月より団子デート。「ついに9月だね!とは言え暑い事に変わりは無いけれど…。」
「大丈夫ですか?ちょっと日陰行きましょう。」
週末の休日、ヘクターはいつも通りの時刻にいつもの場所でジェラールと落ち合った。
月が変わった程度で暑さが急激に変わる訳もなくジェラールはここまで来る間に消耗しているようだったので、ヘクターは涼しい木陰までジェラールを寄せる。
昨夜メッセージアプリで9月になったら食べられるアレを食べてみたい!という内容が送られてきたので今日の行き先はそれが食べられる店だ。
前からあったメニューなのでシーズンになれば食べられるものであるが、基本的に自宅での食事が主な上に家族で外食するとなれば格式が高めの店でという事になるので結局食べる機会は失い続けていたとの事で。確かにそれはそうだろうとヘクターも納得する。
「まあ限定ものを食べたいと思っていても食べ逃しってのは結構ありますからね。アンドロマケーが限定のかき氷を食べる筈がなかなか予定合わなくて行った時には終了してたとかこの前言ってたな…。」
「同じ様な話をテレーズに聞いたよ、それはアイスだったかな…?月毎に変わるから追いかけるのも結構大変なんだね。」
「ま、今日は始まってすぐですし大丈夫でしょう。」
そろそろ行きましょうか、とジェラールの手を取れば了承の意を込めた笑顔を見せてくれた。
「わ、凄い!大きいし丸いし…だから月見なの?」
「一応挟んである卵も月に見立ててるとか聞きますけど、まあ企業それぞれに拘りはありそうですよね。」
「昔からある月をモチーフにメニュー開発するなんて楽しいね。昔はそういう余裕も無かったし今ほど食料も充実してないし流通の問題もあるもんね...。」
先程から目の前に登場した月見バーガーに目をキラキラさせながら眺めたりそのまま考え事に浸ったりするジェラールを見ているのは本当に飽きないし楽しいとヘクターは思う。
もちろん前世でのお忍びにおける買い食いに付き添う背徳感や優越感のようなものも悪くはなかったが、今のように規制のない状況で楽しむのもまた新たな発見があるのだ。
しかしせっかくの出来たてを目の前に時間が経ってしまうのも忍びないと思いジェラールに声を掛ける。
「こういうのは温かいうちに食べた方が美味しいですよ?」
そこでやっと気が付いたのかはっとなりジェラールは件のバーガーを手に取るがまた悩み出した。
「う~ん...??」
「今度はなんです?」
「これ…このまま噛み付く感じでいいんだよね?分厚いし一気に食べるの難しそうだし中の具とかソースが出ちゃいそうなんだけどどうしよう...。」
バーガーを両手に持ちながら色んな角度から食べようとはするものの自分の口以上に大きいものにかぶりつけずにジェラールは四苦八苦しているが、そんな所を見ていてもただただ可愛いらしいだけだ。
こんな可愛いらしい人に気が付かなかった数千年前の自分にいつも通りに喝を入れつつヘクターは助言をする。
「包み紙で全体抑えてればそんなに動かないと思いますよ。で、真ん中の具辺りを狙うかそこが難しいようなら上の方からがいいんじゃないですか?出来れば一気に全部口に入るように行った方が美味しいとは思いますけど。」
色々汚れる事をジェラールは危惧しているのだろうがジャンクフードなんてそんなものだし、滅多に食べないであろうジェラールにとっては挑戦でもあるのだから思い切って行って貰って失敗したっていい。
多分それだってヘクターにとってはこれまで見られなかった物が見られるきっかけにしかならないはずだ。勿論フォローだって当たり前にするつもりだし寧ろさせて欲しい。
ヘクターがそう考えているうちに覚悟を決めたのかジェラールは勧めたように大口を開けて真ん中の方からかぶりついていた。
昔だって食べにくい代物には挑戦していたのでジェラールが心配するほど酷い状態にはなっていないようだ。屋台の焼きっぱなしの肉だの削っただけの氷だのも外で食べ歩いていたくらいなのだから。
今も昔も大して変わってないな、と思っていた所でジェラールが手に持った物をヘクターの方に向けてくる。
「ヘクターも一口どうぞ。この辺は口触れてないから大丈夫。」
いや、変わった事もあったのかもしれない。
今はジェラールが食べたいと思った物の一口目を自分で味わえる時代だ。
直接的な口内接触を散々しているのだから食べさしがどうのなんて気にしないのに、と苦笑いしつつもヘクターはジェラールが差し出した一口目の部分から相伴にあずかった。
「あ、口の端付いてますよ。」
ジェラールは上手い具合に食べてはいたが多めに入っているソースは少しこぼれたようだ。
この辺、とヘクターが自分の顔を指し示して教えるがジェラールはそこになかなか到らないのでつい手が出てしまい親指でそこを拭き取りそのままペロリと舐め取る。
その程度の触れ合いであっても即赤面してしまうジェラールの初心さも味わえたので十分だ。
「ご馳走様でした。」
「うぅ…!まだデザートも限定のあるんだよね?そっちは2人分頼む?」
「オレはジェラール様のを味見させて貰えればそれで…。」
「味見はもう駄目!デザートは2個頼もう!」
せっかくの役得と思ったがジェラールに勘づかれたらしい、残念だ。
なんだかんだで限定バーガーから限定パイどころかこれも気になると限定のシェイクまで頼んで全てジェラールの胃に収まっていた。
一応朝食は控えめにしてきたんだ、とは言っていたが相変わらずこの人は意外と良く食べるとヘクターは遠い目をする。
「前は大きめの術を使うと凄くお腹が空いたりしてたんだけど…今は何でだろうね?」
「単純に体質ですかね。オレは昔ほどの活動量が無くなったからか食べたらそのまま出るんで羨ましいですよ。」
「あ、だからさっきのバーガーヘクターは頼まなかった?でもお昼なんだから食べても良かったんじゃ…。」
ジェラールは疑問を浮かべた顔をしているが別に摂取量を気にして、とかそんなことでは無い。
「オレはオレで満足させてもらったので十分いっぱいです。」