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    いざない

    もう此処に来てから2年近くになろうとしていた。
    オンボロ寮という名前は定着してるものの、流石に生活環境も整い、同級生の主にエースやデュース、時々先輩等が遊びに来たりお泊まり出来る位には片付いていて、住んでいる私とグリムの二人からしたら部屋数の多いオンボロ寮も別荘の様なゲストルームの様な感覚になっていた。

    つまりは、私はまだ帰る場所も何処から来たかも解っていない証になるんだけれど、感覚が麻痺してきているんだろう。危機感というものはあまり感じてなかった。
    勿論、相変わらず魔法が実際使える様にはなっていない。少しづつ力をつけたグリムと私は魔法の力を使わなない物には限るけれど魔法薬学やその調合、知力的な部分でなんとか落ちこぼれに近くても必死に繋ぎ止めて、学園長の「優しさ」で進級している。

    遅れを減らす為に今日も図書館で新しい課題について調べようと、指先ギリギリの所の目的の本に手を伸ばす。

    「あと少し.....」

    その時本棚に影が出来るぐらいの長身の彼の声が上の方から聞こえ、見てはいないけれど、きっとほぼ目線上の本を引き抜いてくれた。

    「コレでいーの?」

    「ありがとうございます、フロイド先輩。助かりました。」

    最初は毎度話しかけられたり背後に寄られる度に身体を跳ねさせていたけれど、流石に慣れてきて普通に会話出来る様にもなった。

    「へぇ、今この辺やってんの懐かしー。小エビちゃんにはこっちのが解りやすいと思うけど」

    パラパラと取ってくれた本に目を通し、先程の本棚からもう一冊取り出した。この気怠い話し方からは想像出来ないぐらい、内容はいつも的確で、選んでくれた本を手渡される。やる気のムラっ気さえなければ大体100点近くを取れる人なのだ。

    先輩が渡してくれた本を元に勉強を進めるも、目の前に先輩は 座って、少し勉強しずらいな、と思いながも時々視線を向けると、暇なのかまたは何か面倒な事から逃げてるような、少し気が集中してない感覚がした。

    「・・・何かあったんですか?」
    「なぁに小エビちゃん、俺の事気になるの?」
    にへらっと笑う中にちらりと鋭い歯が見える。

    「もすぐ、新学期始まるからさー」と続けた。
    「4年生ですもんね。話には聞いてます。大変ですね。」
    「んー、あんま学校にも顔出せなくなるっつーし遊べなくなるし面倒ー。ジェイドやアズールとも別々になったりも多いし。」

    心に溜まってたのか思った以上にスラスラと話してくれた。

    「んで、さ。今ぎりぎりアザラシちゃんと回避してるけど、来年どーすんの?」
    まさか先輩の話から自分自身の話に回ってくると思ってなくどきっとした。しかも自分の先の進路の事をこの人から振られるとは思いもしてなかった。とはいえ、実際来年には4年生、どうしても魔法士としての最終試練でもあり卒業に関わる事で悩んでいた。無論、魔法が使えないなんて今までのように通じない世界だ。
    そもそもな話、私は元が魔法士になりたかったとか、名門校ナイトレイブンカレッジに入りたかったとか、そういう事では無い。ただ初めに起きた事件から巻き込まれてそのまま入学し、なんとなく普段は学べない勉強や環境に少し楽しさを見出して心地よくなっているだけで今に至るのだ。

    「辛くね?」
    「え」
    ストレートに投げかけられた一言に思わず声を漏らしてしまう。
    いつもとは違った落ち着いたトーンと真っ直ぐな視線に戸惑う。

    「だってさ、そもそも小エビちゃん魔法士志望でも、選ばれて来た訳でもねーし、万が一卒業出来たとしてもその後苦しむのは小エビちゃんじゃね?」

    最もな答えを言われ何とも言えない。
    最初に危機感を感じなくなったと言ってたのは嘘で、本当は目を背けてて、でも帰る場所もない私は今いる現状にしがみ付くしかなくて、だけどその先来年の事を考えるとどうしようもないのだ。だからこそ解ってないフリをしてた、頑張ってるフリをしてた。見透かされてたかのように言葉を投げかけられ再確認してしまった。

    「もうさ、帰る場所が解らないんなら、俺たちと海に来ちゃえばいーじゃん。楽しいよぉ?」
    先程の真面目な顔は何処に行ったやら、悪戯に笑い、独特な抑揚を付けた話し方の中に本気の言葉が見え、ぞっとした。と、同時に何処か安心してしまった自分が居た。


    「小エビちゃんにその気があるなら、俺連れてってあげる。だけど苦しいかもしれないよ。」



    誘惑されるように私は気付いたら海にいた。
    考えが軽いとか、一転しすぎとかそういうのは百も承知。だけどこの世に自分が誰か解らないまま、自分が知らない世界にいて、その先が見えない所へ来てしまった場合、どこに進む事が可能だろうか?
    道が切れた先よりも後ろで手を広げてくれてる人に助けを、命を捨てるかもしれなくても縋りたくなる気持ちが解るだろか。

    フロイド先輩が提案してきたのは、居住を与えるという優しいものじゃない。ただ、海へ誘(いざな)い確認と、大方苦しむ反応が見たいだけだろう。
    だけどそれでも私はもう何もかも居らない事に気付いてしまったのだ。

    傍から見れば、ロマンティックな風景だろう。
    男女2人、彼が伸ばす両手に手招きされる様、私はその手に捕まりながら少しづつ、砂場から離れて海へ入っていく。
    「そろそろ顔が埋もれて来ちゃうねぇ」と余裕の身長差で上から見下ろし、それは恐ろしく優しい笑顔で、でも引く手を止めず奥に進んで行った。
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