…そういうわけで部屋も既にあるし、出来れば来月からでも来てくれれば家賃的にも助かるからさと言われたんです。」
んー…単純に金に困ってるようにも取れるが、このタイミング。狙っていたとも考えられる。
それに…勇作の性格を考えると、出される答えは。
「友人、どちらを取っても角が立つので、ここは先輩と住む方が良いのかなと思うのです。
先輩も家賃助かると言ってますし…」
ほら、来た。
やばい、やばいなこれ。
多分どれを取ってもアーッされる。Cがこのまま勇作をまんまと食う。勇作は年上に弱いからそこに相手が気がつけば簡単だろう。
さて、このまま放置するか?
A、B、Cのどのルートに行ってもまあ補食されるだろうこのマヌケを別に助ける義理など無い。勝手に食われてろ。
ポメ作は保護主として保護義務があるが、人間の貞操まで守る義理はない。
「勇作さん。」
真面目な顔で勇作を見つめながら、落ち着いた声でそう呼んだ。
「…俺と暮らしませんか?」
もっとも勇作が弱い年上であるこの俺がこう言えば、勇作の今ある選択肢はどれも塵になりこれしかなくなるのを十分知っていた。
「えっ…?」
戸惑う声に続ける。
「前から、言おうと思ってたんです。俺と貴方は一緒に育ったわけでないので知らないことも多い。ですがこれでも俺が今は保護主してるんですし、良ければと思いましてね。」
す、と手を伸ばすと勇作のにそっと重ねる。
「何より、貴方がポメ化してこのマンションまでの道中が心配なんですよ。それに、このマンション、いまの職場にちょっと遠くて。乗り換えもあるの不便なんです。」
そう言うとまるで勇作は驚いた顔から、そして
乙女のように頬を朱に染めてあ、あの、それは、よろしいので…??と、問うてくる。
「ええ、貴方さえよければですが。」
はい落ちた。言葉こそ優しく控えめながらも、尾形は勇作の顔に勝利を確信した。
面白い。こんなにもわかりやすい。
ハハッ…心の中で笑いながら、勇作を見る。
「兄様さえ、良ければ…是非っ!」
そういって重ねていた手を両手で握り締めて、キラキラした瞳でこちらを見つめる。ほんのり目の下に乗った桜色に、嬉しそうに綻んだ口元。
ほら見ろ。
別に助けたつもりはない。
あらゆるものよりこの真面目で純粋な弟が「兄様」を取る瞬間を見る悪趣味な遊びだ。
友人二人も親切な先輩も、すべて俺の後ろになる。
こんなにキラキラして喜んで。実際はこんな兄の言葉に。実に愚かなことだ。
「勇作さん、では日曜に不動産屋に行きましょうか。」
そう言うと、勇作は嬉しそうにこくこくと高速で頷いた。