やわくてだいじなもの。薄い皮膚同士を重ね合わせて、漏れる吐息を肌で感じ取って、溢れ出る体液を混ぜ合わせるその行為にここまで踣り込む事になるなんて思わなかった。
「はっ……あ…っ…ま、まって、ちょっと、まって、へくた…!」
このまま続けられたら自分の呼吸がもたない。
久しぶりのジェラールの自室での逢瀬。
ソファに2人揃って座って今日あった事をお互いに話しつつ笑いあっているうちに手を握られ、指を絡め合い、視線を交わしあったその次の瞬間には唇同士が合わさっていた。
立て続けの公務や討伐遠征が重なり触れ合うどころか顔を見る事すら稀な日々が続き、自分だけでなく彼も自分を求めてくれていた事を身を持って知る事が出来るのは嬉しい。
とはいえこういった艶事に慣れていない、それどころかヘクターに教えられる事が全てであるジェラールにはまだまだ敷居が高い。
急に行為を止められた事で不満を顔に出すヘクターも可愛いと感じつつも申し訳ないが少しの猶予が欲しい。
「う、すまない、嬉しい事は嬉しいんだ。でもちょっとだけ待ってて欲しい…」
ヘクターが自分に対してそういった感情を向けてくれる日が来るなんて思いもしなかった。
それどころかヘクターが視線すら向けてくれるだけでも自分の世界が変わったと言っても過言では無い。
ただそれを受け止めきれていない自分が少し情けなくなる。
色々な感情が綯い交ぜとなって目の前のヘクターの顔が涙で歪んでしまった。
こんな情けない姿を見せる事は避けたかったのに。
しかし感極まったジェラールの姿を見てヘクターは先程の不満顔とは打って変わって蕩けるような笑みを見せてくれた。
「わかってます、ジェラール様がオレの事を受け止めようと頑張ってくださってる事は。オレがアンタに無理を押し付けてるだけです。」
そう言って綺麗に整えられた指で、先程交わしあっていた唇と舌でジェラールの目じりに浮かぶものを拭きとった。
「違う!私がもっと君に追いつけてたら…私が不慣れなせいで君に我慢ばかりさせてしまって…君はもっと先に進みたいだろうに。」
「ゆっくりでいいんですよ、オレだってこういった事は慣れてるどころか初めてみたいなもんです。」
そう言われてジェラールは首を捻る。
流石にヘクター程の男が経験が無いという事も無いだろう。
傭兵であるが為、必要な息抜きもあるだろう事もわかっている。
そんな状態のジェラールを見てかヘクターは続きを言い淀んでいる。自分でなくても疑問に思う人ばかりだろうに。
「そりゃこれまではそれなりにやるこたやってましたよ。正直感情を伴わない事ばっかでした、アンタが知ったら相当引かれるだろうなと思いますけど…」
「そんなことは無い。君ぐらい素敵な人だったらこれまでに恋人が居たっておかしくない!別にそこには特に拘らないよ、居て当然だもの。」
年上で世間の荒波に揉まれて来たヘクターに一日の長がある事はジェラールもわかっている。
今のヘクターが自分を見て自分を大切に扱ってくれているという事実だけでジェラールには十分だ。
「なんか変な自信持たれていてなんですけど…オレは恋人という存在を持ったのが今回が初めてです。……あと、口付けに関しても…。」
「嘘だ…!だってあんなに…!き、気持ち良いのに、上手なのに…慣れてないわけ…!」
ヘクターに言われた事に対して信じられないと剥きになるジェラールだが、ヘクターの真剣な眼差しを送られては信じないわけにもいかない。
「正直な話必要なかったんですよ、自分の弱い部分を晒す行為をするのも避けたかったですし。」
口腔という部分は確かによっぽどの相手でなければ許しにくい部分だ。
命をかけた状況による発散時にも口付けは必要な行為とも言えないだろう。
「でもアンタに関しては別だ。オレの弱い部分を全て晒け出しても良いと思ってる。貴方になら…」
周囲から不真面目だと見られがちなヘクターだが彼がジェラールに忠誠を誓ってくれた後から、様々な出来事を踏んで恋人関係となってからは更に彼はこれと決めたものに対しては一途であるとジェラールは実感している。
この言葉は真実でしかないと。
「君の大切な部分を私が貰えたと思って良いってことだよね?」
そう言ってジェラールは満足気な笑みを浮かべるが、それに反してヘクターはなんとも言えなさそうな表情だ。
「別にそこまで大事にしていた訳ではないんですけど…結果的に貴方に渡せる物があったのなら、貴方が喜んでくださるなら良かった。」
「うん、大事にする、けど…お手柔らかにお願いしたいかな…。」
先程のジェラール自身の遅れを思い出すとまだまだ足りない部分が多そうだ。
皇帝としての政務、領土拡大に必要な戦力と知識、恋人としての振る舞い方。
大変な事も多いだろうが今の自身ならきっと大丈夫だろう。
大事な人の大切を貰えたのだから。