きになるあのこ「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞっ!」
緑のエプロン姿、キラキラとしたマスク越しでもわかる笑顔でその青年は微笑んでいる。
くっそ、リア充そうだな!ぜってえ美人の彼女いる面してやがる。キラキラの笑顔に僻みたっぷりの視線を送る。
クソおしゃれな店内、彼の他にも顔面偏差値クソ高のスタイル抜群な綺麗な美男、美女が働いているこの空間。ハッキリいって芋クソダサなキモオタの自分には場違い不釣り合い、となりのマックにでも行ってろよなのは重々承知。
それでも、俺はこの店がどんなものか知らねばならぬ。
今年入ってきた新入社員の気になる彼女は曰く「学生時代からのスタバ好き」だった。あんなボッタクリのオシャンティーコーヒーを有り難がるなんてアホ臭。そんなとこでiPadやノート広げてオシャレ大学生気取りのリア充ゴッコ乙…そう学生時代はバカにしまくっていたあのコーヒーショップをだ。
そうだとも、ようは嫉妬だ。あの空間にも、そこでお茶したりする仲間とも無縁で卑屈になるしかなかったから。キラキラで眩しいあれらには憧れても届かない。
しかし、気になるあの娘が好きなお店。自己紹介時こんな俺にも、宜しくお願いしますと握手を自らしてきた彼女。会社にも春限定タンブラー買えたんです!って桜柄のそれで飲み物飲んでる可愛い姿。キモオタ俺氏はまだろくに話せてないけど、話すきっかけになればと思って今まで避けてきたそこにやって来たのだ。ほんのちょっと、少しだけでも近づきたい。
よ、よし、言うぞ!!
俺はやるぞ!
イケメン店員の放つキラキラとしたオーラをはね除けながら俺は息を吸い
「グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノっ…!」
一息で一気に覚えた呪文を言いきった。
やった、言いきった!
スタバはこうやって呪文で注文するんだろ?
長い呪文ノンブレスで噛まずに言えるのがリア充なんだろ?
どうだよ、俺は言ったぜ!ほら、どうしたよイケメン店員?さぁ、会計してドリンク作れよ?
ぽかん、とした顔をするイケメンを俺は見る。
なんか、反応が変だ。俺は呪文間違えたのか?
するとイケメン店員は眉を下げ、本当に申し訳なさそうな顔で言った。
「あ、の…すみません…抹茶クリームフラぺチーノのサイズグランデであるのは解るんですが、その間のカスタムが聞き取れなくて…本当に申し訳ありませんがもう一度お願いしても宜しいですか?未熟者で、本当にすみません…」
しょぼんと申し訳なさそうにする青年は、まるで萎れてしまった花みたいだった。
か、可哀想だ!俺がこんなメンドクセェ呪文言ったせいで!
学生時代牛丼屋で働いていた時に客にむちゃくちゃな注文されて困った新人時代のトラウマがフラバして、思わず青年が可哀想になる。そんな客になるつもりはなかったんだ。てか、そんな顔しないでくれ!と慌てた。
ほんの数秒前まで僻みと妬みの眼差しを向けていたくせに。
「え、え、と、ちょっと待ってくださいね!?」
必死に覚えたはずの呪文を思い出そうとするも、さっき言いきった達成感と共に記憶が昇華してしまっている。焦れば焦るほど思い出せない。俺氏最悪。
「あっと、グランデ、バニ、バニラのんふあっとの…ええとショット?」
そもそもこのカスタム?の内容もよくは知らない。適当に長くてカッコよさそうな奴を検索で調べただけだし。そもそもよく解ってないものを注文するなんてバカじゃないかというあきれた話だ。
「ええと、多分ホイップと、抹茶パウダーは増量ですよね…?」
おそるおそる解読できた部分を一生懸命彼は聞いてくるが、俺にはマジ解らない。
すみません、ごめんなさい、芋ヲタがカッコつけてこんなことして…本当にごめんなさい!
マゴマゴして狼狽える俺と、一生懸命俺が一回だけ発した呪文解読を試みる店員さん。つか、この店員さんめちゃくちゃイイ奴だな。
『ご自身のオーダーですよね?』という根本には突っ込んでこない。
すると、その横から低くてイイ声が口を挟んだ。
「ミルクを「無脂肪ミルク」に変更、
「抹茶パウダー」と「ホイップクリーム」を増量「チョコレートチップ」、「バニラシロップ」「リストレットショット」を追加…ですよね?」
振り向いた先にいた声の主のツーブロのスーツ男は、明らかにカタギじゃない空気。
ヤバい、グタグタ注文に手間取ってたから後ろで待ってたヤ○ザがキレたんだ、そう思った。
「は、はいそうです!!」
やばい、早く終わらせないと沈められる!
俺はそう叫んで金を出し会計する。…怖かった…まさかこんなことになるなんて。とんだ赤っ恥だし、迷惑だし、申し訳ないし、怖い。
ヘタレで情けないが、これが俺なんだ。涙目になりながら速攻ヤクザを避ける。
「全く…これくらいのお客様のご要望にも答えられないなんて勉強不足ですよ。」
男はそう言いながら、イケメン店員の方を見る。
「も、申し訳ありません…」
ヤバイ、店員の方に飛び火したか!?悪いのは俺なのに!
しかし、店員は怯えていない。むしろ、目の下を少し桜色に染めて、恥ずかしそうにしている。え、なにこの表情。
「…コーヒーおかわり、あとシナモンロール温めて下さい。」
「は、はいっ!!かしこまりました、兄様!」
「仕事中でしょう?兄様ではありません。」
「は、はいっ…!」
兄様!?なんか、えらく古風な呼び方だな…てかあのヤ○ザ、身内だったんだ…。
そう思いながら逃げるように注文カウンターから離れた。
「お待たせしました!抹茶フラペチーノグランデでお待ちのお客様ー!」
青年店員が呼ぶ。
こっぱずかしい。さっさと受け取って帰ろう。
店内飲食で買ったものの、もう居るのは居たたまれない。
おずおずと受け取りにいくと、青年はちょっとはにかみながら笑った。
「お恥ずかしいところを見せて、申し訳ありません。」
そして丁寧に頭を下げる。
「こ、こちらこそ、す、すみません、は、じめてきて、テンパっちゃって…あ、あ、は…」
しかし初心者ならあんな呪文唱えるなって話だよな。言い訳でさらに墓穴を掘ったことに俺はまた絶望した。
「俺も店員初心者です。次は一回でオーダー取れるよう精進しますから、また是非いらしてくださいね!」
そう言って、綺麗な花みたいな笑顔を俺に向ける。
受け取ったとき、指が互いに触れてしまったのだが彼の笑顔は崩れなかった。
くっそ、イケメンでしかも爽やかすぎる…やっぱり何もかもが輝いている。俺みたいな陰キャにはここは厳しすぎる場所だ…。
そう思いながら、渡されたフラペチーノの容器を見る。
『Have a nice day』と、謎の生き物が吹き出しから言っている絵。そいつと目があってしまった俺は思わず吹き出した。この生き物、なんか味がある。ヘタウマだ。
徳川家光が描いた子犬の絵に似ている。なんか丸っこい生き物が円らな瞳でこっちをじーっと見ている。
ふふ、なんかいいな。あのイケメン店員、可愛いな。俺、客としてはメンドクセェ部類だったろうに(何せ自分が何をオーダーしようとしてるのか解らない奴だもんな。)一生懸命聞いてくれてさ。イケメンはやっぱ中身もイケメンなんだなぁ…くそ、僻んでも敵わないなぁ…。
せっかくなんで、やっぱりちょっと離れた所にあるテーブル席に着いた。
カウンターの向こうでくるくる働いている彼は可愛い。
職場のあの娘を思い出す。いや、彼は男じゃないか!なんでそこで思い出すんだ。
顔が火照っていくのを、必死に買った飲み物を流し込んで冷まそうとする。横目で彼をまた追うと「兄様」に温めたシナモンロールとコーヒーのお代わりを持っていっている。めちゃくちゃ可愛い笑顔で差し出されたそれをこともなげに受け取る「兄様」。
いいなぁあの「兄様」、家帰ってらあんなに可愛い弟が居るなんてさ…だからあんなに普通にしちゃってさ。いや、同居かどうかは知らんけど。
てか、緑のエプロン似合ってるなー、彼かなり背が高いんだなぁ…なんて、きれいな姿勢と所作の彼を見つめながら考えていた。
飲み終えたフラペチーノのカップを捨てながら
去り際、彼の名札を見た。「YUSAKU」
ゆうさく、君かあ…。
多分漢字は優作だろうなぁ、優しいもん。
ゆうさく君、また、会いたいなぁ…って男相手に何考えてるんだ!気持ち悪っ!ネクラキモオタってちょっと優しくされるとすぐ意識してしまうの本当にヤダ。
帰ろ、さっさと帰ってアニメ見よ。なれないシャレオツ空間に当てられておかしくなったんだ。
ちなみに手の中には、捨てるつもりだったのに目があって捨てきれなかった子犬が描かれた空のカップが手の中にある。こんなとこ来るのも、きっと最後だし、まぁ、記念だ記念。3日位家に置いとくか。
しかし、なんだかんだカップは綺麗に洗い保管してしまい、いつの間にかゆうさく君目当てに週四通いの常連になってしまうのをこの時の俺はまだ知らなかった。